第55話 見たいものを見ればいい
アレクシアは気が付くと白い廊下に立っていた。廊下はどこまでも続き、先が見えない。左右には鉄格子の入った牢のような部屋が並んでいる。
光源がないのに明るい。現実のようで、どこか夢の中のような、ふわふわとした空間だった。
先頭をオリヴィエが歩き出した。アルファがその後を追い、遅れないようにアレクシア達も続く。
大人の美しいエルフだったオリヴィエの姿は、一歩歩くごとに幼くなっていき、いつの間にか小さな女の子の姿になっていた。
小さなオリヴィエはそのまま鉄格子をすり抜けて、牢の中でうずくまった。
「かつて、身寄りのない幼い子供たちが集められた」
アルファの声がどこまでも続く白い廊下に反響した。
そしてアルファは歩き出す。
左右の牢にはいつの間にか小さな子供たちが入っていた。男の子、女の子、人間、エルフ、獣人、幼いという以外に共通点はなかった。
「子供たちはここで、ある実験の被験者となった」
アルファの足が一つの牢で止まった。
牢の中に女の子がいた。女の子は正気を失くした様子で、牢の中で暴れていた。それは苦痛から逃れているように見えた。頭を打ち付け、壁をひっかき、床を転がる。
アルファが歩き出す。
次の牢には血濡れの女の子がいた。しかしその血は自傷によるものだけでなかった。肉体の異様な変異によって裂けた肌から血が滴り落ちていた。
その黒く腐り落ちるような様に、アレクシアは見覚えがあった。
「悪魔憑き……」
誰かが呟いた。
「ほとんどの子供は『それ』に適応できずに死んだ」
アルファが歩き出す。
次の牢には誰もいなかった。ただ、血に濡れた壁と床、そして助けを求めるような手形が残っていた。
アルファは足を止めず、そのまま歩く。
牢の中では似たような光景が繰り広げられた。子供たちが苦しみ、そして死んでいった。
「ひどい……」
ローズは口元を押さえて嘆く。アレクシアも心の中で同意した。
子供たちの死に方に一つ共通点があった。女の子は悪魔憑きのような姿で死に、男の子は悪魔憑きにはならなかった。
「適応できたのは、ほんの僅かな女の子だけだった」
そして、アルファは足を止めた。
牢の中には少し成長したオリヴィエがいた。彼女には怪我もなく、苦しんだ様子も見えない。ただじっと膝を抱え、向かいの牢を見ていた。
向かいの牢は血濡れだった。次の瞬間、そこは場面が切り替わるかのように掃除され、中には女の子が現れた。そして、苦しみ、死んでいく。すぐにまた別の子が入る。
小さなオリヴィエはずっとその様子を眺めていた。
「どうして、こんなひどいことを……」
震える声でローズが言った。
「どうしてですか、ネルソン大司教代理?」
アルファがネルソンに振った。
ネルソンは顔を背けしばらく口ごもり、呟くように言った。
「魔人ディアボロスに対抗する力が必要だったのだ……」
「それが教団の言い分。真偽がどうであれ、実際にオリヴィエは魔人ディアボロスの左腕を落としている。オリヴィエは『それ』に適応した僅かな子供の一人だった」
アルファはそう言って歩き出す。
「さっきから話に出てくる『それ』とは何なの?」
アレクシアの問いかけに、アルファは一瞬足を止めて答えた。
「ディアボロス細胞。我々はそう呼んでいる。魔人ディアボロスに対抗するため、彼らはディアボロスの力を取り入れることを選択したのよ」
「魔人ディアボロスの力を……? お伽話ではなかったの」
「我々は実際に見てきたわけじゃない。歴史にそう書かれていることを知っただけ。お伽話と思うならそれはあなたの自由よ」
アルファはそう言って歩いていく。
「今さら大昔の真偽を討論するつもりはない。この記憶も、結局どこまでが真実かはわからない。記憶は時間とともに色褪せる。本人の望んだ形に作り替えられる」
次々と牢を通り過ぎていく。
牢の中は次第に空きが多くなっていった。オリヴィエは成長し、美しい少女となった。その顔はやはりアルファと酷似している。
「成長し、ディアボロスの力を得たオリヴィエに一つの任務が与えられた」
「ディアボロスの討伐ですか……?」
ローズの問いにアルファは首を振った。
「歴史ではそうなっているが、我々はそれは偽りであると判断した。おそらく、オリヴィエに与えられた任務は新たなディアボロス細胞の採取だった」
「でたらめを言うな!」
ネルソンが吠えた。紅潮した顔で、彼はアルファを睨みつける。黒ずくめの女がネルソンの首根っこを掴み、彼は「グエッ」っとカエルのように呻いた。
「オリヴィエは力を得た後も教団に従順だった。理由ははっきりとしないが、我々はオリヴィエがディアボロスを倒し平和が訪れることを心から望んでいたからだと考えている。だから彼女は教団に協力した」
オリヴィエが牢から出た。
彼女は鎧に身を包み、剣を腰に下げて旅立つ。その顔を見てアレクシアはアルファの考察に同意した。
オリヴィエはきっと、心から世界の平和を望んだのだ。彼女の表情にあったのは、覚悟と希望だった。
どこまでも続く白い廊下を歩き、彼女の道先が眩い光に染まっていく。
「しかし教団の目的は違った」
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