第63話 謎の青年剣士ジミナ

 ガンマは涙を拭うとすぐ部下に指示を出し、ある物を持ってこさせた。


「それは?」


 主がガンマの持つそれを見て問う。


「陰の叡智を参考に改良したスライムです。魔力を通すと本物の肌と遜色のない質感に変わります」


「へえ……」


 ガンマは肌色のスライムを主に差し出す。


「顔に付ければいいのかな」


「はい」


 主はスライムを顔に付け薄く延ばす。


「ただ顔に粘土を貼り付けただけって感じだね」


 主は鏡を見て言った。


「ここからはニューの仕事です」


「失礼します」


 ニューが主の前に立ち、彫刻刀のような細いナイフを取り出す。


「スライムを削ります」


「なるほど」


「どのようなお顔に致しましょう?」


「そうだね……弱そうな感じで」


「弱そう、ですか……」


 ニューは少し考える。


「この男なんてどうかしら」


 ガンマは資料を開き、ある青年の戸籍をニューに見せる。


「ジミナ・セーネン。アルテナ帝国の貴族、22歳。怠惰で魔剣士としての実力も低く、5年前に勘当される。その後、傭兵や護衛として各地を転々とする。最期の仕事は悪魔憑きの馬車の護衛だった」


 彼は怠惰なだけで、罪はなかった。何も知らず悪魔憑きの馬車を護衛した。ただ、運がなかっただけだ。


「骨格も似ていますし、大丈夫です。身分証もありますね」


「ええ。偽造するより安全よ。主様、よろしいですか?」


「うん、そのジミナ君でいこう」


「では始めます」


 ニューがナイフを手に、スライムを削っていく。


 化粧の得意な彼女は、シャドウガーデンの特殊メイク担当だ。


 瞬く間にスライムが削り出され、地味な青年の顔がそこに描かれていった。


「おお、これは……」


 鏡を見た主が感嘆の声をあげる。


「いかがでしょう?」


「うん、いいね、すごい弱そう」


 特徴のある顔ではないが、とにかく地味だ。不健康そうな隈と無精ひげが、いかにも頼りない。口角は下がり、肌もくすんでいる。


 満足そうな主を見て、ガンマの心が温かくなる。


「魔力を流すと顔の形が固定されますので、後は自由に付け外しできます」


「ほうほう」


「欠点として、普通のスライムボディスーツより伸縮性が低いこと、そして防御性能はほとんどありません」


「なるほど、顔専用か。ボディスーツには向かないね」


「はい。それと……」


 ニューの説明を一通り聞き終えると、主は立ち上がった。


「猫背にした方がそれっぽいよね」


 そして背筋を曲げて歩く。


「お上手です」


 手を叩き微笑むガンマ。


 姿勢と歩き方を見れば、その人がどれだけ身体の使い方を理解しているかがわかる。力とは、そのほとんどが脚から伝わるものだ。身体の使い方がうまい人は、脚の力を効率よく全身に伝えられる姿勢を普段からしている。もちろんそれで実力のすべてがわかるわけではない。ただ、参考にはなる。


 ガンマは以前、主にそう教えられその教えを完璧に理解した。しかし、完璧に理解はしたが、完璧に実践することはできなかった。ガンマの姿勢は美しいが、それだけだ。姿勢の美しさと実力が乖離している典型例である。


「なで肩にして、こんな感じでいいかな。あと骨盤の位置はずらしたくないな。変な癖がつくと嫌だし」


 弱そうな歩き方練習をする主を微笑ましい気持ちでガンマは見守り、部下に指示を出す。


「衣装と安物の剣を用意しました」


「気が利くね」


 その一言で、ガンマの心は満たされる。 


「いいね。これでいこう。武神祭の登録に行ってくるよ」


 主は声帯を弄ったようだ。声色を低くハスキーに変えて言った。


「身分証はこちらです。お気をつけて」


 ガンマは頭を下げ主の背中を見送った。


「ありがと。あ、そうだ」


 扉の前で主が止まった。


「その髪型似合ってるよ」


 ガンマの思考が停止した。


 パタンと扉が閉まり、


「ぺぎゃッ」


 とガンマのヒールが折れた。


「ガンマ様!?」


 床に顔面を強打し鼻血を垂らすガンマの顔は幸せそうだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 武神祭の登録は闘技場の受付でやっていた。


 僕は魔剣士たちの列の最後尾に並び周囲を観察した。


 前の戦士は背が高く、筋肉も鍛えているのが分かり一見強そうに見えるが、重心が安定していない。


 うーん、微妙だが、辛うじて僕の方が弱そうに見えるだろう。


 僕の背後にも戦士が並んだ。


 彼は重心は安定しているが、お腹に脂肪がついている。むしろ脂肪で重心を安定させている。酒の飲みすぎだな。


 でも、大丈夫。顔がいかついし、きっと僕の方が弱そうだ。


 僕はそんな感じで周囲を見渡して、誰が一番弱そうに見えるかトーナメントを勝手に開催した。


 僕は「オイオイオイ死ぬわアイツ」からの「アイツはいったい何者なんだ!?」がやりたいからとりあえずこの中で最弱クラスの見た目にならなければならない。


 あいつは雑魚、あそこのあいつも雑魚、向こうのあいつも雑魚、あっちのあいつはミジンコ……だめだ雑魚しかいない。


 が、大丈夫。今の僕はジミナ・セーネンなのだ。


 厳正な審査の結果、僕は恐らくこの中で一番弱そうに見えるはずだ。


 僕は自分を納得させるように頷いた、その時。


「ちょっとアナタ、止めときなさい」


「ん?」


「そんなんじゃ死ぬよ」


 振り返るとそこに、魔剣士の少女がいた。


 僕の心臓が跳ねる。まさか、これは……あのイベントではないだろうか。


「君は?」


「私はアンネローゼ。半端な気持ちで登録するのは止めなさい」


 キッとアンネローゼが僕を見上げる。


 その瞬間、僕は心の中でガッツポーズした。


 そう、これは……弱そうな奴が大会にエントリーするときに必ず起きるあのイベントなのだ。

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