第67話 常勝金龍の勝利の方程式
週が明けて、武神祭の予選が始まった。
僕はヒョロと一緒に闘技場の観客席で試合を眺める。まだ日は高く、客もまばらだ。まあ、予選はこんなものだ。というかこれでもマシな方だ。
実は昨日、僕は2試合戦っている。闘技場ではなく、その辺の草原で。うん、予選の1回戦と2回戦は王都の外の草原で行われるのだ。観客はいない。対戦相手の質もひどい。僕は2戦とも適当ラリアットで失神させて勝ち抜いた。空しかった。
そして3回戦からようやく闘技場だ。ここまでくると試合の質もギリ許せるレベルにはなっている。客は少ないがいるだけマシだと思おう。武神祭の本番は本戦からなのだ。
「そういえばジャガは?」
僕はなにやらメモを取っているヒョロに聞いた。
「実家で畑耕してるってよ」
「なるほど」
ヒョロは試合を見ながら熱心にメモを取る。彼の首には聖剣のネックレス。僕が聖地で買ったおみやげだ。使ってくれてうれしい気持ちはある。しかしそれ以上に、そのセンスはどうなんだろうと思った。
「何やってんの」
「バトルデータを集めているのさ。素人は勘で賭けに参加するが、俺は違う。データを集計し、統計を取り、確率を基にベットする」
「ふーん」
僕はヒョロのメモを盗み見た。
『たぶん強い』『たぶん弱い』『わかんない』と書かれていた。
「賭けっていうのはさ、トータルで勝つものだ」
ヒョロがメモを取りながら得意げに言う。
「そうなんだ」
「素人は1試合で勝った負けたのギャンブルをする。だが俺は違う。1試合の勝敗には執着しない。試行回数を増やし、確率を収束させ、10試合単位で勝つのさ」
「ほーん」
「なぜなら俺は、トータルで勝つ男だから……」
「すごいね」
僕は欠伸した。
「その話、興味深いな」
その時、僕の背後から一人の青年が現れた。
「興味深い話とかありました?」
「あったとも」
僕の問いに、金髪キラキラの華やかイケメンがニッコリ答えた。
「あ、あなたは……!」
「知っているのヒョロ?」
「不敗神話のゴルドー・キンメッキさんですか!?」
ヒョロのキラキラとした眼差しに、ゴルドーさんは髪をかき上げて答えた。
「その二つ名は恥ずかしいな。常勝金龍ゴルドー・キンメッキと呼んでくれないか?」
「は、はい! 常勝金龍ゴルドーさん!」
僕は不敗神話の方が好きかな。
「君はバトルデータを集計しているのかい?」
「はい!」
「見込み、あり。オレもバトルデータの集計は欠かさないんだ」
「そ、そうなんですか!?」
「ああ。常に勝つために……ね」
「かっけー! お話聞かせてもらってもいいですか?」
「やれやれ、少しだけだぞ」
かなり長くなりそうな気がした。
僕の出番もそろそろ近づいてきたしちょうどいい時間だ。
「うんこ行ってくる」
「さっさと行ってこい」
僕はトイレで変装して選手控室へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ヒョロは常勝金龍ゴルドー・キンメッキの常勝理論を熱心に聞いていた。
「例えば、だ。次の試合を例にあげよう」
「はい!」
闘技場ではちょうど次に戦う選手が呼ばれていた。
「3回戦第12試合! ゴンザレス対ジミナ・セーネン!」
2人の魔剣士が向かい合う。
「オレの理論では大体の実力は戦う前に分かる。まずはゴンザレス。フィジカルの強さは彼のマッスルバランスを見れば解析できる。眼光と不遜な表情から歴戦の猛者だとオーラが伝えてくる。ざっと見て、彼のバトルパワーは1364だな」
「バ、バトルパワー!? なんですかそれ!」
「集計したバトルデータを解析し戦闘力を数値化したものだ。バトルパワー1364は悪くない数字さ」
「すげー!」
「対するジミナ・セーネンは……ふむ」
常勝金龍ゴルドー・キンメッキは鋭い眼光でジミナを睨み、黙り込んだ。
「ど、どうしたんですか?」
「いや……あまりにも。しかし……これは……」
「ゴ、ゴルドー先生?」
「ああ、すまない。オレとしたことが」
「まさか、あのジミナはそれほどの……!?」
「ああ、あの男……ジミナ・セーネンは……凄まじい雑魚だ!」
常勝金龍ゴルドー・キンメッキはブフッと吹き出すように笑った。
「え……? 雑魚?」
「そうさ! どうやって3回戦まで勝ち残れたかわからない! 奇跡でも起きたのかな?」
「た、確かに弱そうですが……」
「弱そうな顔、弱そうな身体、そして弱そうなオーラ! ジミナのバトルパワーは33だ! ハハッ魔剣士としては最低ラインだね」
「では、ゴンザレスの勝ちですか?」
「ああ、瞬殺だろうね。この試合に見るべきところはないよ」
そして試合が始まった。
最初に動いたのはゴンザレスだ。
筋肉質な巨体に似合わない俊敏さで間合いを詰め、ジミナに斬りかかる。
その動きは3回戦では群を抜いていた。ゴルドーが歴戦の猛者だと評したのも、間違いではなさそうだ。
ゴンザレスの斬撃に、ジミナは反応すらできない。
誰もがジミナの敗北を確信した。
しかし、次の瞬間。
ゴンザレスがコケた。
ジミナの直前で躓いて転んだのだ。
そしてそのまま地面で頭を打ち失神した。
会場が静まり返った。いや、さすがに立ち上がるでしょ、と誰もが思った。
だがゴンザレスはピクリとも動かなかった。
ジミナが剣を納め踵を返し、ようやく審判が反応する。
「しょ、勝者ジミナ・セーネン!」
「ふ……ふざけんなー!!」
「金返せバカヤロー!!」
失神したゴンザレスにブーイングが降り注ぐ。
ヒョロは反応に困って常勝金龍ゴルドー・キンメッキの顔を見た。
「ま、まあこういうこともある」
少し頬を引きつらせて常勝金龍ゴルドー・キンメッキは言った。
「バトルデータで勝敗は予想できる。しかし勝負に絶対はない。勉強になったかい?」
「ま、まさか先生はこの結果も予測して……?」
「フッ……」
常勝金龍ゴルドー・キンメッキは微笑み多くを語らない。
「いいことを教えてあげよう」
「え……?」
「賭けに勝つ方法は2つある。一つは強者を探し、強者に賭けること。もう一つは弱者を探し、その対戦相手に賭けること」
常勝金龍ゴルドー・キンメッキは立ち上がり背を向ける。
「明日の4回戦、第6試合は常勝金龍ゴルドー・キンメッキ対ジミナ・セーネンだ」
「なッ……つまり!」
常勝金龍ゴルドー・キンメッキは振り返ってヒョロを指差す。
「キミにも……勝利の方程式が解けたかな?」
そして、キラキラの金髪をかき上げて立ち去った。
「か、かっけー……」
ヒョロ呆然と常勝金龍ゴルドー・キンメッキを見送った。
「うんこしてきた」
黒髪の少年が席に戻った。
「おいシド! 明日絶対に勝てる試合があるからよ、全力で賭けようぜ!」
「え、やだよ」
「いいから、騙されたと思って!」
「やだ」
「チッ、いいよ。後で後悔しても知らねーからな!」
そして2人はしばらく観戦して寮に戻った。
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