第74話 闇に差し込む一筋の光

 ローズは目を閉じてその美しい旋律に耳を傾けた。


 シャドウの奏でる月光はローズが今まで聴いたどの月光とも違った。たとえ曲は同じでも奏者によってその表情を変える。


 シャドウの月光は闇だ。


 深い深い夜の暗闇。そして、そこに差し込むほんの一筋の光。


 その光が月なのか、それとも……。


 答えを導く時間はなく、演奏は終わりを告げた。


 聖堂に響く余韻を最後まで楽しんでローズは手を叩いた。


 一人きりの拍手が反響する。


 その拍手は当然シャドウにも聞こえていた。彼は席を立ち、そして優雅な礼を返した。


「シャドウ、あなたは……」


 ローズはそこまで言って、続ける言葉がないことに気づいた。ただ、何か言わなければシャドウが去ってしまう気がした。


「今まで聴いた月光の中でも、間違いなく最高の演奏でした。えっと……」


 ローズは自分は何を言っているのだろうと、自問した。


 シャドウに聞くべき事は他にあるはずだ。


「貴様は、何を成す……」


 深淵から響くような声でシャドウは言った。


「え……?」


 ローズは少し考えて理解した。彼はなぜ事件を起こしたのか問うているのだ。


「私は……みんなを守りたかった……。最善の未来を掴みたかった……。でも、私にはできなかった……!」


 ローズは言葉を絞り出した。


「そこで終わりか……」


「え……?」


「貴様の戦いは、そこで終わりか……?」


「私だって……こんなところで終わりたくなかった……ッ」


 ローズは俯き拳を握る。


 どうにかしたかった。今だってそう思っている。しかし、もう彼女にできることはないのだ。


「もし貴様に戦う意思があるならば……くれてやろう」


 シャドウはそう言って、掌に青紫の魔力を集める。


「力を……」


「力……?」


 青紫の魔力は輝きを増し、聖堂を美しく染め上げる。濃密な魔力が空気を震わせる。


「その力があれば、未来は変えられる……?」


「貴様次第だ」


 ローズは青紫の魔力に惹かれている自分に気づいた。もし、自分にシャドウのような強さがあれば。


 きっと何もかも変わっていたはずだ。


 もし力があれば……まだできることがある。オリアナ王国の王女として、成すべき事がある。


 ローズの瞳に光が戻った。


「欲しい……。力が欲しい……ッ」


「いいだろう……」


 そして、青紫の魔力が放たれた。


 それは一直線にローズの胸へ吸い込まれ体内を巡る。


 温かいその力は、乱れていたローズの魔力を静め調えていく。どこか重く、自由に操れなかった魔力が、軽やかに自在に動き出す。


「凄い……」


 ローズは心からそう思った。


 これが、シャドウの魔力……。

 

 そしてこれが、シャドウの見ている世界……。


「抗え……そして貴様に共に戦う資格があるのか……見せてみろ」


 気が付くと、シャドウの姿はどこにも見あたらなかった。


 ただ声だけが、聖堂に響く。


「忘れるな……強さとは力ではなく、その在り方だ……」


 そしてシャドウの気配は消えた。


 ローズは聖堂に一人残された。


 追手の足音が聞こえてくる。空気の震えを感じ取る。


 かつてないほどの魔力が、体内で渦巻いていた。


 もう捕まっていいとさえ思っていた。だが、この力があれば……まだできることがある。


 ローズは細剣を抜き、壊れた扉を見据える。


 そして次の瞬間、扉から黒ずくめの集団が現れ……血飛沫が舞った。


 彼らは、ローズの細剣を知覚する暇もなく、斬殺された。


 聖堂を血で染めたローズは、細剣を納め瞳を閉じる。


 シャドウもこうして教団と戦ってきたのだろう。人知れず、戦い続けていたのだ。


 シャドウの奏でる月光が、ローズの頭の中に蘇る。


 深い闇に差し込む一筋の光の意味が分かった気がした。


 その光はシャドウ自身なのかもしれない。彼は闇ではなく、闇に立ち向かう一筋の光なのだ。


 ローズはそう思った。

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