第118話 オレ、オレだよオレ!!

 深夜の森。


 僕はデルタの後ろを駆ける。


 ちゃんとこっそり来れるか心配だったんだけど、デルタは言われた通りこっそり寮に現れた。


 元々能力的な部分は全く心配していなかったんだよね。デルタは狩りが得意だ。だからこう見えて気配を消すのも本気でうまい。七陰で断トツじゃないかな。


 さらに獲物の気配を察知する能力も飛びぬけている。正直言って嗅覚と聴力では僕も勝てる気しないぐらいだ。その部分は肉体改造や魔力強化で努力しても、種族を超えた天性の素質の前には敵わなかった。


 デルタという存在は、脳ミソ以外超ハイスペックなのだ。


 だからこうして、デルタに前を走ってもらいながら、盗賊レーダの役目を担ってもらっている。


 盗賊狩りって正直言って、最初の盗賊を見つける段階が一番大変で一番時間がかかる。その点、デルタを前に走らせておけば、後ろに付いていくだけで盗賊のところまで案内してくれるから非常に楽でいい。


 前を走るデルタの耳がぴくぴく動き、尻尾がブンブン振られる。


 盗賊が近い証拠だ。


 デルタの速度が上がり、彼女は二足から四足へ。凄まじい速度で森を駆け、そしてそのまま遠くに見える灯りに突っ込んだ。


 そして悲鳴が上がる。


 僕が一瞬遅れて突っ込むと、そこにはもう数人の盗賊が切り裂かれ絶命し、焚火の前に四肢が散乱していた。


 ああ、やはりこうなったか。


 デルタと盗賊狩りをすることはメリットばかりではない。当然デメリットもある。


 デルタは獲物の前で「待て」ができない。


 彼女の盗賊狩りはもう一方的な虐殺で、楽しむ要素が微塵もないのだ。


 これさえなければ最高なんだけどなぁ。


 ちなみに、厳密にいえば「待て」ができないわけではない。僕が言えばデルタはちゃんと待つだろう。


 しかし、獲物の前で待つことは、彼女にとって凄まじいストレスなのだ。


 だから僕の前では大人しくなるけれど、僕がいなくなるとそのストレスを発散する。必ずどこかで問題が起きるのだ。


 ガンマがマウンティングされたり、小屋の裏の木々が切り倒され更地になっていたり、畑の野菜が全部食べられていたり……。


 小さい頃はこの程度で済んだけど、成長した彼女のストレス発散法がどうなっているのか僕は知らない。試す気もない。


 そうこうしているうちに、盗賊はだいたい狩り終わったようだ。


 僕の出番はほとんどなかった。


「ま、待ってくれ!」


 そして生き残った盗賊が命乞いを始めていた。


 よく見る光景だったが、デルタに命乞いは通用しない。


 彼女は肉食獣のような笑みを浮かべ、漆黒の刀を力任せに薙ぎ払う。


 技術など全く感じられない強引な一撃。なのに速さだけじゃなく、柔らかさと伸びがある。


 これが天性なんだろうなぁ。


 彼女の刀は盗賊の首を狙い、皮一枚だけ切り裂いて止まった。


「ん?」


 デルタが止まった……あり得ない、これは夢だろうか。


 デルタはクンクンと鼻を鳴らし盗賊の臭いをかいでいる。


「や、やはりお前だったかサラ。オレだよ、オレ」


 オレ、オレ、と胡散臭く連呼しながら、盗賊は顔に被っていた覆面を取る。


 その下から出てきたのは、精悍な顔立ちの男。注目すべきは、デルタと同じ色と形の犬耳が付いていることだろうか。


「サラ、サラなんだろ? オレだよオレ、お前の兄貴だ」


 デルタはクンクンと鼻を鳴らし、首を傾げて僕の方を見た。


 許可を求めているパターンだ。


 僕は頷いて、自由にさせてあげた。


「親父の臭いがする……けど、覚えてない」


 デルタは仮面を取って顔と尻尾を見せた。


「間違いない、サラじゃねぇか。悪魔憑きになって親父に狩られたって聞いたが……よく親父から生き延びたな」


「かくれんぼはデルタが一番うまい」


「デルタ? 今はそう名乗ってんのか。なぁ、助けてくれよ、お前の兄貴だぜ」


 男は媚びるようにデルタを見る。


 デルタの尻尾が威嚇するかのようにゆっくり揺れていた。あ、不機嫌なパターンだ。


「弱い奴が兄を名乗るな」


「ま、待て待て待て、お前は昔から強かった、お前には敵わないってオレも認めていたさ! 親父だってお前が女じゃなけりゃ次の長にするつもりだったそうだ! 悪魔憑きも治ったんだろ? オレが親父に頼んで戻してもらうから、な?」


「わかんないけど、戻りたかったら自分で戻る」


「そ、そそそ、そうだよな! お前はそういう奴だ! だったら、お前に相応しい主を紹介してやる! 聞いて驚け、オレは今あの伝説の『大狼』月丹様の下で働いてんだ!」


 尻尾のリズムが変わった。最高に不機嫌なパターンだ。


「月丹……知っているのか?」


 一応、僕は聞いておいた。


「知らない」


 デルタは険しい顔で首を振った。そうだよね。


「嘘だろ!? あの親父ですら敵わなかった伝説の『大狼』だぞ! 狼族最強の戦士だ! お、お前なら月丹様の妾に選ばれるかも――」


「わかんない、うるさい、弱い奴が吠えるな」


 デルタはそう言って、まだ喋っている男の首を斬り飛ばした。


「えぇ……兄じゃないの?」


 超不機嫌そうな顔で男の首を見下ろしたデルタが、僕の方を向いて尻尾をブンブン振りながらニッコリ笑った。


「弱いやつは一族の恥なのです。始末できてよかった」


「あ……そう」


 と言うほかあるまい。ここはもう、獣人とは根本的に考え方が違うのだ。


 獣人は多種多様な種族がいる。だけどその八割くらいは、力こそパワーな人たちだ。強いやつが偉くて、その次に狩りが上手い奴が偉い、そんな感じ。デルタはもう、超典型的なステレオタイプの獣人で、今どきここまで獣人っぽい奴いるか? ってぐらいだ。


 しかしデルタほどではないにしろ、こういう思考は獣人では一般的なのだ。はっきり言って獣人は、基本スペックは超チートだ。身体能力が高く、五感も鋭く、運動神経も良く、魔力も高く、寿命も長く、さらに繁殖力も高い。脳ミソに欠陥さえなければ、この世界で覇権を握っていただろう。


 しかしこの力こそパワーな思考回路のせいで、人口が増えたら部族間で争い人口を減らし、たまに獣人を統一する大英雄が現れたら、人やエルフに喧嘩を売って逃げ帰る。いや、毎回最初は圧勝するんだよね、獣人って。だけど補給線が縦に伸びて、飢えて撤退する。毎回同じパターン。でも獣人にも知恵のある種族はいる。良くも悪くも、獣人って多種多様なのだ。ユキメもそうだけど、狐族は頭がよくて有名らしい。


 そんな頭のいい種族がいるんだから彼らの意見を聞いていればいいんだけど、実はいつも最初は聞いているらしい。だけど補給線が伸びると、頭のいい彼らは自重しろと言う。しかし力こそパワーな獣人は、そんな彼らを臆病者と罵って突撃する。


 もう本能で力こそパワーなのだ。


 一応法治国家で、最近は産業とかがんばってたりするんだけど、いまいち伸び悩んでいるのは、結局彼らの脳ミソが力こそパワーだからなのだ。


「まぁでも、兄のことは覚えておきなよ」


「兄? どうして?」


「数少ない兄妹なんだし、大事にしたほうがいいらしいよ、一般論だけど」


「えっと、デルタの親父は二十人ぐらい妾がいるのです。兄は百人以上いる!」


「あ、なら一人ぐらい消えてもいいか」


 さすが獣人、スケールが違う。でも力こそパワーな国って、少し興味がある。


「獣人の国、いつか行ってみようかなぁ」


 デルタの耳がピクピクッと動いた。


「いいこと思い付いた! ボスが長になればいい!!」


「ん?」


「ボスが長を倒せば、ボスが新しい群れの長になる!」


「えぇ……」


「いっぱい子孫を生んで、最強の一族になる!!」


「いや、ならないからね」


「なる! 妾百人用意する!! いっぱい生んで、世界最強!! 行こう!! ボスが大英雄になって、世界を支配する!!」


「無理無理、帰ろう、王都に帰ろう」


「嫌!!」


「嫌じゃない」


「うぅ~!!」


 僕はデルタを引きずって王都に戻った。疲れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます