第46話 胡散臭い女と安っぽい女と幸せそうな女

 気に入らない。アレクシアは心の中でそう呟いた。


 彼女は『女神の試練』の開幕セレモニーが始まるのを来賓席から眺めていた。来賓席に座るのは順にナツメ、アレクシア、ローズだ。後列にはまだ多くの来賓がいるが、メインはこの三人だ。綺麗所で客を集めようとする魂胆が透けて見えるが、それはまぁいいだろう。


 アレクシアが気に入らない点は二つある。


 まず一つ目。現在会場の中心で偉そうに挨拶している大司教代理のネルソンが気に入らない。彼とは昨日の大司教殺害事件で話をしたが、その時頑なに事件の調査を拒んできたのだ。


 監査対象が死亡したのだからこの話は終わりだ、とネルソンが寝ぼけたことをぬかしたのが事の始まりだ。対象が死亡したんだからさらに調査の必要性が増すだろボケ、とアレクシアはオブラートに包んで言ったのだが、ネルソンは調査するなら再度許可を取れの一点張りだった。


 急いで戻っても王都まで三日、それから許可をとるのに早くて一週間、リンドブルムに戻るのに三日、そして許可証をネルソンが受理するのに何日かかかる。そこは彼の気分次第だが一週間は待たされるだろうとアレクシアは見ている。当然そんな時間をかけていては重要な証拠は闇の中だ。


 かと言って国の代表としてアレクシアが無理を通すわけにもいかない。聖教はこの国だけの宗教ではなく、周辺各国で信仰されている。ここでアレクシアが無理を通せば周辺の国々から圧力を受けることになりかねないし、何よりも民衆の支持を失う。宗教とは味方にすると便利だが、敵にすると厄介極まりない。


 ノリノリで演説する大司教代理ネルソンを睨みながら、アレクシアは少しは喪に服せハゲと心の中で呟いた。大司教の死はまだ一般には伏せられているが。ちなみにネルソンはハゲている。


 アレクシアは嘆息して左隣に座るナツメ先生とやらを横目で見る。


 気に入らない点その二がこのナツメだ。ナツメはアレクシアの隣で行儀よく座り、民衆の歓声に笑顔で応えている。白銀の美しい髪に猫みたいな青い目、そして泣きぼくろが整った顔立ちに愛嬌を加えている。


 ナツメは完璧な所作で微笑み手を振り礼をして、その美しい容姿と振る舞いで民衆の人気を集めている。


 アレクシアはその姿をうさんくせーなおい、と思いながら見ていた。


 千年に一人の天才小説家だか何だか知らないがアレクシアは今日まで彼女の名前すら知らなかった。そもそもアレクシアが文学にかけらも興味を持たないのもあるが、それでも王女として有名どころはたしなんでいる。ということはナツメはまだ最近出てきたばかりの新人のはずだ。


 新人でこの貫禄、立ち居振る舞い、人気、いかにも胡散臭い。


 これは嫉妬ではない。あえて言うなら同族嫌悪だ。アレクシアも民衆の前では完璧に振る舞う。己の内面を押し殺し完璧な王女を演じ生きてきた。上に立つものは大なり小なりその役を演じているが、己を殺し完璧を演じる人は少ない。そして己を殺している人間ほど、その裏側はどす黒いと相場は決まっているのだ。


「応援ありがとうございます」


 と民衆に応えるナツメを見てアレクシアは口の中で舌打ちした。


 その猫なで声が気持ち悪い。その過剰に開いた胸元があざとい。前かがみになって谷間を見せるなクソ女が。キャピキャピしてんじゃねーよ。


 そんな風に心の中で暴言吐きながらアレクシアはいつもより笑顔マシマシで民衆に手を振った。


 しかし明らかに民衆の反応がナツメの時と比べて悪い。アレクシアは頬を一瞬引きつらせて、腕を組んだ。腕を組み、胸を寄せて持ち上げる感じで、少しだけ前かがみになる。


 民主の歓声が少しだけ大きくなった。少しだけ。


 ま、まぁ胸元が開いていない服だから仕方ないわね、と自分を納得させて椅子に座る。


 チラリと右隣りを見ると、ローズが幸せそうな顔で微笑んでいた。彼女は朝からずっとこの調子だ。


 そして念のためチラリと左隣に視線を向けた。


 その瞬間、アレクシアは見た。


 ナツメが片頬を釣り上げて、嘲笑うのを。


 ブチッ、とアレクシアの心の中で何かが切れる音がした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 気に入らない。ベータは小説家ナツメを演じながら心の中で呟いた。


 気に入らないのはただ一点、右隣に座るアレクシア・ミドガルだ。この女は王女で学友という立場を利用し敬愛する主に近づく害虫なのだ。


 気色悪い猫なで声で民衆に媚び、胡散臭い微笑みで手を振り理想の王女を振る舞うこの女はいかにも胡散臭い。こういう普段は完璧にふるまう女に限ってその裏側はどす黒いと決まっている。敬愛する主がまさかこんな安っぽい女に引っかかるとは微塵も思わないが、万が一ということもある。


 そうでなくてもこの女はベータが執筆している『シャドウ様戦記完全版』にふさわしくない邪魔者なのだ。


 王女誘拐事件でシャドウ様がこの女を救い出したと聞いたとき、ベータは腸が煮えくり返る思いだった。その役は私が……ではなく、その……こんな安っぽい女がシャドウ様のお手を煩わせたという事実に怒りを抱いたのだ。嫉妬ではない。


 ベータはその怒りを収めるためシャドウ様に救われる役を銀髪青目泣きぼくろのかわいいエルフに書きかえて、その場面だけ何度も何度も読み返し夜ふかしした。


 しかし今後も『シャドウ様戦記完全版』にこの安っぽい女が現れるとしたら由々しき事態だ。能力も、美しさも、主への想いも全て自分が勝っているのになぜこんな安っぽい女がでしゃばるのだ。ふ、ふざけるな。


 ベータは心の中でこの安っぽい王女に悪態を繰り返し、半自動的に民衆の声に応えた。


 そしてチラリと隣を見ると、あろうことかこの安っぽい王女が、その安っぽい胸を強調し民衆に媚びているではないか。


 ああ、気色悪い。


 しかもそのボリュームは自身のものより明らかに少ない。普通レベルだ。


 ここでも勝利してしまったか、とベータは自慢のボリュームたっぷりの谷間を見下ろして「プッ」と嗤った。


 おぉっと、聞こえてしまったかな?


 ベータは顔を背け知らんぷりするが、その瞬間、ベータの右足に激痛が走った。


「いッ……!?」


 悲鳴をこらえて見ると、そこにはベータの右足を踏んずけるアレクシアのヒールがあった。


 ブチッ、と心の中で何かが切れそうになるのを押さえて、ベータは冷静に言う。


「アレクシア様、その、足をどかしてほしいのですが……」


 アレクシアはまるで今気づいたとでも言わんばかりにしれっとベータを見据えて足をどかした。そして謝りもせずに、あろうことか「プッ」と嗤いやがった。


 こんのクソ女がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!


 とブチギレそうになるのを、ベータは敬愛する主とシャドウガーデンへの忠誠心で必死に耐えた。


 ギリギリッ、と。


 ベータの唇から血が垂れた。


 ローズはずっと幸せそうに微笑んでいた。

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