第13話 ちなみに僕はゼノン派!

 あれから2週間、僕はどうにかこうにかアレクシアの恋人として過ごしている。たまに生徒からの嫌がらせにあうが、それも我慢できる範囲だ。


 なによりゼノン先生が僕をボコボコにしたりとか短絡的かつ暴力的な手段には出なかったので一安心だ。


 そんなゼノン先生だが、授業中僕やアレクシアに対していつも通り丁寧に指導してくれている。以前のように気軽に話しかけてくる事はないが、公私を弁えた大人の対応をしていると言っていい。


 それに比べてこいつは。


「むかつくわねあの男。少し剣が上手いからっていい気になって」


 さすがに人前では猫を被っているが、裏では罵詈雑言の嵐だ。


「はいはいそうですね」


 僕は同意するだけのロボットだ。反論など時間の無駄なことを知っている。


「あの胡散臭い笑顔ポチも見たでしょ」


「はいはい見ました」


 今僕らは授業が終わって帰り道、少し遠回りして人気のない林道から寮に向かうのがいつものパターンになっている。


 僕はその間ひたすらアレクシアの話に同意し続けるのだ。内容など1割も入ってこない。


 僕らは夕暮れの林道をひたすらゆっくり歩く。普通に歩けば10分そこそこで抜ける道に平気で30分以上かける。暗くなって星が見えた日もあったが我慢だ。もう壁に向かって話してろよと思った日もあったがひたすら我慢だ。


 我慢、我慢、ただ我慢。


 しかし流石の僕も一言言いたくなってくる。


「あー、ちょっといいっすか?」


「何よポチ」


 アレクシアはお気に入りの切り株に腰かけて足を組む。


 座ってんじゃねぇさっさと歩け、とは言えず僕も仕方なく隣に座る。


「結局ゼノン先生の何が嫌なんだ? 客観的に見て結婚相手としてはかなり優良物件だと思うんだけど」


「あなたねぇ、私の話聞いてなかったの?」


 少し不機嫌そうなアレクシア。


「全部よ全部、あいつの存在全てが嫌なの」


「イケメンで剣術指南役で地位も名誉も金もあって公私を弁えたいい人に見えるけどね。実際女子からの人気も高いし」


 僕の言葉をアレクシアは鼻で笑った。


「上辺だけはね。上辺なんていくらでも取り繕えるわ。私みたいにね」


「なるほど説得力のある言葉だ」


 そういえばアレクシアも人気は高い。吐き気がするほど猫を被っているからな。


「だから私は人を上辺で判断しない」


「ならどこで判断するのさ」


「欠点よ」


 アレクシアはドヤ顔で言った。


「なかなかネガティブな判断だ。君にぴったり」


「あら、ありがとう。ちなみに私、欠点ばかりでろくに美点のないあなたのこと嫌いじゃないわ」


「ありがとう、こんなに嬉しくないほめ言葉は初めてだ」


 アレクシアは苦笑した。


「あなたは分かりやすいクズでいいわ。だからこそあの男が嫌いなんだけど」


「ちなみにゼノン先生の欠点は?」


「私が見た限り欠点は無かった」


「超優良物件じゃん」


「だからよ。欠点が無い人間なんていないのよ。もしいたとすればそれは大嘘つきか頭がおかしいかのどちらかね」


「なるほど、独断と偏見に満ちた回答をありがとう」


「どういたしまして、欠点まみれのポチ。ほーら取ってこーい」


 そしてアレクシアは1枚の金貨を放り投げ、僕は全力ダッシュでキャッチする。


 よっしゃ10万ゼニーゲットだぜ。


 僕は金貨をポッケに入れて、手を叩いて喜ぶアレクシアの下に戻った。


「よーしよし」


 頭を撫でられる。我慢だ。


「嫌がってる嫌がってる」


 わちゃわちゃと撫でられながら僕は改めてこいつろくな人間じゃねぇと思った。


「顔に出てるわよ」


「出してるんだ」


 フフ、と笑ってアレクシアは立ち上がった。


「さて、帰りましょう」


「はいはい」


「ポチ、明日こそあいつのムカつく顔に木剣叩き込んでやるんだから見てなさいよ」


 そう言うアレクシアに、僕はつい聞きたくなった。


「あれって本気でやってるの?」


「どういう意味よ」


 アレクシアが振り返って僕を見据えた。


 僕はきっと余計なことを聞いたのだ。でも僕にとってそれは無視できないことだった。


「ゼノン先生は確かにアレクシアより上手だけど、僕にはそう一方的にやられるほど差があるようには見えない」


 アレクシアの剣が僕は好きだ。一歩一歩、日々歩みを重ねて積み上げてきた剣だから。だけど、いざ本気の戦いになるとアレクシアの剣には余計なものが混じる。僕は僕が認めた剣に、そんな見苦しいものが混じるのが嫌だった。


「簡単に言うわね、白服のくせに」


「白服の戯言だよ。君が受け止める必要はない」


「いいわ、教えてあげる。あなたが思っているほど簡単な事じゃないのよ」


「へえ」


「私には才能がない。生まれつき魔力は多かったし、努力もしてきたつもりよ。私自身そこそこ強いとも思ってる。それでも、本物の天才には絶対に勝てない」


「そうかな」


「私はずっとアイリス姉様と比べられてきた。周囲の期待もあったし、何より私自身がアイリス姉様を尊敬し、追い付きたいと思っていた。だけど、私はアイリス姉様と同じようには出来なかったのよ。何もかも、最初から持っているものが違ったの。だから私は私なりに考えて強くなろうとした。その結果私の剣が何て呼ばれているか知ってるでしょう」


 アイリスとアレクシア姉妹の剣を比べる時、必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。


「凡人の剣」


「そうよ。ちなみにあなたも私と同じ凡人の剣。残念だったわね」


 アレクシアは片頬で笑った。


「残念とは思わないよ。僕は君の剣が好きだし」


 アレクシアは僕の言葉に一瞬息を止めて、睨み付けた。


「かつて、同じ言葉を言われたわ。武神祭の舞台で無様に負けた私に、アイリス姉様が言った」


『私、アレクシアの剣が好きよ』


 唇を歪めて声真似をするアレクシア。


「あの人に私の気持ちなんて分からないでしょうね。あの時私がどれほど惨めだったか。私はあの日からずっと、自分の剣が大嫌いよ」


 アレクシアは笑った。それが何の笑みなのか僕にはわからなかったけど、少なくとも楽しそうには見えなかった。


 僕には言わなければならない言葉があった。それを言わなければ、僕は僕自身を否定することになる。


「僕は適当な人間でね。世界の裏側で不幸な事件が起きて100万人死んでも割とどうでもいいし、アレクシアが乱心して無差別通り魔殺人犯になっても割とどうでもいい」


「乱心したら真っ先にあなたを斬ることにするわ」


「けどどうでもよくないこともある。それは他の人にとってはくだらないものかもしれないけれど、僕の人生において何よりも大切なものなんだ。僕は僕にとって大切なほんの僅かなものを守りながら生きている。だから今から僕が言う言葉に嘘はないよ」


 ただ一言。


「僕はアレクシアの剣が好きだよ」


 しばらく沈黙して、アレクシアが応える。


「その言葉に何の意味があるの」


「何も。ただ、あるとすれば、自分が好きなものを他人に否定されると腹が立つ。そんな気持ち」


「そう」


 アレクシアは踵を返し、


「今日は一人で帰る」


 歩いていった。


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