第129話 さようならジョン・スミス

 大商会連合は多くの人員を動員し躍起になって偽札の出所を探った。


 しかし市場に出回り切った偽札の出所を探るのは時間がかかった。逆に多くの人員を動かしたせいで注目を集めることになった。


 まだ偽札が出回っていることは公にはなっていないが、勘のいい人は薄々気づいていた。


 紙幣に疑問を抱く人も現れ始めている。


 残された時間は少ない。


 崩壊はもう、すぐそこに迫っているのだ。


「止まれ! この馬車を調べる」


 深夜、王都から出た馬車を呼び止める複数の男がいた。


 彼らはガーター商会の私兵、怪しい馬車に手当たり次第声をかけているのだ。


 もちろん許可も取っていないし、法的な拘束力もない。しかし、商いをする者にとって大商会連合の力は無視できないもので、従わざるをえない状況だった。


 その馬車も、私兵の指示に従い停車する。


 ガーター商会の私兵が乱暴な手つきで馬車の幌に手をかけた。


「止めておけ……」


「何?」


 どこからか聞こえる低い声に、その私兵は手を止めて辺りを見回す。


「必ず後悔することになる……」


「ハッ」


 私兵はその忠告を鼻で笑って、馬車の幌を開けた。


 そして、そこにあった大量の金貨に目を見開いた瞬間、その首を切り飛ばされた。


「なッ!?」


「後悔すると、言っただろう」


 首を飛ばされた私兵が血飛沫を上げて崩れ落ちる。その背後に、黒いスーツを着て仮面で顔を隠した男が立っていた。


「き、貴様! 何者だ!」


 周囲を囲む私兵が剣を抜く。


「俺はジョン・スミス。後悔は、あの世でするがいい」


「何をッ――!?」


 月明かりに、幾筋もの細い糸が煌めいた。


 しかし、その煌めきに気づけた者は誰もいない。


 何も知らず、何も気づかず、彼らは一斉に首を飛ばされた。


 同時に舞い散る血の雨が辺りに降り注ぎ、金貨を積んだ馬車が動きだす。


 馬車はゆっくりとスピードを上げて遠ざかり、後には首を飛ばされた無数の死体とジョン・スミスだけが残った。


 彼はピアノを弾くかのように両手の指を動かして、そこから伸びる無数の糸を操る。


 そして、誰もいない空間に声をかけた。


「そこにいるのは分かっている……」


 同時に、彼の操る鋼糸が闇を切り裂いた。


 何かが、闇の中で動いた。


 次の瞬間、誰もいないはずのそこから、黒いボディスーツに身を包んだ女性が姿を現した。彼女の黒いボディスーツはるでドレスのように美しく、顔は仮面で隠していたがその隙間から青い瞳が覗いている。


「はじめまして、ジョン・スミス」


 鈴の鳴るような美しい声で、彼女は一礼した。白金の髪が月明かりで輝いた。


「そして、さようなら」


 その一瞬で、漆黒の刀がジョン・スミスを薙ぎ払った。

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