第71話 ベータのお仕事

 夏の朝は清々しい。


 僕は窓の外に広がる青い空を眺めながら大きく伸びをした。


 ベッドに寝ころびながら、何をするでもなくぼんやり過ごす。


 夏休みは残り少ない。


 来週からは武神祭の本戦も始まるしイメトレしなきゃ。


 しかし、こうやってなにをするでもなくぼんやりと過ごす時間は人間に必要なのだ。


 ごめん嘘かも。


 少なくとも僕には必要なのだ。


「おいシド! いい話があるから開けろ!」


 いきなりガンガンと扉を殴りながらヒョロが叫んだ。


 人と人が付き合う限り、煩わしさが生まれる。人はなぜ煩わしいと感じながら人を求めるのだろう。残り少ない夏休みの朝が、僕にそんなことを考えさせるのだ。


 いいねこの感じ。人と一定の距離を置いたやれやれ系実力者っぽい。


「はいはい、開けるよ」


 僕は鍵を開けてヒョロを迎え入れた。


「ローズ生徒会長の手配書だ。生きて捕まえれば1000万ゼニー。有力な情報は50万ゼニーから」


「ふーん」


 僕はヒョロから手配書を受け取って見た。


「俺たちで捕まえようぜ」


「いやいや、何で」


「金がない」


 ヒョロは必死の形相で言った。


「絶対に勝てる試合があるとか言ってたじゃん」


「その話は止めろ」


「賭けて稼いだんじゃないの?」


「うるさい黙れ。いいか、理由はわざわざ言わないが、俺は金がない。よって金が必要だ」


「そうなんだ」


「だから協力しろ」


「やだ。一人でやりなよ」


「まて、よーく考えろ。一人で探すより二人で探す方がいい。なぜなら見つける確率が二倍になるからだ」


「へー」


 僕はヒョロに肩を掴まれながら、めんどくさ、と思った。


 そもそも僕は婚約者を刺したローズの反骨精神を評価している。元気があって大変よろしいじゃないか。


 つまりどちらかといえばローズ逃亡を応援する側なのだ。


「頼む、このとおり!」


 珍しく頭を下げるヒョロ。


「うーん」


 と、その時。


「シド君、お姉さんが来てるよ」


 寮の管理人さんが扉から顔をのぞかせて言った。


「お姉さん?」


「シド君のお姉さんだよ。寮の前で待っているから、早めに行ってあげてね」


 管理人さんはそれだけ言って退出した。


「クレア姉さんか……帰ってきたんだ」 


 嫌な予感がする。


 僕は瞬時にどちらがめんどくさいか考えた。 


「よし、ローズ捕獲作戦開始だ」


「シド、信じてた! それでこそ親友だ!」


 僕はヒョロの首根っこ掴んで窓を開ける。


「おいシド、何をするつもりだ?」


「時間がない、窓から行く」


「は? 何言ってんだ!? え、ちょ、まッ!?」


「とう!」


 そしてそのまま飛び下りた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「情報の提供を感謝するってアイリス姉様が言っていたわ。これからも協力してほしいそうよ」


「光栄です」


 ベータは前を歩くアレクシアの背中を見ながらそう言った。


 アレクシアは魔法のランプを持って螺旋状の暗い階段を下りていく。


 もうずいぶんと下りている。冷たい湿った空気が、ここが地下だと知らせる。


「やはりドエム・ケツハットは教団と繋がっていると見た方がいいわね」


「はい」


「問題は証拠がないこと」


「そうですね。これは国と宗教が絡む問題ですので、普通の証拠では足りません」


「分かっているわ。お父様にきつく言われたもの。ディアボロス教団と聖教を結びつけたいなら、国民と周辺国家が納得する理由が必要だって」


「異端認定されると、終わりですからね」


「聖教の全ての門徒がディアボロス教団と関わっているわけではないわ。上層部のほんの一部が繋がっているだけでしょう」


「だから厄介なのです」


「そうね」


 コツ、コツ、と二人の足音が階段に響いていく。


「お父様は聖教とはもめるなの一点張りだし。だったらディアボロス教団はどうするのよ」


「今まで通り放置するつもりかと」


「今まで通り……?」


 アレクシアの足音が一拍遅れた。


「勝手な推測です。忘れてください」


「……ま、今はいいわ。姉様が気になることを言っていた。オリアナ国王の様子が少し虚ろだって」


「虚ろ、ですか……」


「私は今回初めてお会いしたから分からなかったけど。少し甘い匂いもした」


 甘い匂い。


 ベータには心当たりのある薬品があった。


「もう、手遅れかもしれませんね……」


「教団は動き出している。お父様のやり方だと、いずれこの国も……」


 そして二人は無言で階段を下りた。


「着いたわ」


 アレクシアが足を止めたそこには、深い縦穴と梯子があった。


「王都地下道の入り口の一つよ。知っているでしょ?」


「え、ええ。遠い昔、王族の脱出用につくられた王都全域に広がる地下道ですよね」


「そうよ。地図とか鍵とか暗号とかいろいろ紛失して今はもうただの迷路だけど」


「それで、なぜここに?」


「あなたを始末するためよ」


 そして腰の剣に手をかけて……笑った。


「冗談よ。ちっともビビらないのね」


「ひいッ、殺さないで……!」


「この地下道にローズ先輩が逃げ込んだ可能性があるわ」


 ベータは渾身の演技を無視されてムッとした。


「今から探しに行くわよ」


 早速梯子を下りようとするアレクシア。


「あの、待ってください」


「何?」


「このこと、誰かに伝えていますか?」


「伝えるわけないじゃない。止められるもの」


「迷宮になっているらしいですけど、脱出できる確信があるんですか?」


「簡単よ。来た道戻ればいいだけじゃない」


「あの、言いづらいのですが、思い付きで巻き込むの止めてもらえませんか?」


「嫌」


 二人はしばらく睨み合った。


「文句があるなら帰りなさい」


 アレクシアがベータを置いて階段を下りていく。


 ベータはもう放置して帰ろうかと思ったが、まだアレクシアに死なれては困る。


「お守りも仕事よ、ベータ」


 小さく呟いて、アレクシアの後を追った。

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