第50話 自演のヒロイン

 ローズは目を細めて光が収まるのを待った。


 そして光の収まったそこに、白い大きな扉が現れた。


「これは……?」


 ローズが呟く。


「開いていく……?」


 白い扉は淡く輝きながら、少しずつその扉を開けていく。


 不思議な光景だった。


「まさか……聖域が応えたというのか……?」


 ネルソンが呆然と呟いた。


「聖域が応えたとは……?」


「ご存知の通り今日は一年に一度、聖域の扉が開かれる日です」


「聖域の扉は聖教会にあると聞きました」


「ええ。聖教会にあります。しかし扉は一つだけではないのです。聖域はその扉を叩いた者によって迎える扉を変えるのです。招かざる扉、招集の扉、そして歓迎の扉……。あの扉が何なのかは入ってみるまで分かりません」


 ネルソンは白き扉を見たままローズの問いに答えた。


「こうなっては女神の試練を続けることはできません。観客を外へ出しなさい」


 ネルソンの指示を受け係の者が観客を外へ誘導していく。来賓客も順に席を立つ。


 その間も少しずつ扉は開かれていく。


「誰も扉に近づけさせないように!」


 ネルソンが指示を飛ばす。


 そして扉が一人分ほど開いたところで、ローズたちにも声がかかった。


「皆様にも退出お願いします」


 ネルソンがそう言った。


 その瞬間、ローズは剣を抜いた。それと同時にアレクシアも剣を抜き、二人は背中合わせに構えた。


「なにがっ……!?」


 ネルソンが狼狽える。そして辺りを見回すと、いつの間にか周囲は黒ずくめの集団に囲まれていた。ローズとアレクシアでさえ直前まで気配すら察知できなかったのだ。


「悪いけれど扉が閉まるまでの間、大人しくしていて頂戴」


 鈴が鳴ったかのような美しい声が聞こえた。


 そこに一人だけ、衣装の違う女性が現れた。


「貴様ら……まさかシャドウガーデンかッ!?」


 黒いボディースーツの集団の中で、彼女だけがドレスのようなローブを纏い、優雅に扉へと歩いていく。


 その視線が一瞬、ローズとアレクシアを見た。


 二人の肩が震えた。二人は互いの背をぴったり合わせて硬直する。


 強い……!


 その視線に凄まじい圧を感じた。彼女はまるでこの夜に君臨しているような、圧倒的な存在感をもっていた。


 二人にとって最強はシャドウだった。しかしこの女は少なくともシャドウの足元に届いている。そう感じさせた。


「イプシロン、後は任せたわ。お嬢様方、いい子にしていてね」


「了解いたしました、アルファ様」


「待て、聖域に入るんじゃない!!」


 ネルソンの絶叫を無視して、アルファと呼ばれた女は光の扉の奥に姿を消した。


「あれがアルファ……」


 アレクシアの呟きが聞こえた。


 知っているの!? と聞きたくなるのをローズはこらえた。


「それで、こんなことをしてどういうつもりかしら」


 アレクシアが聞いた。


「あなた方には扉が消えるまでの間、大人しくしていてほしいだけだ。ただ、ネルソン大司教代理には一緒に来てもらうがな」


 イプシロンと呼ばれた豊満な身体の女性が言った。名指しされたネルソンはあたふたと狼狽える。


「聖域でいったい何をするつもり?」


「何をするかではなく、そこに何があるかだ。大人しくしていれば危害は加えない」


 そしてローズたちを視線だけで牽制する。透き通った湖のように美しい瞳が、油断なく二人を見据える。


 この女も強い。アルファほどではないが、強者特有の圧があった。


 しかし、いざとなったら……。


「動くとこの女がどうなっても知らないぞ」


 ローズと、そしてアレクシアの敵意を読み取ったかのようにイプシロンが言った。


 彼女の視線の先には、黒ずくめの女に捕らわれたナツメ先生の姿があった。


「ご、ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに目を伏せるナツメ先生。


「ナツメ先生ッ……!!」


 涙をこらえるナツメ先生の姿に、ローズは胸が締め付けられるような思いだった。


 反撃の芽は断たれた……かに思えたが。


「見捨てるのもアリね」


 アレクシアがローズにだけ聞こえる声で言った。


「ダメよッ」


 ローズは断固拒否した。


「見捨てた方がいいわ、うさんくさいもの」


「ダメったらダメ」


 二人がそんなやり取りをしている間に聖域の扉は開き切り、今度は逆に閉じていく。


 ゆっくりと、ゆっくりと。


 黒ずくめの集団は続々と扉の中へと入ってゆき、捕らえられたナツメ先生とそしてネルソン大司教代理も扉の方へ歩かされる。


 ローズとアレクシアはそれをただ見ているだけしかできなかった。


 隙がない。


 黒ずくめの集団は一人一人が強く、そして統率が取れていた。彼女たちは三人一組のチームで互いをフォローしていた。 ほんの僅かな隙を突いても、即座にカバーされることが容易に予想できる。極めて洗練された集団行動だった。


 扉が閉まっていく。


「やめて、乱暴しないで!」


 強引に扉へと押し込まれるナツメ先生が悲痛な声で抵抗する。


「ナツメ先生ッ!!」


「わ、私は大丈夫です、だから心配しないでください!」


 ナツメ先生は震える声で健気に叫び、扉の中へ連れ去られた。


 ローズは泣きそうな顔でそれを見送った。


「うさんくさ」

 

 と誰かの呟きが聞こえたが無視した。


 最後に残ったのはイプシロンと拘束されたネルソンだった。


 イプシロンは万事異常がないことを確認し、ネルソンを連れて扉に入ろうとした。


 ネルソンが抵抗し、イプシロンの気が逸れた。


 その瞬間。


 突如舞い降りた黒い影が、イプシロンを斬り裂いた。


「よくやった『処刑人』ヴェノムよ!!」


 ネルソンの哄笑が響き渡った。

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