第52話 記憶の中の真実

「きゃッ!?」


 ローズは何か柔らかいものの上に落下した。


 頭を振って体を起こすと、ローズは二人の少女を下敷きにしていることに気づいた。


「あぁ、ごめんなさい」


「ローズ先輩、一刻も早くどいてくれませんか」


「アレクシア様、変なところを触らないでください」


 アレクシアとナツメがローズの下敷きになったまま睨みあっていた。


 ローズが立ち上がると二人は瞬時に距離をとって顔を背ける。


 仲が悪いのだろうか、とローズは少し悲しい気持ちになった。


「二人とも、喧嘩はよくないと思います……あっ」


 と声をかけて、ローズはようやく自分に視線が集中していることに気づいた。


 そこは、薄暗い吹き抜け空間だった。周囲には黒ずくめの女たち。その中にアルファ、イプシロン、そして捕らえられたネルソンがいた。


「あの……えっと」


 とりあえずどうしようもない状況であることを理解し、ローズは両手を挙げた。


 愛想笑いを浮かべて、敵意が無いことをアピール。


 隣でナツメ先生がかわいそうに震えて怯えている。私が何とかしないと、とローズが決意した瞬間、ズイッとアレクシアが進み出た。


「ごめんなさい、躓いて転んでしまったの。それで、転んだ先に扉があってどうしようもなかったの」


 説得力とは堂々とした態度から生まれるものだとローズは学んだ。


 それが明らかな嘘でも世界を手に入れた魔王のように堂々としていれば、指摘するのがめんどくさくなる。


 うん、もうそれでいいよって、皆そんな態度でアレクシアを見ていた。


「大人しくしているなら好きにしなさい。もしかしたら、あなた達は知るべきなのかもしれない」


 アルファがアレクシアを一瞥しそう言った。そのまま彼女は指示を出し、黒ずくめの女たちが散開していく。


 アレクシアは「やった」と小さくガッツポーズした。


 そして残ったのはアルファ、ネルソン、ローズ、アレクシア、ナツメ、そして正体の分からない黒ずくめの女。彼女はイプシロンとは別人のようだ。


「こんなことをして、何のつもりだ?」


 黒ずくめの女に拘束されたネルソンがアルファを睨み上げた。


 アルファは仮面の奥で微笑んだようだ。


「かつて、この地で英雄オリヴィエが魔人ディアボロスの左腕を封印したと伝えられている」


「それがどうした。左腕でも探しに来たか?」


 ネルソンは嗤った。


「それも楽しそうだけれど……我々が知りたいのはそんなことじゃないの。我々が知りたいのはディアボロス教団のことよ」


 アレクシアがディアボロス教団という言葉に反応した。視線を厳しくするアレクシアを、ローズは横目で見ていた。


「なんの話だ……?」


「答えられないのはわかっているわ。だから直接見に来たの。最初から全て、歴史の闇に葬られた真実を探しに」


 アルファは背を向けて、大きな石像の前に歩いていく。広い空間にヒールの音が反響した。


「英雄オリヴィエの像ね」


 アルファの言葉に、ローズは首を傾げた。


「英雄オリヴィエ……? しかし彼は男性のはずでは?」


 そう、アルファが英雄と言った像は、聖剣を掲げた女性だった。美しい、戦乙女のような神々しさがあった。


「我々はおおよその事は理解している。しかしまだ確信を持てずにいる。歴史の真実も、教団の真の目的も、そして……」


 アルファは英雄像に手を伸ばし、その頬にそっと触れた。


「なぜ英雄オリヴィエが私と同じ顔をしているのかも」


 そして振り返る。その顔にあった仮面が消えていた。


「エルフ……?」


 それが誰の呟きだったかはわからない。


 だが、誰もがその美しさに息をのみ、そして同時に気づいた。彼女の顔は、英雄オリヴィエとうり二つなのだ。


「まさか、貴様はエルフの……だが悪魔憑きになって死んだはず……」


「やはり、あなたは知っているのね」


「ッ……!」


 ネルソンは慌てて口を閉ざした。


「我らは悪魔憑きの真実も知っている。秩序を制御したい教団にとっては、さぞかし邪魔でしょうね?」


 ネルソンは俯き何も答えなかった。


 ローズは彼らの話がまるでわからなかった。しかし、アレクシアは多少は理解しているようだし、アルファがでたらめを言っているようにも見えなかった。


 これほどの力を持つ組織が、趣味で考古学をしているわけではないだろう。何か、大きな理由があるのだ。シャドウガーデンの理由。そして、ディアボロス教団の理由。


 ローズの脳裏によぎったのは、先の学園襲撃事件。あの事件も無関係ではないはずだ。


 強大な二つの組織の抗争が人知れず繰り広げられている。その事実にローズは戦慄した。


 もし、この先彼らの争いが激しさを増したとき、何も知らない国がそれに対応できるとは到底思えなかった。


「教団の目的が単なる魔人の復活ではないことも察している。しかし、確信はない。だから皆で直接見に行きましょうか」


 アルファはそう言って、石像に魔力を込めていく。魔力の高まりが、大気を震わせる。


「この魔力、やはり悪魔憑き。自力で覚醒したのか……?」


 その尋常ではない魔力量に、ローズは背筋が冷たくなった。もし彼女の矛先が国へ向いたとき、それを止めるには膨大な戦力が費やされるだろう。


「かつて、この地で大きな戦いがあった。英雄が魔人を封印し、幾多の命が散った。魔人の魔力と、戦士たちの魔力がこの地で渦巻き、その魔力の渦に行き場を失くした記憶が閉じ込められた。ここは、古の記憶と魔人の怨念が眠る墓場」


 石像が魔力に反応し光り出す。そして古代文字が浮かび、石像が色彩を帯びていく。


「英雄オリヴィエ。あなたなら応えてくれると思ったわ」


 そこに、アルファとうり二つの英雄オリヴィエが現れた。


「バカな……まさか……」


 ネルソンの足が震えていた。


 オリヴィエはローズたちに背を向けて歩いていく。オリヴィエの道先が光に染まり、それはやがて周囲に広がった。


「さあ、お伽話の世界に旅立ちましょうか」


 光り輝く世界の中で、アルファの声が最後に聞こえた。

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