第80話 お前はいったい何者だ?

「強い……」


 アイリスの口からその呟きが零れるのを、ドエムは隣の席で聞いていた。


 試合場ではジミナがアンネローゼを下し立ち去るところだった。


「絶対の自信……アイリス様の勘が当たりましたね」


 ドエムは内心の動揺を隠して言った。


「いえ、私もまさかこれほどとは……。彼ほどの魔剣士が今まで無名でいたなど、とても信じられません」


「私もです。ジミナ・セーネン……聞いたことがない」


「剣筋も見たことがありません。鋭く、そして何より美しかった」


「既存の流派ではありませんね」


 ドエムは未だかつてあれほど美しい剣の流れを見たことがなかった。おそらくアイリスもそうだろう。まだ知られていない流派の使い手が、初めて表舞台に姿を現したということか。


「そうでしょう。彼の話を聞いてみないことには分かりませんが。本当に驚きました」


 アイリスは座席の背もたれにもたれた。そして緊張を解すように息を吐く。


 特別席の観衆はみな予想外の結果に騒いでいる。彼らの興味はアンネローゼからジミナに移っており、そして彼の次の対戦相手の話題になる。


「2回戦はアイリス様とジミナですね」


「ええ」


 アイリスは微笑んでいた。


「自信がおありのようですね」


「勝つつもりです」


「ほう……」


「彼の剣は速く、鋭く、何より美しい。私は剣の美しさでは到底彼に及ばないでしょう。しかし美しさで勝負が決まるわけではありません。あれが彼の全力だとしたら、まだ私には届かない」


「同感です」


 ドエムは頷き、そして心の中で付け加えた。あれがジミナの全力なら、まだアイリスに分があるだろう。アイリスの魔力は多少の技では受け止めきれない。


 だが、全力でなかったとしたら?


「おそらく、彼は何かを隠しています。姿勢も、構えも、剣筋も偽り、ここまで勝ち進んできたのです」


「そこまで分かっていて、勝つと?」


「何を隠しているかは知りませんが、それを含めて断ち切ります。私、負けず嫌いなんですよ」


 アイリスは美しく笑って立ち上がる。それは、とても好戦的な笑みだった。


「なるほど」


「では、試合があるので失礼します」


 立ち去るアイリスを見送って、ドエムは息を吐いた。


 ドエムは事前に計画の障害になりそうな人物を調べていたが、そこには当然ジミナの名前は入っていない。


 彼が計画の妨げになるのであれば、早いうちに始末すべきだが……焦る必要はない。判断するのはアイリス戦の後でいいだろう。


 ジミナ・セーネン。美しく完成された剣の使い手。


 あれ程の使い手が無名でいたことがどうにも腑に落ちない。


 何か理由があるのだろうか。


 実力を隠さなければならない理由が。


 表舞台に立てなかった理由が。


 歴史に葬られた一子相伝の流派か、いや身分証を偽造した無法都市の出かもしれない。


 どこの国にも属さない無法都市――欲望と悪の巣窟。無法都市で抗争を繰り広げる3人の支配者とその側近には、まだ教団も入りこめていない。


 無法都市から出る可能性があるのは『血の女王』のファミリーだろう。ジミナの強さから考えれば最低でも幹部クラス。背後関係を洗う必要があるか……。


 あとはシャドウガーデンの可能性もある。だがジミナは男だ。それに奴らが武神祭で目立つ必要があるとは思えない。可能性は低いだろう。


 いずれにせよ、ジミナには底知れない何かを感じる。


 おそらく自分と同じ『裏の世界』の住人……。


「奴は、何者だ……?」


 ドエムの呟きは会場の騒めきにかき消された。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「待って、ジミナッ!!」


 目を覚ましたアンネローゼは、廊下に駆け出してジミナを呼び止めた。


 振り返るジミナの前で、アンネローゼは足を止める。


「完敗だったわ。本当に、何もできなかった」


 アンネローゼはジミナを見上げて微笑んだ。


「強くなるために国を出て、あの頃より強くなったつもりでいた。でも知らないうちに慢心していたのね」


 そして手を差し出す。


 ジミナはアンネローゼの手を見下ろして、ゆっくりと自分の手を差し出す。


「いい勉強になったわ。ありがとう」


「枷を外したのは初めてだ。恥じることはない」


「……嬉しい言葉ね」


 アンネローゼは微笑み、そして二人は握手した。


「ジミナ、アナタはいったい何者なの? どうやってそれほど強くなったの?」


 ジミナは寂しそうに微笑んで顔を背けた。その瞳はどこか遠くを見ているようだった。


「すべてを捨て……ただ強さを追い求めた愚か者だ……」


「ジミナ……」


 アンネローゼは彼の孤独な横顔に胸が締め付けられた。きっと、彼にはそうしなければならなかった哀しい過去があるのだ。


「もし……アナタが望むなら、ベガルタ帝国へ士官しない? アナタに相応しい席を用意するわ」


 しかしジミナは首を横に振った。


「……オレには少し、眩しすぎる」


 そして背を向け歩き出す。


「待ってッ! 私は明日旅立つわ! それまでに気が変わったら、私を訪ねて!」


 ジミナはもう立ち止まらなかった。


 アンネローゼはジミナの背中を見送り踵を返す。


 この世界には上には上がいる。ジミナと戦えたこと、そしてジミナの剣を見れたことは、彼女にとってかけがえのない経験になった。


 あれはまるで極限まで研ぎ澄まされた剣の芸術だ。アンネローゼには、そこにすべてが詰め込まれているように見えた。


 彼はきっと優勝するだろう。そしていずれは世界に名を轟かすだろう。


 遥か高みへと昇るのだろう。


 今の自分はそれを見上げることしかできない。だが、まだ強くなれる。進むべき道はジミナが剣で示してくれた。


 そしていつかきっと、強くなってジミナと再会するのだ。


 その日まで、彼女は戦い続けることを誓った。

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