第62話 僕は波に乗る男

 武神祭の季節がやってきた。


 僕は賑やかな王都の街を歩く。人々の顔ぶれが、いつもとは違う。


 道を行く人々は、人種も国籍も職業もバラバラで、たった一つ武神祭を楽しむという目的だけが一致している。話したこともなく、今後話すこともない人々の中に、奇妙な一体感が生まれる。


 祭りとはそういうものだ。


 そして僕はこの空気が嫌いじゃない。


 なぜならアレができるからだ。


 皆の興味が一つに集まるそこに、最高の舞台が用意される。


 武神祭。


「乗るしかない、このビッグウェーブに」


 僕のやりたいことリストの中でも上位にランクインするアレを成し遂げるのだ。


 謎の実力者が大会に登場し「オイオイオイ死ぬわアイツ」「いや、アイツ強いぞ!?」「アイツはいったい何者なんだ!?」ってなるアレを!


 そのためには皆の協力が必要だ。


 僕は人波をかき分けて、ミツゴシ商会王都支店に到着した。


 友達のお店だから大丈夫だよね精神で順番待ちの列を無視し、いきなり入店。


 繁忙期特有の慌ただしい店内だったが、瞬時に綺麗なお姉さん店員に見つかり連行された。


「嘘だと思うかもしれないけど、僕はここのオーナーと友達なんだよね」


「存じております」


 本当に存じているのか心配になったが、本当に存じていたようだ。


 僕は前に行ったあの豪華な椅子のある部屋に通された。そのまま豪華な椅子に座る。


 うむ、やはりこの椅子は王者の気分を味わえる。


 そして氷の入った果汁100パーセントのリンゴジュースが用意される。


 よくわかっている。僕はオレンジジュースよりリンゴジュース派なのだ。夏の暑さに、ひんやりとしたジュースが気持ちいい。


 チリン、チリン、と夏の風の音がする。


「風鈴か……」


 窓を見ると風鈴が吊るされ、その向こうに青い空と大きな入道雲が見えた。


「しばらくお待ちください」


 僕は頷いた。お姉さんはガンマを呼びに行き、また別のお姉さんが大きな団扇で僕を扇いでくれる。夏らしい肌の露出が多いワンピースを着ている。


「何か食べたいな」


「すぐに用意させます」


 僕は入道雲を眺めながら飯に困ったらここに寄生しようと決めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 敬愛する主が来訪されたと聞き、ガンマは仕事を部下に任せて急いで『陰の間』に向かった。


 薄手の黒いドレスは膝丈で、夏らしい白のヒールを合わせる。爽やかな香水をつけて、いざ陰の間に入った。


「失礼します」


 主は陰の王座に座り、脚を組んで空を眺めていた。鋭いその視線の先にあるのは入道雲か、それとももっと別の『何か』か。


 ガンマにはまだ読み取れなかった。


「一つ、頼みがある」


 主はその視線をガンマに向けて、そう言った。


 変わらぬ凛々しい眼差しを見て、ガンマの心はときめいた。髪型を変えたのを気づいてくれるだろうか、と少し場違いなことを考える。


「何なりとお申し付けください」


「武神祭に正体を隠し出場したい」


 主はそう言った。


 その瞬間、ガンマの聡明な頭脳が凄まじい早さで動き出す。


 主の意図を読み取り、さらに裏の意図まで察しようと懸命に考える。


 しかし……答えにはたどり着けない。


 なぜ、そんなことをする必要があるのか?


 その謎がどうしても解けない。だからガンマは恥を忍んで聞いた。


「それは、なぜでしょうか?」


 主はガンマから目を逸らし、空を見上げた。


 主の視線が離れたとき、主の興味が自分からも離れたような気がして、ガンマの瞳が揺れた。


「理由は……聞かないでくれるか」


 主はどこか遠い目をして言った。


 ガンマは目を伏せて唇を噛んだ。


 主が災厄の魔女アウロラと戦ったと聞いたとき、ガンマは思ったのだ。果たして、自分がその場にいたら主の意図を読み取れただろうかと。


 ガンマには自信がなかった。


 その場にいたシャドウガーデンのメンバーは、誰一人として主の意図を読み取れなかった。だが結果として主の選択は最善で、誰も主と同じ領域に立てなかったのだ。しかし、もし仮にガンマがその場にいたとしたら、彼女は主の意図を読み取らなければいけない。


 ガンマはシャドウガーデンの頭脳だ。ガンマはそのためにいるのだ。


 それができなければ、彼女がシャドウガーデンにいる意味はない。


 だというのに。


 また自分はミスを犯した。


「すまない……。誰にも話せないことなんだ」


 ガンマは主の意図も、その気持ちも、何一つ読み取れなかったのだ。


 とんでもない失態。


 何も考えず、ただ言われるがまま動いた方がずっとましだった。


「何も聞きません。ただ、主の望むがままに」


 ガンマは跪き顔を伏せて、目尻から落ちる悔し涙を隠した。

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