四章

第42話 寄生スタイルのモブを提案する

 きっかけはアルファから届いた一通の手紙だった。中身はたった一言。


『暇なら聖地に来て』


 それだけ。


 学園半焼で前倒し夏休みに入ったから割と暇してたし、アルファの誘いに乗るとだいたい楽しいイベントが待っているという経験から僕は手紙を見た翌日には聖地へと発っていた。


 聖地リンドブルム。


 実は昔一回行ったことがある。この世界で最もポピュラーな宗教である『聖教』の聖地の一つである。英雄にその力を授けた女神ベアートリクスを唯一神と信じる感じの宗教だ。


 聖地への道のりは学園から馬車で四日。国内にあるし意外と近いのがいい。


 僕は本気ダッシュで行こうかモブらしく馬車で行こうか迷ったけど、サボらずに馬車で行くことにした。こういうのって普段からの意識が大事だよねって、意識高い系を気取ったのだ。


 そんな過去の自分を殴りたい。


 ダッシュで行けばよかったのだ。夜の間に本気ダッシュすればすぐに着いたのだ。


 そうしなかった結果、僕は現在生徒会長のローズ・オリアナと同じ馬車にいる。


 豪華で広くて快適な最高級馬車の中には僕とローズの二人だけ。安物の馬車で宿場町に着いた僕をたまたまそこにいたローズが誘ったのだ。僕は断った。断ったが、王族パワーの前に断り切れず同じ馬車で聖地へと向かうことになってしまった。


 ローズの話によると聖地では何やら『女神の試練』というイベントがあるらしく、彼女はそのイベントの来賓として招かれたらしい。ということはアルファも『女神の試練』を見に誘ったんだろうな、とか考えながら僕はローズの話を聞いていた。


 だが僕は途中から彼女の話が理解できなくなっていった。


「シド君のような勇敢な心を持つ青年が、あのような事件で命を落とすなんてあってはならないことです」


 と柔らかな微笑みで語るローズ。うん、僕はモブだから勇敢でも何でもないし、いつの間にかシド君とか呼ばれているし、色々と言いたいことがあるけどまだ理解はできる。


「あなたが生きていたと知ったあの日、私は運命を感じました。こうして語らえる日が来たのは世界が二人を祝福しているからだと」


 この辺からわからない。僕はそもそも運命なんて信じないし、世界が祝福とか意味が分からない。僕は世界に中指突き立てる派だ。


「二人は茨の道を歩むことになるでしょう。誰からも祝福されず、認められない道です」


 世界が祝福しているとか言ったやんけ。


「しかし女神から力を授かった伝説の英雄は、平民から富と名声を築き大国の王女を娶ったと伝えられています。茨の道は辛く苦しいですが、それを抜けた先には必ず幸せな未来が待っていると私は確信しています」


 これは聖教の教えか何かだろうか。英雄なんてごく一部の例外を持ち出して一般人を惑わそうとするあたり宗教っぽい。


「今回の『女神の試練』を越えれば茨の道を一歩進むことができます。私も父に勇敢な青年の話をすることができます」


 そうか『女神の試練』を越える青年は果報者だなぁ。


「茨の道を二人で一歩ずつ乗り越えていきましょう。その一歩が二人の愛を深く強く結んでいくのです」


 二人三脚ってやつだね。助け合いの精神、聖教の教えっぽいね。


「今はまだ誰にも話せませんが、幸せな未来のために頑張りましょう」


「そだね」


 ローズが手を差し出したので、僕はその手を握った。宗教の考え方とか教えとかはよくわからないけれど、幸せな未来のためにってのは同意する。幸せって大事だよね、誰かの幸せじゃなくて僕にとっての幸せ。


 ローズの熱い眼差しと少し汗ばんだ掌を感じて、僕はこの子とは少し距離を置こうかなと思った。宗教を否定するつもりはないけど、あんまり温度差があるときついよね。熱心な人同士でやるのがみんな幸せでいいと思うんだ。


「今日は天気いいよね」


 僕は馬車の窓から晴れ上がった空と緑の草原を見渡して言った。めんどくさい話題を変えるときはとりあえず天気の話でオッケー。


「そうですね。陽射しも強くて外は暑いでしょう」


 ローズも外を眺めて言う。


 車内は日陰になっているけど、それでも少し汗ばむぐらいだ。ローズの白い首筋にも汗がにじんで光っている。優雅に巻かれた蜂蜜色の髪が風に揺れて、少し薄い色の瞳が眩しそうに細められた。


 僕らはそのまましばらく天気やら学園での話やらを続けて、ときどき沈黙して話題を探した。


 沈黙というのにも種類があって、大まかに分けると居心地のいい沈黙と悪い沈黙だ。


 二人で話題を探すという沈黙は一般的には居心地の悪い沈黙だけど、僕はそれほど嫌いじゃない。二人そろって話題を探してるんだなって分かるとなんだかほっこりするからだ。


 そもそも二人だけで長時間馬車の中にいるわけで話題なんて途切れて当然である。それに抗おうとする無駄な努力こそが何よりもほっこりする。


 そんな感じで何度目かの沈黙の後、ローズはその話題を切り出した。


 午後の陽はだいぶ傾き、少しずつその光に茜が混じっていく。


「先の事件、おそらく裏があります」


「ん?」


 ローズの瞳に遠くの夕日が映り込んでいた。


「シャドウガーデンと名乗ったあの黒ずくめの集団と、シャドウと名乗った男はおそらく別の組織です」


「どうしてそう思うの」


「剣筋がまるで違うのです。黒ずくめの集団の剣はどれも一般的な流派の剣でした。ですがシャドウとそれに従う女性たちの剣はまるで違った。今まで見たこともない、まったく新しい流派でした」


「そっか」


「そのことはミドガル王国の騎士団にも伝えました。黒ずくめの集団とシャドウが対立していたことも話しましたが、騎士団が発表した事件の詳細には黒ずくめの集団とシャドウが同一の組織としてみなされていました。納得できるような理由もなかった。あの事件の裏には何かがあるはずです」


「考えすぎじゃない?」


「考えすぎならそれでいいのです。ですが、もしそうでなかったら。ミドガル王国がもし敵の姿を間違えているのだとしたら……大きな災いが降りかかるかもしれません。オリアナ王国でも調査しますが、シド君も気を付けてください」


 僕は頷いておいた。


 ローズも柔らかく微笑んで頷き返す。


「もうすぐ宿場町に着きます。私の部屋の隣にシド君の部屋をとらせますね」


「いや、いい。自分で安いとこ探すから」


「いけません、危険です。もちろん私が部屋代は出しますのでお気になさらず」


「いやいやいや、恐れ多いので遠慮します」


「いえいえ、私たちの間に遠慮は無用です」


 結局僕は一泊三十万ゼニーの最高級の部屋に泊まった。二人で高級料理店でディナー、それからウィンドウショッピングをしながら全身オシャレにコーディネートしてもらい、最後にカジノで軽く遊び宿に戻る。当然どこに行っても王族対応。ベッドはふかふかだしお風呂ついてるし最高だった。


 全部まとめて僕の出費は0ゼニー。もしかすると金持ちに寄生するモブって最高かもしれない。 少し宗教熱心なことに目をつむれば一考の価値あり。

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