第47話 爆弾が爆発すれば全部なかったことになる説

 僕は観客席から『女神の試練』イベントをぼんやり眺めていた。


 まだ日中でイベントは始まったばかり。挨拶やら来賓紹介やらパレードやらが行われていく。メインである女神の試練は陽が沈んでから行われるのだ。


 今の僕の立場は観客席にいるただのモブだ。僕は来賓席で仲良く座る三人娘を見ながら嘆息した。


 何かしたい。


 陰の実力者っぽいことを何かしたい。こんな大きなイベントで何もせずモブに甘んじるなど許しがたいことだ。


 よくあるパターンだと正体を隠して女神の試練に参加するとかだろうか。


 圧倒的な実力を見せつけて「あいつはいったい何者なんだ!?」ってなるやつ。


 トーナメントだと面白そうだけど今回は一戦だけだし、調べたところ正体を隠して参加ってのは難しそうだ。強引に乱入パターンも考えたけど、それはもう少し重要な戦いでやりたい気もする。


 ああでもないこうでもないと考えているうちに、イベントは過ぎていく。


 仕方がない。前日まで考えて何も思いつかなかったのに、当日都合よく思いつくはずもないのだ。僕は半ばあきらめた感じでモブとして楽しんだ。異世界ではこういう大きなイベントってあまりないから意外にもなかなか楽しめた。賭試合もあって小金も稼げたし。


 そして陽が沈み、いよいよメインイベントの女神の試練が始まった。豪華な明かりが会場を灯し、競技場の床から古代文字が浮かび上がった。


 古代文字は白い光を放ちながらドーム状に展開し、歓声のボルテージが上がった。


 挑戦者がドーム状の空間に入ると聖域が相応しい戦士を選び戦いが始まり、一度戦いが始まればどちらかが戦闘不能になるまで外部からの干渉を受け付けない。死者が出ることもあるらしい。


 戦闘不能まで戦わされるとかモブアピールすら躊躇する。実力バレのリスクが結構あるよね。


 そうこうしているうちに一人目の挑戦者が紹介されてドーム状の空間に入る。なんでも騎士団の猛者らしい。


 しかし反応なし。


 彼は悪態をついて会場を後にする。


 これで参加費20万ゼニーだから笑えない。しかも今回の参加者は150人超えって話だ。


 まあ女神の試練をクリアすればとても名誉なことらしい。記念のメダルがもらえて「女神を試練をクリアしたのか、よろしい採用だ!」とかなったりすると聞いた。


 僕はアルファの登場まだかなーと思いながら次々と挑戦者が呼ばれていくのを眺めた。


 古代の戦士が登場したのは14人目の挑戦者の時だった。


 剣の国ベガルタからの旅人アンネローゼがドームの中に入ると古代文字が反応し光り始めた。光は人の形を形成しそこに半透明の戦士が現れる。解説の話によると彼は古代の戦士ボルグというらしい。


 二人は普通に戦って普通にアンネローゼが勝利した。古代の戦士に期待していたけどなんか思ったより普通だった。この先もっと強い戦士が召喚されることに期待。


 その後もイベントが進んでいき僕は察した。アンネローゼが強かっただけっぽい。8人ほど古代の戦士を召喚したが今のところ勝利したのはアンネローゼだけだったのだ。そう考えるとボルグ君も結構強かったのかもしれない。


 夜が更けていく。挑戦者も残り少なくなってくる。


 少しずつ終わりの雰囲気が漂ってきた頃、その挑戦者の名前が呼ばれた。


「次はミドガル魔剣士学園からの挑戦者! シド・カゲノー!!」


 シド・カゲノーって誰だ……僕だ!


 ミドガル魔剣士学園のシド・カゲノーなんて僕しかいない。いや待て、エントリーした覚えなんて全くないんだが。


「勇敢なる挑戦者を拍手で迎えよう!」


 待って、やめて!


 大きな拍手が降り注いだ。誰かが口笛を吹き、歓声が会場を盛り上げる。


 やばい雰囲気だ。僕は頬を引きつらせながら考えた。


 この状況、三つの選択肢がある。


 選択肢その1、諦めて挑戦する。何もなければただのモブとして終えれるが、もし古代の戦士に選ばれて相手が強敵だったりしたら実力バレのリスク有。


 選択肢その2、逃げる。僕なんて所詮魔剣士学園のモブだ。顔も知られていないから逃げ出すのは容易だ。しかし、教会を怒らせることになる。学園に抗議が来て退学の可能性あり。


 選択肢その3、うやむやにする。うん、もうこれしかない。


 僕は気配を消し高速移動で姿を隠す。そして誰もいないところでシャドウの姿に変わり、大空へと飛び上がった。

 

 僕はどんな修羅場でも爆弾が爆発すれば全部なかったことになる説を提唱している。


 というわけで。


 謎の実力者乱入で全部うやむやにしよう作戦開始。


 僕はドーム状の空間に降り立ち、ロングコートを翻す。


「我が名はシャドウ……。陰に潜み、陰を狩る者……」 


 観客がどよめく。


「聖域に眠りし古代の記憶を……」


 古代文字が反応し、人型を形成していく。


「今宵我らが解き放つ……」


 僕は漆黒の刀を抜いて夜空を薙いだ。


 来賓席のベータが口をあんぐりと開けていたのが印象的だった。

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