第64話 武神祭の常連戦士クイントンによるスパルタ新人教育!
「アナタ素人でしょ。見ればわかるよ」
アンネローゼは僕の方に歩いてきて、手の届く距離で止まった。
気の強そうな瞳は水色で、同色の髪を肩の上で切りそろえている。
「安物の剣に、ひ弱な身体」
アンネローゼは僕の剣と身体を人差し指で軽く叩いた。
「大会は刃を潰した剣だけど、なめてると死ぬよ」
そしてまたキッと僕を睨む。
僕は彼女の瞳を見据えて、少しだけ考えた。ここでとるべき僕のリアクションは……。
「人を見かけで判断するのはやめておけ」
僕はそう言って、アンネローゼから視線を外す。
そう、僕は見た目は弱いけど実は強者の設定なのだ。だからここで弱気な対応は下策。
こいつ弱そうなくせに生意気だ、ぐらいに思われるのがベストだ。
「ちょっと、何よその態度。人がせっかく心配して……」
「オレには必要ない」
一人称も強気なオレを選択する。
「アナタいい加減にッ……」
「おい兄ちゃん、忠告は素直に聞いとくもんだぜ」
突然、僕らの会話に男が割り込んできた。
彼は例えるならガラの悪いプロレスラーみたいな外見だ。しかし腰の大剣は使い込まれ、顔に刻まれた傷痕が歴戦の猛者っぽい雰囲気を出している。
事実、この付近にいる人の中では僕とアンネローゼの次くらいに強そうだ。
「俺はクイントン。武神祭に何度も出場しているが、毎回お前みてぇな弱え奴が場を白けさせるんだよ。頼むから、家でママのおっぱい吸っててくれねぇか?」
クイントンの露骨な嘲りに、周囲からも賛同の声と、下品な笑い声が響く。
だが僕は横目でクイントンの顔を見て、僕は唇の端で笑った。
「少なくとも、お前よりは強いさ」
クイントンの顔が紅潮した。
「ぎゃはは! クイントン、舐められてるぞ!」
「クイントン、雑魚に言われっぱなしでいいのかぁ!?」
周囲のヤジにクイントンは眉をしかめ、僕の胸ぐらを掴み上げた。
「おい、口には気をつけろよ。誰が、俺より強いって?」
僕は答えなかった。
ただ、唇の端で嗤った。
「躾が必要みてぇだ……なッ!!」
声と同時に、クイントンは僕を投げ飛ばした。
僕は人にぶつかり、地面に転がった。
「いいぞ、やっちまえ!!」
「ぎゃはは、手加減してやれよ!!」
僕とクイントンを中心に人の輪ができる。流石は荒くれ者たち、実に慣れた対応である。
「謝るなら今のうちだぜ」
首をコキコキ鳴らしながらクイントンが言う。
「本当に程度が低いな」
僕はやれやれと首を振った。
「ぶっ殺す!」
クイントンが拳を振りかぶり突貫してくる。
その姿はまさにど素人。
正直言ってこの世界、武器無しの戦いがまるで発展していない。というか武器を使った方が人は強いから、よほど余裕があるか逆に切羽詰まった事情がない限り、素手での戦いはあまり発展しないのだ。
素手の人間トーナメントがあったら間違いなく僕が優勝だ。それぐらい自信がある。
この状況でとるべき選択肢が僕の頭の中に幾通りも思い浮かぶ。
右ストレートか左フックでカウンターをとるのがシンプルに強い、ジャブか前蹴りで止めて様子見が安全策、さらに安全策は手を出さずに様子見、他にも膝や肘を合わせるのも強い、タックルからのパウンドでもいい。
もしこれが強敵との本気の戦いだったら、僕はジャブを合わせるだろう。ただし、拳は握らずにパーで、リーチを伸ばし5本の指で眼を狙う。
でも彼相手にそこまでする必要は無いし、そもそも僕は……まだ戦う気がない。
「オラァッ!!」
クイントンの拳が僕の頬にめり込んだ。
そして派手に吹っ飛び、ギャラリーの人壁に当たる。
「まだまだ行くぜぇ!!」
クイントンの拳が僕を襲う。
左、右、左、右、右、右。
僕は一度も手を出さず普通に殴られ続け、ちょうどいいところで崩れ落ちた。
「こいつ、弱えぞ! 弱すぎだ!」
「ぎゃはは、クソ雑魚じゃねえか!」
ギャラリーの嘲笑が心地いい。
「ビビッて手も出せねえのかよ、根性なしが」
クイントンが僕を見下ろし嗤う。
「オレの拳はこんなところで振るほど安くないんでね」
僕はクイントンを見上げて笑った。
「まだ足りねえみてぇだなッ!」
「もう止めなさい!!」
クイントンが振り上げた拳を、アンネローゼの声が止めた。
「やりすぎよ。これ以上は、私が相手になる」
アンネローゼがクイントンを睨み上げた。
「おいおい、姉ちゃんが相手してくれるってよ!!」
「ぎゃはは、俺の相手もしてくれよぉ!!」
周囲のヤジとは裏腹に、クイントンの顔は険しかった。彼はチッと舌打ちして踵を返す。
「なんだよクイントン、しょんべんか?」
「つまんねぇ、もう終わりかよ!」
クイントンが去ると、人の輪も崩れていった。
「ごめんなさい、まさかこんなことになるなんて」
アンネローゼが手を差し出す。
僕はその手を無視して立ち上がった。
「止めようと思えば、いつでも止められたはずだ。違うか?」
僕の問いかけにアンネローゼが怯んだ。
「武神祭で取り返しのつかないことになるぐらいなら、ここで少し痛い目にあった方がアナタのためだと思ったの。でも、これはやりすぎよ。怪我は大丈夫?」
アンネローゼが僕に手を伸ばすが、僕は片手で遮った。
「問題ない」
「ちょっと……え?」
アンネローゼは気づいたようだ。あれだけ殴られたのに、目立ったダメージがないことに。
あるとすれば、口を少し切ったぐらいか。
僕は口の端に滲んだ血を親指で拭って踵を返す。
「血の味は……久しぶりだな……」
アンネローゼに聞こえるぐらいの声で呟く。
「……ッ! 待って! アナタの名前は!?」
アンネローゼの強い視線を背中に感じた。
「……ジミナ」
僕はそのまま人ごみの中に姿を消した。
そしてガッツポーズ。
よっしゃあ!
僕は成し遂げた。
『誰もが侮る雑魚、しかし一部の人間は彼の異常さに感づいた!?』
僕の大好きなパターンだ。
僕から言わせれば大会前に実力を見せつけるなんて三流だ。
全く楽しめない。というか一番面白くない場所で実力をバラしてどうするのだ。
大会前はほとんどの人間から侮られるぐらいでちょうどいい。そして大会が始まってからアイツ強いんじゃね? と思われ出して、一番盛り上がるところでアイツめちゃくちゃ強いじゃん!? となるのが一流だ。
来るべきその瞬間まで観客の認識をコントロールし続けることが、武神祭で僕に課された使命である。
僕はしばらく一人で反省会を開きながら物陰に潜んだ。
そしてアンネローゼたちが立ち去るのを見てから、こっそり列に並び武神祭の登録を済ませたのだった。
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