第66話 かまととぶったボヨヨンとほくろ

「何やってんのよあの女は……」


 アレクシアは自室で舌打ちと共に言葉を吐き出した。


「ローズ様は王都の北に逃亡したようです。おそらくまだ王都は出ていません」


 事務的にそう言うのは、ソファーに腰かけているナツメだった。


 アレクシアは苦々しい顔でナツメを見て、もう一度舌打ちした。


 ローズによる婚約者殺人未遂の詳細が、アレクシアの耳に届いたのは彼女のおかげだ。得体のしれない女だが、その情報網は役に立つ。ディアボロス教団の噂も数多く提供してもらった。


「オリアナ国王はオリアナ国の問題として処理をしたいようです。ミドガル王国へは手出し無用の要請を出しました」


「怪しいわね」


「はい。ミドガル王国の法で裁くこともできますが、両国の関係に影響が出ます。おそらく、介入は控えるでしょう」


「ま、お父様は様子見するでしょうね」


 アレクシアは事なかれ主義の父の顔を思い浮かべて、また舌打ちした。


「ローズ様の婚約者はオリアナ王国の公爵家次男ドエム・ケツハットです。捕まれば厳しい罰が科せられます」


「王族だから死罪はないとしても幽閉か流罪か……。とりあえず、オリアナ王国より先にローズ先輩を確保して話を聞きましょう」


「お待ちください。この件に関してローズ様は私たちに何も話しませんでした。私たちが介入し、両国の問題となることを避けたのだと考えられます」


「だから、何?」


 アレクシアの瞳が、ナツメを見据えた。


「安易な行動は控えるべきかと思われます」


「つまり見捨てろと?」


「そうは言っていません。よく考えて行動すべきかと」


「何それ、私が何も考えていないって意味?」


「そうは言っていません。もう少し時間をかけて考えた方がよろしいかと」


「何それ、つまり私が馬鹿だって言いたいの?」


「そうは言っていません。人それぞれ得意のことと不得意なことがあるかと」


「何それ、言いたいことがあるならはっきり言ってくれない?」


「そんな、恐れ多い……」


 ナツメは肩を抱いて不安そうに瞳を揺らした。


 アレクシアはツカツカと歩き、ナツメの胸ぐらを掴み上げた。開けた胸元で、ボヨヨンと二つの塊が揺れた。


「かまととぶってんじゃねえぞ」


 至近距離でアレクシアが睨みつける。


「ひいッ、こ、殺さないでぇ……!」


 ナツメが逃げ出そうともがくと、胸元が引っ張られボヨヨンと揺れる。アレクシアはそのボヨヨンにほくろがあるのを見つけて無性にイラッとした。


「だからわざとらしいんだよ」


「ふぇぇ……」


「ぶっ殺すぞ」


「はゎゎ……」


 涙目で見上げてくるナツメを、アレクシアは舌打ちして放した。


 ドサッとナツメはソファーに崩れ落ちる。


「ローズ先輩には何か理由があったはずなのよ。私たちを巻き込みたくなかったのもわかっているわ。だからムカつくのよ」


「は、はぁ?」


「止めろと言われたらやりたくなるし、巻き込みたくないと言われたら巻き込まれたくなるのよ」


「えっと……」


 どう反応していいかわからない微妙な顔でナツメはアレクシアを見上げた。


「私たちは仲間よ。胸の内で何考えてんのかは知らないけど、仲間としてやっていくことになった。そうでしょ?」


「は、はい」


「だったら仲間は見捨てない。もちろん、私はあなたのことも見捨てない。いいわね?」


「……はい」


 ナツメは俯いて立ち上がった。


「では、私はローズ様の情報を集めます。婚約者にも黒い噂がありますので、そちらも当たってみます」


「あら、素直ね。私はまず姉様に相談してみるわ」


「では今夜また情報を交換しましょう」


「というか立ち直り早いわねあなた」


「それではまた」


「一応、気を付けてね」


「アレクシア様も」


 ナツメは一礼して立ち去った。


 アレクシアはその背中を見送って、大きなため息を吐いた。


「ま、なんとかするしかないわね……」


 少し乱れた服を整えて、アレクシアも部屋を出た。

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