第45話 プランAはだめだプランBでいこう

 厳かな大聖堂は暖かなランプの光に照らされてより幻想的な色に染まっていた。


 その大聖堂にたった一人で佇むのは、美しい金髪のエルフ。その青い瞳を英雄オリヴィエの石像に向けて、漆黒のドレスを纏っていた。


 まるで夜の闇とそこに輝く月のようなエルフの名はアルファ。


「我らはただ、真実が知りたい」


 オリヴィエの石像に語り掛けるかのようにアルファは語る。


「英雄オリヴィエ。あなたは聖域で何をしたの。歴史の闇を紐解くほど、真実と嘘とが混ざり合う」


 そしてハイヒールを鳴らして歩き出す。心地よい音が大聖堂に響き渡り、アルファは大理石の床に広がる赤いモノに近づいてゆく。


「大司教ドレイク。あなたは何を隠していたの。もし口を利けたなら、答えてほしかった」


 大理石の床に広がるその赤いモノは、血と肉片だった。肥満の男がただ無残に切り裂かれ、息絶えていた。


 血だまりの上でハイヒールが止まった。膝上丈のドレスから白い脚がのびていた。


「あなたは誰に殺されたの。あなたほどの地位にいながら切り捨てられたの」


 息絶えた大司教の眼は死に際の壮絶さを物語っていた。大司教の黒い噂は王都まで広がり、近いうちに調査されるはずだった。その直前に、彼は消されたのだ。


「我らは明日、聖域の扉が開く時を待つ」


 アルファは英雄オリヴィエの石像を一瞥し踵を返す。大聖堂の扉の向こうから大司教を探す声が近づいてくる。


 アルファは構わず扉を開けて大聖堂から立ち去った。ハイヒールの音が遠ざかり、代わりに教会の聖騎士たちが雪崩れ込んでくる。


 そこで大司教の死体を見つけた彼らは、しかし誰一人として金髪のエルフの事は口にしなかった。誰も彼女とすれ違ったことを認識していなかった。


 ただ白い大理石の廊下には、血の付いたハイヒールの痕が続いていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 前夜祭の夜を、僕はリンドブルムの時計塔から見下ろしていた。


 女神の試練を明日に控えた前夜祭は大層な盛り上がりだ。メインストリートには沢山の屋台が並び、ランプの灯りが川のように続いている。


 ローズは聖教会でパーティーらしい。さすがに僕は呼ばれなかった。呼ばれても辞退したけど。


 僕は夜の風に髪をなびかせて微笑む。


 こうやって高台から街や人々を見下ろすシリーズが僕は大好きだ。舞台が夜で見下ろす先で何かイベントがやっていると尚いい。


「始まったか……」


 僕は雰囲気に流されて呟く。


「それが……彼らの選択だというのか……」


 ここで鋭く目を細める。


「ならば抗おう」


 僕は一瞬でシャドウの姿に変わる。


「我らはそれを許さない……」


 そして僕は夜空に飛んだ。漆黒のロングコートをはためかせ、そこに着地する。


 そこは前夜祭の喧騒から離れた路地裏。目の前には覆面で顔を隠した男。


 僕は怪しい挙動で聖教会から逃げ出す彼をずっと目で追っていたのだ。おそらく泥棒か何かだろう。


 いや、少し血の匂いがする。強盗だな?


「逃げられると思ったか……?」


 覆面男が一歩後ずさる。


「夜は世界が陰る。そこは我らの世界……」


 覆面男が剣を抜く。


「そこからは誰も逃れられぬ」


 覆面男は剣を構え、僕と相対する。


 僕は刀を抜かず、ただその時を待つ。


 そして覆面男が剣を振ろうとしたその瞬間、男の首が宙を舞った。


 僕はそれを無言で見据えて、死体の奥から女性が歩み出るのを待った。


「お久しぶりです、主様」


 そう言って僕の目前で跪く彼女はイプシロン。五番目の七陰である。


 彼女はボディースーツで隠されていた素顔をさらして僕を見上げる。透き通った湖のような髪にそれより少し深い色の瞳をしたエルフだ。


 美人にもいろいろタイプがあるが、彼女は派手な美人だ。目鼻立ちがくっきりした顔立ちも派手だし、そのスタイルも派手だ。歩くたびに揺れる。興味があろうとなかろうと、男だろうと女だろうと、誰もが目を奪われるだろう。しかし僕は彼女の秘密を知っているのだ。


「斬撃を飛ばしたか。見事だ」


「光栄です」


 イプシロンは少し頬を染めて微笑む。凛としたその声は人によっては高圧的に聞こえるかもしれない。だけど僕はどこかピアノの音色のようなその声が嫌いじゃない。


 彼女は七陰で最も魔力コントロールが緻密だ。通常魔力は身体から離れると制御が難しくなるが、彼女はそれを苦もなく制御し遠距離から斬撃を飛ばすのを得意とする。


 その二つ名は『緻密』だ。


 プライドが高くてキツイ性格の彼女だが、僕には当たりがかなり柔らかい。誤解されやすいけど昔は毎日紅茶を入れてくれたいい子だ。アルファの言うことも素直に聞くし、上下をしっかりする性格なのだ。


 彼女と会うのは本当に久しぶりだし積もる話もあるが、僕は彼女の雰囲気からシャドウガーデンモードであることを察した。


 よかろう。ならばこちらもそれ相応の対応がある。


「例の『計画』はどうなった」


 イプシロンは少し顔を顰めた。 必死に『計画』の設定を考えているのだろう。


「ターゲットが教団の『処刑人』に始末されました。手下は処理しましたが『処刑人』は行方をくらませています」


「ほう……」


 処刑人ときたか。センス良し。


「計画を第二に変更します」


 プランAはだめだプランBでいこうパターンだね。


「いいだろう。だが、わかっているな……?」


「覚悟の上です。教会を敵に回すことも、悪名が轟くことも……」


「我は我で動く。ぬかるなよ……?」


「はっ」


 イプシロンが頭を垂れるのを後目に、僕は気配を消して高速移動し闇の中に消える演出で立ち去った。

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