第36話 思ったよりずっとまともでよかった
シェリーをサポートしながら向かった先は、一階の奥にある副学園長室だった。ちなみにあれからさらに五人ほどひっそりと退場してもらった。
僕らは少しだけ重厚な扉を開けて室内に入る。
趣味のいい応接セットが部屋の中央に置かれ、壁一面には背の高い本棚が並んでいる。
奥の実務用の机には資料が積み上げられ、北向きの窓から柔らかな光が差し込んでくる。
落ち着いた大人の空間って感じだ。
シェリーは勝手知ったる様子で机の引き出しをあさりだした。
「あんまり大きな音出さないようにね」
机の向こう側で桃色の髪がコクコクと頷いた。
「ふー」
僕は二人掛けのソファーに脚を投げ出して大きく息を吐いた。
疲れた。
シェリーが今回のメインキャラで間違いないだろうが、無理だ。彼女では絶対にシナリオ攻略できない。こういう場合は必ず相棒キャラがいるはずなんだけど、そんな気配はどこにもなかった。ひどい欠陥シナリオである。
結局悩んだ末、僕はお助けモブのポジションで介入することにした。
僕はモブである、表では絶対に活躍しない。絶対にだ。
「ありました」
シェリーが机の向こうから資料を抱えて戻ってきた。
そして応接セットの机に並べていく。
「何これ」
文字やら図形やら数式やら、まったく意味が分からない。
「これは『強欲の瞳』というアーティファクトです。おそらく現在魔力を阻害している原因がこれです」
何やらピンポン玉サイズの球体の禍々しいデッサンを見せられる。
「この『強欲の瞳』は周囲の魔力を吸収しそれを溜め込みます。そのため強欲の瞳が発動するとその周辺は魔力の錬成が困難になるのです」
「黒ずくめの人たちは普通に魔力を使ってたけど?」
「あらかじめ『強欲の瞳』に魔力の波長を覚えさせたのでしょう。登録した魔力は吸収しないことを確認済みです。他にも極めて微細な魔力や、強い勢いを持った魔力などは吸収し辛いですが、そもそもそんな魔力は我々には扱えません」
ふむ。
「これだけでも厄介なアーティファクトですが、強欲の瞳は溜め込んだ魔力を利用することもできるのです。おそらく、本来の目的は魔力の利用にあったと思われますが、長期間の魔力保存が困難だったために欠陥アーティファクトだと考察しました」
「長期間が無理だとすると、短期間なら大丈夫なわけだ」
「はい。現在大講堂には多くの魔剣士が囚われています。仮にそこで吸収している魔力を解放したとすれば……学園が吹き飛びます」
「へぇ……」
「この強欲の瞳は以前私が研究し解明したものです。その危険性を考えて、学界では発表せずに国で保管してもらうことにしたんですが……どうしてこんなことに」
シェリーはしおらしい眼差しで僕を見た。
「同型のものがあったか、盗まれたかってところだね。それで強欲の瞳の対処法とかってあるの?」
「あります」
シェリーは頷いて大きめのペンダントを取り出した。
「汚いペンダントだね」
「これは強欲の瞳の制御装置だと思われます。強欲の瞳はそもそも単体ではなく、この制御装置と組み合わせて使うことを考えていたのでしょう。そうなると、魔力を長期保存できない欠陥アーティファクトという立ち位置も変わってきます」
「長期保存できるの?」
「それは二つ合わせて研究してみないことにはわかりませんが、可能性はあります」
「ふむ」
「この制御装置によって強欲の瞳の機能を一時的に停止させることができます。その間に大講堂を解放することができるはずです」
「いいね、それで?」
「えっと、まだこのアーティファクトの解読が済んでいないので、まずは解読を優先します」
「ふむ」
「解読したら、起動したアーティファクトを強欲の瞳に近づけます」
「どうやって?」
「えっと……地上は警戒されているので、まずは地下から大講堂に近づこうかと」
シェリーは少し困ったように微笑んだ。
「地下から?」
「はい」
シェリーは壁に並んだ本棚から本を数冊抜き取った。すると本棚が回転し、奥に地下への階段が現れたのだ。
「すごいね」
こういう仕掛け大好き。
「学園の施設には脱出用の隠し通路がいくつか残されているんです。でも、この通路はしばらく使われていませんね」
シェリーの瞳に悲しみの色が浮かんだ。
「階段に埃が積もったまま……足跡がついていません。お義父様がここから脱出してくれていればよかったのに」
「ルスラン副学園長か。義親だっけ」
「もともと母の研究を支援してくれていたんです。ずっとお世話になっていて、母が死んだあとも身寄りのない私を引き取って育ててくれたんです」
「いい人だね」
「はい、とても。ずっと助けられてばかりだったから……だから今回は私が助けるんです」
シェリーはそう言って曇りなく笑った。
「無事だといいね。それで、地下から近づいた後は?」
「あ、えっと……地下から近づいて、起動したアーティファクトを大講堂に投げ入れます」
「壊されたりしない?」
「壊されても一時的に機能は奪えるので大丈夫です。それで、後は魔剣士の皆さんに頑張ってもらえれば……」
最後が少し弱いけど、僕がシャドウになって暴れれば問題ないかな。むしろいい感じの活躍シーンを用意してくれてありがとうまである。
「最高、それでいこう」
「やった、それじゃあ急いで解読しますね」
「背中痛いから僕はもう協力できないけど、がんばって」
まともな作戦で本当に良かった。これならお助けモブの出番もほぼなさそうだ。
「シド君は無理しないでください。私、がんばります。今まで何もできなかったから、私がお義父様やみんなを助けるんです」
「うん、がんばれ。あ、トイレ行ってくる」
解読に集中するシェリーを残して、僕は遊びに出かけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
飢えた野良犬のような眼をした男、レックスは大講堂の扉を開けて堂々と歩く。
数人の黒ずくめの男がレックスの後に付き従う。
彼らが近づくと、椅子に座らされた生徒たちは顔を伏せた。
大講堂は三回まである大きな吹き抜けのホールで、全ての出口を黒ずくめの男たちが塞いでいる。生徒たちは常に監視され、私語も許されない。
レックスは軽薄な笑みを浮かべながら大講堂を抜けて奥の控室に入った。
「それで、どうなった」
レックスが扉を閉めるなり、中で座る黒ずくめの男が言った。
低く、貫禄のある声。
顔は仮面で隠し、黒ずくめの姿は他と変わらないが、一目でわかる格の違いがあった。
「さっそくだな、『痩騎士』さん。学園の制圧はほぼ完了、外で騎士団が騒いでいるが、話にならねえな」
「そんなことはどうでもいい。アーティファクトの回収はどうなったのか聞いているのだ」
「ああ、アーティファクト、アーティファクトね……」
レックスは肩をすくめて『痩騎士』を見た。
「多分、あのお嬢ちゃんが持ってるんじゃねえかなって思うよ。桃色の髪の子だ」
「回収できなかったと?」
レックスは頭をかいて目を逸らした。
「ま、そういうことになる」
「ふざけるなよ」
痩騎士の魔力が高まり空気が震えた。
その殺気に、レックスの頬が引きつった。
「怒るなって。大体の場所は分かってる、すぐ回収してくるからよ」
「貴様の悪ふざけでどれだけ計画に支障が出ると思っている。次しくじったら殺す。いいな?」
「わかった、わかったって」
手を上げて退出するレックスを、痩騎士は鋭い眼光で見送った。
「あ、そうそう」
退出する直前、レックスは言った。
「ちょっとやべぇ奴がいるかもしれねぇ」
レックスは振り返って痩騎士の反応を窺う。
痩騎士は無言で先を促した。
「3rdが何人も殺られた。2ndも二人死んだ。直接心臓を潰された奴と、急所に小さな穴を開けられた奴がいる。後者は多分レイピアか何かだろうな。全員一撃だ。相当な手練れだぜ」
そう言いながらも、レックスは飢えた狼のように笑った。
「ほう……。シャドウガーデンか? ようやく誘い出せたな」
「だろうな。あんたも気を付けたほうがいいぜ?」
「ククッ……この私に、気をつけろと?」
「ま、あんたなら大丈夫か、元ラウンズさん」
「ふん。アーティファクトと一緒にシャドウガーデンの首もってこい、必ずな」
「言わなきゃよかったぜ」
レックスは唇の端で嗤って、そのまま退出した。
残された痩騎士はクツクツと笑った。
「ようやく、全てが叶う……」
懐から禍々しく光るアーティファクトを取り出し、怪しい目つきで眺める。
「これで私はラウンズへと返り咲く」
クツクツと、不気味な声で男は笑い続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます