第43話 観光地の木刀と同じぐらい謎なアレ
聖地リンドブルムに着いたのは二日後の昼だった。
山を切り抜いたかのような地形に壮麗な聖教会が建っており、その下に白を基調とした街並みが広がっていく。街の中心を通るメインストリートはそのまま聖教会への長い階段へ続き、その往来は数多の観光客で溢れていた。
僕らはいつものように高級料理店でランチをとり、そのまま露店をひやかしながらメインストリートを歩く。
日本の観光地にもよくあった竜が剣に巻き付いた小さな飾りっぽいお土産を見つけて、こういうのってどの世界でも変わらないんだなとか思った。ただここではなぜか竜ではなく禍々しい左腕が剣に巻き付いていて、僕は興味深くそれを手に取った。
「お気に召しましたか?」
「ん、ちょっと気になって。何でどれも左腕なんだろうね」
僕の手元をローズが覗き込んでくる。肩が触れ合うぐらいぴったりとくっつかれても暑いんだが。高地だから多少ましだけど夏だからね。
「英雄オリヴィエの剣と魔人ディアボロスの左腕ですね。かつてこの地で英雄オリヴィエがディアボロスの左腕を切り落とし封印したと伝えられています。あそこです」
ローズが指す方は長い階段とその上に佇む聖教会、そのさらに先だった。
「あの切り立った山肌には聖域と呼ばれる遺跡があり、そこにディアボロスの左腕を封じたとされています。お伽話ですが」
ローズは微笑んで続ける。
「男性の方には人気のお土産ですよ」
「だろうね。すいませんこれ一つ下さい」
僕はヒョロ用のお土産に一つ買った。三千ゼニー、そこそこするがさすがにこれは自分で払う。
ジャガのお土産はリストをもらっている。めんどくさいからまだ見てない。
お土産をポッケに入れて僕らはのんびり歩く。通り過ぎる観光客と露店の活気がどこか懐かしい。
と、僕はローズに手を引かれた。
「ナツメ先生のサイン会をやってますね。私、大ファンなんです!」
向かった先には人だかりができていた。本屋の前のようだが店の看板すら見えない。
「あの、並んできてもいいでしょうか? 少し時間がかかりそうですが……」
上目遣いにローズは言う。
「待ってるからいっといで」
「はい! シド君もどうですか?」
「僕はいいよ」
ローズは棚に平積みされた本を買ってサインの列へと並んだ。
僕は特にやることもなくなんとなく本を手に取ってページを捲ってみた。
『吾輩はドラゴンである。名前はまだ無い』
丸パクじゃねーか。
いや、多分きっと奇跡的に同じ感性を持った文豪が異世界に生まれただけだ。僕は気を取り直して違う本を手に取る。
『ロメオとジュリエッタ』
丸パクである。他にも。
『シンデレーラ』
『紅ずきん』
さらにはハリウッドやらの映画や漫画やアニメを文書化した書籍の数々。ここにきて僕はようやく察した。
どうやら僕以外にも転生者がいるらしい。
僕は本を一冊買いナツメ先生とやらのサインの列に並んだ。
まずは顔を覚える。どうするかはそれから決めよう。
そんなことを考えているうちに列が進みその姿が見えるようになった。フードを被り少し見づらいが、その姿は女性のそれだ。
美しい銀色の髪を肩ぐらいの長さで切りそろえ、青色の猫みたいな瞳に泣きぼくろ。胸元の開いたブラウスからは深い胸の谷間が覗いている。
「何やってんだこいつ」
見間違えるはずもない、それは僕がよく知る人物だった。僕は目頭を押さえて頭を振りそっと列を離れようとした。
「そこの人、どこへ行くのですか」
離れられなかった。ほんの僅かに相手が気付く方が早かったようだ。
僕はそのままナツメ先生の前に通されて、銀色の髪の美しいエルフと向かい合う。そう、彼女は僕のよく知るエルフ。
ベータである。
「本をこちらに」
にっこり微笑んだベータに僕は本を渡し他人のふりをする。
サラサラと慣れた手つきでサインするベータを見て、僕は尋ねずにはいられなかった。
「儲かってるの?」
ほんの小さな声で呟く。
「まずまずです。順調に名を広げております」
なるほど、こいつもか。
こいつも僕の知識を利用して金儲けしていたのだ。
僕は昔ベータに前世での物語を教えていたのだ。ベータは文学が好きらしく、なら前世の物語をベースに何かかっこいい話を考えてよぐらいのノリで教えたのに、まさか丸パクして荒稼ぎするとは。
ベータ君、君には失望したよ。
僕は冷めた目でベータを見下ろし、サイン本を受け取った。
「私は来賓として招かれています。内部の情報はある程度流せます。計画の詳細は本に書きました」
立ち去る直前、ほんの小さな口の動きでベータが告げた。僕らはそのまま目を合わさずに別れて、僕はなんだかスパイ映画っぽくていいなと思った。
見直したよ、ベータ君。
そのまま店を出ると、なぜか嬉しそうなローズが待っていた。
「やはりシド君も好きだったんですね、ナツメ先生」
「いや、僕は……」
「わかります、女性のファンが多いから言いづらいんですよね。でも、こういうイベントに来るのは女性が多いだけで、本当は男性のファンも多いんですよ」
「はぁ、そうなんだ」
「やはりナツメ先生の魅力はその壮大な発想力ですよね。全く新しい物語と、斬新な世界観、そして新鮮な価値観をもつ魅力的な登場人物」
そりゃ新しくて斬新で新鮮だろうね。
「恋愛、ミステリ、アクション、童話、そして純文学、すべてのジャンルに精通し、まるで全く別人が書いているかのような物語を構築していく。その多様性こそが多くの人々の心を掴むのです」
そりゃ全く別の人が原作だからね。
「見てください、私のサイン。ナツメ先生に名前を入れてもらったんです」
そう言って広げたローズの本には、ローズの名前とナツメ丸パク先生のサイン。
そういえば僕の本に計画の詳細とやらを書いたと言っていたな。僕も本を開くとそこには。
「古代文字……ですか?」
覗き込んだローズが言う。
「みたいだね」
全く読めん。
「読める?」
「いえ、古代文字は習得がとても難しく、私は少ししか分かりません。これは古代文字でもかなり崩してありますし、そのまま読んでも意味は通らないでしょう」
「へぇ~」
でもなんか暗号っぽくてかっこいい。僕は古代文字の習得断念したからね、憧れる。
「ですがなぜ古代文字なのでしょう」
「かっこいいからだよ」
「かっこいいですか?」
「うん」
「男性はそういうものが好きなのですね」
僕らはそのまま最高級ホテルにチェックインし、お偉いさんとかに挨拶回りがあるというローズと別れた。
まだ学友ですので紹介できません、とか言ってたけどまだってなんだ。そのうち信徒とかになる予定か。
残念だけど、僕は宗教には深入りしないと決めているのだ。
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