第35話 屋上から見下ろすロマン
僕は一度屋上に出て、そこから学園を見下ろした。
大講堂に拘束された学園関係者が集められているのが見える。大講堂は全校生徒余裕で入るでっかいホールだ。入学式とかそこでするし、たまに演劇とか見たり有名人の講演とかやったりする。
学園の外には騒ぎを聞きつけた騎士団が集まってきている。しかし、ある一定の距離からは近づこうとしない。そこが魔力を阻害する何かの境目なのだろう。
校舎内にはもうほとんど人の気配がないようだ。黒ずくめの男たちが隠れている生徒がいないか探し回っているだけだ。
僕は学園の様子を眺めながら、フッと笑った。
これがやりたかった。
襲撃される学園、拘束される生徒、謎のテロ組織、それを屋上から見下ろす僕。
僕のやりたいことリストが一つ埋まった。
『屋上から見下ろす僕』
達成だ。
さて、夜までの時間、何して遊ぼう。
実は教室に黒ずくめの男たちが乗り込んできたとき僕は思ったのだ。
こいつら美的センスに欠ける、と。
太陽がまぶしい真昼間、澄んだ青空、爽やかな風、そこに黒いロングコートで登場ってどうよ?
ありえない。
彼らは一つ間違いを起こした。
そう……TPOを軽視したのだ。
ファッションは自由だがTPOをわきまえなければ勘違いファッションになってしまう。
TPOを軽視した彼らは間違いなくダサかった。黒いロングコートは夜と決まっているのだ。
もともとゆっくりと楽しむつもりでいたから時間をかけることについては全く問題ない。早く終わったらもったいないし。
作戦『夜までじっくり』に決めた。
そんなことを考えながら学園を見下ろしていると、渡り廊下を歩く黒ずくめの男を二人見つけた。
真昼間に黒ずくめロングコートってやっぱダサいな。
うん……スナイパーごっこしよう。
僕はスライムスーツから親指サイズにスライムを切り取った。
それを丸めて魔力を込め、屋上に伏せてデコピンスタイルで構える。
「バカめ、そこは射線が通ってるぜ」
そう呟き、弾いた。
ピシュンッ、と。
空気を切り裂く音を残して、スライム弾が黒ずくめの男の頭を貫通した。
「あっ……」
そのまま二人目の男の心臓も貫いた。
まさかの二枚抜きである。
もう一発撃ちたかったのに損した気分だ。
「まいっか、次のターゲットは……」
僕はスライム弾を構え、スコープを覗く感じで片眼を閉じる。
向かいの校舎に、隙だらけで歩くバカを発見。
「ターゲット確認、桃色の髪の少女……ってあれ?」
シェリーじゃん。
何やってるんだろう。キョロキョロと辺りの様子を窺いながら歩いているが、バレバレである。
「シェリーちゃん、それバレてるから」
シェリーの後方に黒ずくめの男を確認、黒ずくめの男はシェリーに飛び掛かる。
僕はスライム弾の狙いを定め……放った。
ピシュンッ、と。
黒ずくめの男の頭が弾けた。
「ミッションコンプリート」
シェリーはそのまま何事もなかったかのように歩いて僕の視界から消えていった。
ふむ、何かあるな。
僕のモブ直感はメインシナリオが進んでいる事を告げてきた。
メインシナリオがクライマックスに近づいたところで颯爽と現れる陰の実力者……いいね。
よし。
僕は足に魔力を込めて、誰も見ていないことを確認し跳んだ。
「とうっ!」
そして向かいの校舎の屋上に着地する。
そのまま飛び降りて、窓枠を掴み校舎内に入る。
廊下の様子を窺うと……いた。
キョロキョロと挙動不審に動く桃色の髪。
「だからバレてるって」
シェリーの後方には黒ずくめの男がいた。
彼がシェリーを捕まえる直前、僕は最速で駆けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「え?」
背後で何か動いたような気がして、シェリーは振り返った。
空を切るような音がしたが……そこには誰もいない。
静かな廊下が遠くまで続いていた。
「気のせいかな……?」
シェリーは慎重に辺りの様子を窺いながらペタペタと歩き、胸に抱えたアーティファクトをギュッと抱きしめた。
魔力が使えない……と。さっき騎士が言っていた。
彼らの言葉が事実ならそれはシェリーに関係することで、彼女はその現象に心当たりがあったのだ。
そして、このアーティファクトにも……。
シェリーはもう一度、アーティファクトを抱きしめる。
「私が何とかしないと……!」
シェリーを逃がすために戦った二人の騎士の姿が脳裏に浮かぶ。
彼らの死を無駄には出来ない。
そんなことを考えながら廊下の角を曲がると、
「あっ!」
黒ずくめの男がいて、シェリーは慌てて身を隠した。
しまった、目が合った気がする。
何か空を切るような音がした。
「大丈夫、バレてない、バレてない……」
祈りながら、もう一度角の先を見ると……。
「よかった、バレてなかった……」
黒ずくめの男はどこかに消えていた。
シェリーは気を引き締めて、周囲の様子を慎重に窺いながらペタペタと歩く。
「あっ!」
教室の窓から黒ずくめの男が廊下を見ていた。
シェリーは慌てて身を隠すが、もう遅い。
教室の扉が開き、黒ずくめの男が出てくる。
「ひっ」
シェリーは頭を抱え、目を閉じた。
……。
…………。
何か空を切るような音がした。
「え?」
シェリーが恐る恐る目を開けると、黒ずくめの男はどこかに消えていた。
「よかった、バレてなかった……」
シェリーはさらに気を引き締めて、ペタペタと歩く。
廊下の角も、教室の中も、もちろん背後だって、しっかりと確認する。
キョロキョロ、キョロキョロと。
周りを確認しながら進むと自然に足元が疎かになった。
「あっ!」
コケた。
べチャッと床に張り付いたシェリーの視線の先には宙に投げ出されたアーティファクト。
「あぁっ!」
アーティファクトが床に落ちる……その寸前で、誰かがキャッチした。
視線を上げると、そこには最近できた友達がいた。
「シド君……!」
しかし彼は血濡れだった。
「大丈夫!? 酷い怪我……」
「大丈夫、奇跡的に一命を取り留めただけだから全く問題ない」
なぜか彼は疲れた顔でそう言って、半眼でシェリーを見た。
「色々と言いたいことがある。考え事しながら歩くのはやめましょうとか、独り言はやめましょうとか、足元に注意しましょうとか」
そして深いため息をついた。
「でもまずはペタペタうるさいそのローファーを脱ごうか」
シェリーは頷いた。
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