第26話 うっ、頭が……

 戦いの音をたどった先は、暗い裏路地の奥だった。


 そこで、2人の魔剣士が戦っていた。


 1人は見慣れた制服姿に短いスカートの、アレクシアで間違いなかった。


 しかし、もう1人は全身黒ずくめに仮面をつけた男だった。


 どうにも様子がおかしい。シャドウガーデンを騙るアレクシアが黒ずくめなら納得できるのだが、これでは立場が逆だ。


 僕は建物の屋根に登り、気配を消して2人の様子をうかがうことにした。


「もう諦めなさい。あなたでは私に勝てないわ」


 戦いはアレクシア有利に進んでいた。黒ずくめの男も弱くはないが、最近大きく実力を伸ばしているアレクシアには届かない。


 黒い外套は切り裂かれ、血痕が石畳を染めている。


 もう一押しあれば勝負は決するだろう。


「なぜ罪もない人を殺めるの? これがあなた達の戦いなの?」


「我らはシャドウガーデン……」


 シャドウガーデン。


 黒ずくめの男は確かにそう言った。


「さっきからそればかり。これがシャドウという男の意志なの?」


「我らはシャドウガーデン……」


 黒ずくめの男は繰り返す。


 もう間違いないだろう。


 この黒ずくめの男がシャドウガーデンを騙る犯人だった。


 すまんな、アレクシア。君は無実だった。僕は心の中で謝った。


 しかし、なぜこの男はシャドウガーデンを騙るのか?


 それは当然の疑問だけれど、僕にはその答えがわかってしまう。


 僕だからこそ、わかってしまうのだ。


 それは、憧れ。


 彼はシャドウガーデンに……そして陰の実力者に憧れたのだ。


 僕はその気持ちを否定できない。


 なぜなら僕だって、すべては陰の実力者への憧れからはじまったのだ。映画やアニメや漫画の中の陰の実力者に憧れ、模倣することがはじまりだった。


 彼もまたその道を辿り、シャドウガーデンを模倣しているのだ。


 そう、彼は世界で初のシャドウガーデンフォロワーだ。


 僕の胸に熱いもの込み上げてくる。自分の進んできた道が正しかったこと、そして第三者に認められたことがただ嬉しかった。


 がんばれ。


 つい、応援したくなってしまう。


 だけど、それは許されない。なぜなら僕は陰の実力者だから。自分の組織の名を騙る者を許しては、僕は陰の実力者ではなくなってしまう。


 彼が陰の実力者であるように、僕もまた陰の実力者なのだ。


 そこに甘えや妥協は許されない。


 僕は心を鬼にして2人の戦いを見守った。


「これで終わりよ」


 そして、アレクシアの剣がフォロワーの剣を弾き飛ばした時、僕は新たな気配が近づいて来るのを感じた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「これで終わりよ」 


 アレクシアは男の剣を弾き飛ばした。


 カラン、と。


 石畳に落ちた剣が鳴った。


 その時。


「……ッ!」


 突然背後から繰り出された斬撃を、アレクシアは転がって避けた。


 さらなる追撃を咄嗟に防ぎ、そのまま相手の腹を蹴って距離を取る。


 少し乱れた息を整えながら、アレクシアは新たな敵を見据えた。


 魔剣士が2人、増えていた。いずれも黒ずくめの男だ。


 さらに最初の男が剣を拾うのを見て、アレクシアは舌打ちした。


 これで3人。


 それも実力者だ。


 1人なら勝てる。


 2人でも負けはしない。


 しかし、3人相手は……。


「か弱い乙女相手に3対1なんてひどいわ」


 会話につき合ってくれればいいが。


「そうだ、1対1を3回やりましょうよ。ダメ?」


 じりじりと囲まれていく。


 アレクシアは立ち位置をずらしながら、背後だけは取られないように動く。


「ほら後ろを見て、お月様があんなに綺麗」


 背後に回ろうとする敵を視線だけで牽制する。


 剣を細かに動かし、互いにさぐり合う。


「あら、見ないの? でも見た方がいいわ」


 アレクシアは微笑む。


 月光の下、彼女の赤い瞳が輝いた。


「後ろに姉様がいるもの」


「ッ……!」


 釣れた。


 即座に、アレクシアは動いた。


 無様に背後を見た敵の背を、白刃が切り裂く。


『死ね』


 声には出さず、アレクシアは嗤った。


 黒い外套を斬り、鮮血が舞う。


 だが、まだ浅い。


 もう一撃、とどめを……。


 その瞬間、アレクシアの腹部を衝撃が貫いた。


「ァグゥッ……!」


 脇腹に、黒いブーツがめり込んでいた。


 バキバキと肋骨の折れる音が聞こえた。


 アレクシアは血を吐きながら剣を振り、黒いブーツに突き刺す。


 しかし寸前で避けられて、アレクシアの剣は石畳を叩いた。


 間合いが外れた。


 アレクシアはペッと血を吐いて、口元を拭う。


 その手が赤く染まった。


 あの瞬間2人は釣れた、しかし1人釣れなかった。そいつが脇腹を蹴り飛ばし、とどめを邪魔したのだ。


 アレクシアは怨恨をこめて睨んだ。


 3対1、数は変わらない。


 しかし状況は悪化した。敵の2人は無傷、1人は重傷だがまだ剣を持っている。無視はできない。


 対してこちらは肋骨へし折られて、ついでに肺に刺さっている。


 殺される、と。アレクシアは思った。


 だから仕方がない。


 アレクシアは制服のポケットから赤い錠剤を取り出した。それは、放火事件の前にこっそりくすねておいた薬。


 醜い剣を晒すのは嫌だったが、殺されるよりマシだ。


 そして、アレクシアは薬を口に運ぶ。


 ぶっつけ本番に強いタイプだから大丈夫、と祈りながらそれを飲み込もうとした。


 その瞬間。


 空から漆黒が降ってきた。


 まるで夜を翔る梟のように、音も無く降り立った。


 漆黒の刃はそのまま1人を両断し、血の華を咲かせた。


 むせかえるような血の臭いが路地裏に満ちた。


 漆黒の男……シャドウは刀を払い血糊を落とす。壁に血の一文字が描かれた。


「シャドウガーデンの名を騙る愚者よ……」


 シャドウ。


 忘れるはずもない、剣の完成系をアレクシアに見せつけていった最強の存在。


 それが、敵対している……?


 シャドウと黒ずくめの男は敵対しているようだった。


「その罪、その命で償うがいい」


 シャドウが言葉を発すると同時に、黒ずくめの男たちが動く。


 その判断は一瞬だった。


 彼らは石畳を蹴り、壁を蹴り、屋根へと登り、逃げ去る。


 しかし。


「愚かな……」


 シャドウが追う。


「ま、待ちなさいッ……!」


 アレクシアの声がシャドウを止めた。


 シャドウはゆっくりと振り返り、アレクシアを見据える。


 カタカタとアレクシアの剣が震えた。


 バカなことをしている……とアレクシアは自覚した。


「私はアレクシア・ミドガル。この国の王女よ」


 シャドウはただアレクシアを見据えていた。


 彼がその気になれば、その瞬間アレクシアの命は刈り取られる。


「あなたの目的を教えなさい。その力を何のために振るうのか、何と戦っているのか、そして……この国に牙を剥くつもりなのか」


 シャドウは背を向けた。


「かかわるな。何も知らない方が幸せだ」


「ッ……! 待ちなさい、あなたがもし敵対すると言うなら……!」


「敵対すると言ったらどうする」


 殺気がアレクシアに叩きつけられた。


 絶対に勝てない存在を前に、本能が萎縮する。


 だが、本能に抗うのが人間なのだ。


「戦うわ。あなたはきっと姉様を殺す。私はそれを許さない」 


  シャドウはコートを翻す。


「私にはあなたの剣が理解できる。今は無理でも、いつか必ず……」


「殺すことができるとでも?」


 そう言い残して、シャドウは暗闇の中に消えた。


 アレクシアは誰もいない暗闇に呟く。


「ええ、そうよ……」


 夜に静けさが戻った。


 1人残されたアレクシアは、腹を押さえてうずくまる。


 震える手から、剣が落ちる。


 バカなことをした。それはわかっている。


 だけど、アレクシアは最近ようやくわかったのだ。自分が剣を振る理由、自分にとって大切な、ほんの僅かなものがなんなのか。


 それは、たった1人の姉と、たった1人の友人。


 それだけを守ると、アレクシアは決めたのだ。


「まずいわね……」


 意識が薄れていく。


 こんな路地裏で意識を失えばロクなことにならないのをアレクシアは知っている。


 なんとか壁を使い立ち上がろうとする。


 その時。


『アレクシア……アレクシア!』


 遠くの方で名前を呼ぶ声。


「ね、姉様……姉様、こっち!」


『アレクシアッ……!!』


 足音が近づいてくる。


 崩れそうなアレクシアの身体を、柔らかな何かが抱き留めた。


「アレクシアッ、勝手なことをして……!」


「姉様……」


 アレクシアは姉の胸に顔をうずめた。


「何があったのか後でしっかり話してもらうから、覚悟しなさい」


「……はい」


「あと、これが何なのかも」


「えっ……?」


 見ると、石畳に赤い錠剤がばらまかれていた。落としたのだ。


「ね、姉様、私何も知らない」


「黙りなさい」


「本当よ、本当に知らないの」


「許しません」


「うっ、頭が……」


 アレクシアは気絶してうやむやにする事にした。

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