第49話 理解できないものはつまらない

 その感覚を味わうのはずいぶんと久しぶりだった。


 僕はヴァイオレットの瞳をした女性と相対し、仮面の奥で笑った。


 彼女も微笑んでいた。おそらく、僕らは今同じ感覚を共有しているのだ。


 闘いとは、対話であると僕は思っている。


 剣先の揺れ、視線の向き、足の位置、些細なことすべてに意味があり、その意味を読み取り適切な対処をすることが闘いなのだ。


 些細なアクションから意味を読み取る力、そしてそれに対してよりよい回答を用意する力こそが、闘いにおける強さであるといっても過言ではない。


 だから、闘いとは対話なのだ。


 互いの対話能力が高ければ高いほど、先を察し、それに対処し、さらにそれを察し、さらにそれに対処する、そうやって終わりなき対話が繰り返される。


 しかし対話能力が低かったり、対話能力に差がありすぎると、そもそも対話が発生しない。


 どちらか、もしくは両方が、ただやりたいことをやって終わる。


 そこには対話はなく、過程もなく、ただ結果のみがある。最初から対話する気がないのならジャンケンで勝敗を決めた方がいいんじゃないかって僕は思う。デルタ、君のことだ。


 一生グーを出してチョキもパーもぶっ飛ばす、理不尽ジャンケンだ。


 そういう僕も他人の事を言えない。もうずいぶんと対話らしい対話をしてこなかったから。


 ただデルタと違うのは、最初は対話しようとしているのだ。でも結局グーでぶっ飛ばす。


 だから僕は、彼女と出会って久しぶりに嬉しかった。彼女は僕を見てくれた。剣先を、視線を、足の動きを、何気なく微笑んでいるふりをして意味のある動作全てを見ていた。


 彼女のことはヴァイオレットさんと呼ぼう。親愛なるヴァイオレットさんだ。


 僕らはしばらくの間、ただ見つめ合って対話した。そうやって少しずつお互いのことが分かってくる。彼女は距離を離して戦うタイプで、僕は本来は相手に合わせて戦うタイプだ。断じてグーでぶっ飛ばすタイプじゃない。


 だから。


 そちらからどうぞ、って。


 僕は先手を譲ったのだ。 


 次の瞬間、僕は前足を引いた。


 直後、その足跡から赤い槍のようなものが突き出た。


 足を狙うとは、合理的だ。


 僕はそのまま半歩下がる。まさか初手が地中からの攻撃とは思わなかった。 


 赤い槍は二股に分かれ、左右から挟み込むように僕を追う。


 僕の初手は、様子見。


 赤い槍の速さと、威力と、機動力を観察する。


 だから左からの槍は避け、右からの槍を刀で弾いた。手ごたえは重い。死ぬには十分だ。


 避けた槍がさらに分裂した。針金が鋭く尖ったような赤い線が千はあるだろうか。


 僕の周囲から一斉に、それが迫る。


 僕は刀に魔力を込め薙ぎ払い、赤い槍を一掃した。


「蚊が群れても、獅子は殺せぬ」


 ヴァイオレットさんは優雅に微笑んだ。僕らはまた少し見つめ合った。


 対話能力が高いほど、少しの対話で互いの力を察する。そして相手の事情もなんとなく分かってしまう。


 僕も、そしておそらくヴァイオレットさんも。この戦いの結末が分かってしまった。


 そして。


 丸太のように太い槍が地中から一斉に突き出して、この沈黙を破った。


 その数、9本。


 僕は太い槍を避けるが、槍は触手のように自由に形を変え追ってくる。


 槍のように刺し、糸のように囲い、顎のように喰らいついてくる。


 これが彼女の戦い方なのだ。自由自在に動くこの触手で、一方的に嬲り殺す。


 僕はただ観察した。触手の動きを見て、動作を最適化していく。


 回避に必要な動作を減らしていく。一歩から半歩へ。二手から一手へ。


 避けているだけでは勝てない。回避とは、反撃への予備動作なのだ。


 そして回避の動きが小さければ小さいほど次の反撃が、速い。


 回避と、反撃を同時に。


 その一歩で、僕は彼女の目前に立った。


 いつの間にか彼女の手には大鎌が握られていた。薙ぎ払われる。


 その一撃を、僕は刀で弾く。同時に、彼女の足を蹴った。


 僕の爪先から伸びたスライムソードが彼女の足を貫く。最近では演出用の小道具に成り下がっていたこの爪先ソードだが、本来は強敵との闘いで均衡を崩す心強い武器なのだ。


 彼女の動きが一瞬止まり、僕にはその一瞬で十分だった。


 ヴァイオレットさんは微笑んで結果を受け入れた。


「全力の君と戦いたかった」


 鮮血が舞い散る中、僕はヴァイオレットさんにだけ聞こえる声でそう言った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「私の言った通り、シャドウでは手も足も出ないようですね」


 ネルソンが得意げに言うのを、アレクシアは聞き流した。


 シャドウとアウロラの戦闘は、初手から一方的にアウロラが攻め立てていた。凄まじい速度で赤い線が舞うのを、アレクシアは驚愕と共に見つめていた。


 あれはどう見ても既存の武器ではない。自由に形が変化するそれを、アウロラは肉体の一部のように操っていた。おそらく、もっと広範囲に槍を広げ、集団を貫くことも可能だろう。


 剣での戦いに囚われていては勝負にならない。


 これが古代の戦闘技能。自分では到底太刀打ちできないことをアレクシアは認めた。


「思ったより粘るではないか。だが実力の差は歴然です」


 違う。


 ネルソンの言葉をアレクシアは心の中で否定した。


 アウロラの猛攻にシャドウは押されているように見えるが、彼はまだ一度も仕掛けていない。ただ初見の攻撃を観察しているのだ。


 アウロラは確かに強い。シャドウと戦えているのだから。


 しかし、赤い槍はまだ一度もシャドウに触れていないのだ。


「蚊が群れても、獅子は殺せぬ」


 千を超える細い槍を、たった一撃で吹き飛ばしたシャドウが言う。 


 赤い槍が丸太のような太さになって、シャドウを全方位から襲う。


 それは獅子を殺す威力を秘めて唸りを上げ、ときに分裂し、ときに顎のように喰らいつき、シャドウを攻め立てる。


 しかし、当たらない。


 それどころか、一つの攻防が終わる毎に、シャドウの回避が小さくなってゆく。


 最小の動きと思えたそれが、次には更に僅かな動きになる。


 アレクシアにとって最高に思えた攻防が、次の瞬間さらなる高みへ上書きされる。


「凄い……」


「さすが……」


 アレクシアの呟きと、ナツメの呟きが重なった。


 真の強者は、守りで相手を手詰まりにさせる。かつて剣の師が言った言葉だ。


 その見本がここにあった。


「何をやっている魔女め、さっさと仕留めるんだ!」


 ネルソンの声にいら立ちが混じる。


 しかし、もう。


 アウロラでは、シャドウを止められない。


 その決着はたった一瞬だった。


 アレクシアに見えたのは攻防のごく一部。


 シャドウが踏み込んで、アウロラの大鎌が薙ぎ払われ、気づけば血飛沫が舞っていた。


 倒れていたのは……アウロラだった。


 あっさりと、あっけない決着で、それはまるで獅子が子羊の首を捻るかのようだった。


 シャドウが何をしたのか、そこでどんな攻防があったのか、誰も理解できない。


 だから、あっけない。


 激闘が嘘だったかのように会場は静まり返っていた。


「負けた……のか? バカな、攻めていたのはアウロラだったはずだ!」


 ネルソンが叫んだ。


 彼には最後の瞬間までアウロラが勝勢に見えていたのだろう。


 ほんの一瞬で勝敗が逆転し、理解が追い付けないのだ。それはネルソンだけではない。会場のほとんどが、勝者と敗者をを見間違えているのではないかと疑っていた。


「いったい何があった……アウロラが負けるはずがない! あの女は……!」


 シャドウが漆黒のコートを翻し夜空に飛び上がる。


「ま、待て! 追え、逃がすんじゃない!」


 ネルソンは正気に戻り叫んだ。


 聖騎士たちが動き、慌ただしくシャドウを追いかける。


 アレクシアはいつの間にか止めていた息を吐き、シャドウの剣を忘れないよう頭の中で反芻する。


「相変わらず凄まじい剣ですね……」


 ローズがため息のような声を漏らす。


 アレクシアが同意しようとしたその瞬間、眩い光が会場を包んだ。

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