第24話 女7人、男1人。当然ハブられる……
このガンマ、頭はいい。頭はいいのだが、実は重大な欠点を抱えている。
彼女の二つ名は最弱のガンマ。
そう、彼女は七陰の中でも古参でありながら、その戦闘力は最弱なのだ。七陰とはシャドウガーデンの最初の七人のことだ。かっこいいからそう呼ぶことにした。
ガンマはその中でも運動センス、戦闘センス、共に致命的だ。
七陰の中で最もセンスが高いのがデルタなら、最もセンスが低いのはガンマなのだ。しかし僕の個人的な感想を述べるならば、間違いなくこの2人は同類だ。ガンマは激怒し、デルタは歓喜するだろうが、絶対に同類なのだ。
僕はガンマとデルタに剣を教えるうちに二つの事を学んだ。
一つ、いくらセンスがよかろうと、アホに何を言っても無駄だということ。
二つ、いくら頭がよかろうと、センスが無い奴に何を言っても無駄だということ。
そして僕は2人に同じ指導をする事にした。
『魔力をいっぱい込めて叩き斬れ』
それ以上は求めない。僕の大嫌いなフィジカルでぶん殴るスタイルだ。
そう、僕の信念は彼女たち2人の前にあっけなく敗北したのだ。あの日の事を思い出すと今でも頭が痛くなる。いや、やめよう。もう忘れよう。
僕は頭を振った。
「お久しぶりでございます、主様」
ガンマは優雅なモデルウォークで歩いてくる。
情欲的に腰を動かしながら、カツ、カツ、カツ、とかっこ良くハイヒールを鳴らす。
しかし。
「ぺぎゃッ!」
何もないところでコケた。
「ひ、ヒールが高いわね」
そしてヒールのせいにした。
ガンマが鼻を押さえて立ち上がると、周りのお姉さんがシュババババとヒールの低いパンプスを用意する。
「さ、さて。主様どうぞこちらへ」
ハイヒールを履き替えたガンマは何事も無かったかのように言う。
それはいいだろう。女性の恥は見ないふりをするか、あえていじるかの二択だ。そして僕は見ないふりをする派だ。
だがそれでも言いたい事がある。
「鼻血出てるよ」
シュババババ、と周りのお姉さんが鼻血をふき取った。
「ど、どうぞこちらへ」
頬を染めるガンマを見て僕は思った。
まるで成長していない。
僕はガンマに案内されるがまま巨大な椅子に座る。
そこから眺める景色は……良い。
良いぞこれ。
巨大な吹き抜け空間、天窓から降り注ぐ茜色の陽、レッドカーペットの脇に跪く美女たち。
まさに王、陰の世界の王になった気分だ。
ガンマもよくここまで金のかかったセットを用意してくれた。
僕は感動に心を震わせた。そして足を組み、左手で頬杖をつき、右手を掲げる。そしてその右掌に青紫の魔力を集め、天に放った。
青紫の光はそのまま天井近くまで打上がり、そこから無数に分裂し室内へ降り注ぐ。
「褒美だ、受け取れ……」
それは光の雨。
雨は跪く彼女達に当たり、その身体を一時青紫に染めた。
まあ、疲労回復とか、魔力の巡りが良くなったりとか、軽い傷を治したりとか、その程度の効果しかないんだけどね。
「今日という日を、生涯の宝に致します」
震える声で言うのは、傍らに跪くガンマ。
なかなかの演技力である。
しかし、震えているのはガンマだけではなかった。カーペットの脇に跪く美女達も、漏れなく身体を震わせ、中には涙を零す者もいる。案内してくれたお姉さんはグスグスと音を立てて泣いている。
演技指導も完璧なようだ。
「よくやった、ガンマ。ところで、この商会について聞きたいんだけど」
そう、この商会だ。チョコレートとか、さっき売場を通った時見かけたものとか、なんならこの建物のデザインとか全部、どう考えてもこの世界のものじゃない。
「なんなりとお聞きください」
「もしかして、ミツゴシ商会の商品って昔僕が話したやつ?」
ガンマは昔からなぜか僕の知識に興味津々で、デルタにボコられる度に半ベソかいて話をせがみに来るのだ。その時に僕はチョコレートとやらなんやら、前世の日本にあったものを適当に脚色して『陰の叡智』としてガンマに話していた。
「はい、主様よりお聞きした神の如き知識のほんの一片を微力ながら再現させていただきました」
「そ、そう」
いや、知識って言ってもチョコレートなんて苦い豆に砂糖ぶっこんで固めたら旨いもんできるぜ、ぐらいしか話してないよ。それでどうやったら再現できるんだ。頭脳か、これが頭脳の差なのか。
しかし、だ。そこはまあいいとしよう。
世の中には天才とバカがいる、それだけのことだ。
だがどうしても聞いておかなければならない事があるのだ。
「この商会の事って、アルファとかみんな知ってるの?」
「はい、勿論でございます」
つまり、あれだ。
これ僕だけハブられていたパターンだ。
わかるよ、僕だけ男だし女性の輪に入れ辛いってことぐらい。
「そ、それで、結構稼いでる感じ?」
「現在、国内外の主要都市に店舗を展開しており順調に拡大しています。しかし重要なのは商会の展開に紛れてどれだけ陰に根を張れるかです」
そんな取って付けたような陰の設定はいらない。
つまり、つまりだ。
彼女達は僕を除け者にして、僕の知識を元ネタにして、がっぽり稼いでいたってわけだ。
僕にほんの少しぐらい分け前をくれれば、僕は地べたに這いつくばって金貨を拾ったり、犬のふりして金貨を追いかけたりする必要も無かったのだ。
でもいいさ、彼女達は僕のためにこんな大規模なセットを用意してくれたんだ。それで十分だろう。
だが、それでも、ちょっとだけ。
「あの、相談なんだけど、ちょっとだけ金貸してくれない?」
そのうち返すつもり、多分。
「は、直ちに用意させます」
ガンマは即答して、案内してくれたお姉さんに指示を出す。
しばらく待つと台車に金貨が載ってきた。
山のように。
キラキラと光る金貨が見たことが無い量載ってきた。
軽く10億ゼニーはあるだろう。
「こ、これは流石に……」
ダメだ、これを借りパクしたら流石にマズい。
「ッ! 少なかったでしょうか? 直ちに追加を用意……」
「いや、いい」
僕はガンマの話を遮って金貨に手を伸ばす。
右手を大げさに金貨の山に突っ込んだ。
ジャラジャラと、金貨が音を立てる。
ここで大切なのは右手に注目を集めることだ。
僕は全神経を集中した。
そして、
「ふんっ」
僕は右手に15枚ほどの金貨を握り、それを周りに見せてからゆっくりと右ポッケに入れる。
これで150万ゼニー。
しかし、僕の左ポッケには同じく150万ゼニーの金貨が入っている。
僕は右手に注目を集めた瞬間、限界のハンドスピードで左手に金貨を握り、誰にもバレずにポッケにしまったのだ。
アルファやデルタなだまだしも、ガンマに見破れるはずがない。
「そ、それでよろしいのですか? 全て差し上げ……」
そう言うガンマの姿が滑稽だ。
彼女は僕が150万ゼニーしか借りていないと思っている。
しかし僕は倍の300万ゼニーを手に入れたのだ。
「これでいい、十分だ」
こみ上げる笑いをこらえながら僕は言った。
「は、では片付けます」
ガンマが手をたたくと、お姉さん達が金貨を片付た。
そして、ガンマは僕の前に跪く。
「主様が本日来訪された理由は察しております。当然、例の事件についてでしょう」
「ああ」
僕は頷いた。例の事件って何だ。
「申し訳ありません。現在、捜査を続けていますが、未だ犯人はわかりません。しかし、今しばらくお待ちください。王都に現れた人斬り。漆黒の衣を纏い、シャドウガーデンの名を騙る愚者は、このガンマが必ず仕留めてみせます」
「ふむ……」
初耳である。
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