第33話 全宇宙の少年の夢

 復帰した翌日、午前中最後の授業が少し早めに終わった。


「今から生徒会選挙の候補者と応援の生徒会長の演説があるので、みんなまだ席を立たないように」


 先生が先走る生徒たちに言った。


「どうでもいいけど三年って今どこ行ってんだ」


「さぁ」


 隣のヒョロの適当な問いに、僕はあくびしながら答えた。


「三年生はですねぇ、今週は課外活動で……」 


 と前の席のジャガが振り返って話しはじめたとき、教室の扉が開いて二人の女生徒が入ってきた。入れ替わりで先生が出ていく。


 そのうち一人は知っている顔、先日僕が戦ったローズ・オリアナ生徒会長である。


 普通の制服姿なのにオシャレな人が着ると謎のオシャレオーラが出るのは何なのだろう、と僕は常々疑問に思っている。


「えっと、本日は先生に貴重な時間をいただきまして、生徒会選挙の……」


 まだ慣れていない感じの一年の女の子が、少し硬い声で話し出す。


 こういう演説が頭の中をスルーしていくのは僕だけなのだろうか。


 ヒョロと一緒にぼけーっと演説を聞き流してあくびする。


 ジャガは何かメモを取っているようだ。


 ふと、生徒会長と目が合ったような気がした。一回戦で無様にやられたモブを覚えているとしたらたいしたものだ。


「おい、生徒会長俺のこと見てたぜ」


 ヒョロが前髪を整えながら言う。


「そだね」


「おいおい、生徒会にスカウトされるかもな」


「そだね」


「おいおいおい、めんどくせーのは嫌いなんだけどよ」


「そだね」


 そんな感じで時間は過ぎていく。


 その時ふと、僕は魔力の違和感に気づいた。


「あれ?」


「どうしたよ」


 僕は常に微細な魔力を体内で操り制御の訓練をしているのだが、その魔力が突然練れなくなったのだ。


 魔力の流れを何かが阻害しているような感覚。強引にこじ開けるか、さらに細くすれば練れるかも。


 そんなことを考えていると、何かが教室に近づいてくる気配を感じた。


「来るッ……」


 なんとなく言ってみた。


 その瞬間。


 突然、凄まじい爆音が轟いた。


 教室の扉が吹き飛び、クラスは騒然とする。


 直後、抜剣した黒ずくめの男たちが乗り込んできた。


「全員動くな! 我らはシャドウガーデン、この学園を占拠するッ!」


 彼らはそう叫んで、出口を固める。


「嘘だろ……」


 僕のつぶやきは、周囲のどよめきにかき消された。


 動ける生徒はいなかった。


 これが訓練なのか、いたずらなのか、それともまさか……本気なのか。


 魔剣士学園が襲撃されるという現実を、ほとんどの生徒が正しく把握できないでいたのだ。


 ただ僕だけが唯一、この現実を完全に把握していた。


 彼らが本気だということも、魔力が阻害されているということも、他のクラスで同じことが起こっているであろうことも。


「すっげぇ……」


 僕の口から自然と感嘆の言葉が零れた。


 こいつら、やりやがった。


 マジでやりやがったのだ。


 世界中の少年が夢見た『アレ』を。


 僕らの青春妄想の一ページを飾った『アレ』を。


 学園がテロリストに襲撃される『アレ』を本当にやりやがったのだ!


 僕は感動に震えた。


 いったい何度この状況を妄想しただろう。


 数百、数千……数億。


 数え切れないほどのパターンを妄想し、夢見た瞬間がついに訪れたのだ。


「そのまま席を立つな、全員手を上げろ!」


 黒ずくめの男たちは、少しずつ気づき始めた生徒たちを剣で威圧する。


 玄人好みだと思った。彼らはテロリスト側を選択したのだ。


 しかし、やはり定番は生徒側である。


 どうする?


 どう動く?


 僕の前に無限の可能性が広がっていた。


「ここがどういう場所かわかっていないようですね」


 その時、凛とした声が響き渡った。


 一人の少女が腰の細剣に手をかけ、黒ずくめの男と対峙していた。


「魔剣士学園を占拠する? 正気の沙汰とは思えません」


 たった一人、ローズ・オリアナが彼らに立ち向かっていた。


「武器を捨てろと言ったはずだぞ、小娘」


「お断りします」


 ローズはそう言って細剣を抜く。


「ふん、見せしめにはちょうどいいか」


 黒ずくめの男も剣を構える。


 まずい。


 彼女はこの空間で魔力が使えないことに気づいていない。


「……ッ、いったい何が」


 細剣を構えたローズの顔に動揺の色が浮かぶ。


「ようやく気付いたようだな」


 黒ずくめの男が仮面の奥で笑った。


 まずい、まずい、このままだと。


「だがもう遅い」


 黒ずくめの剣が、ローズに振り下ろされる。


 魔力の込められたその剣を、魔力を封じられた彼女に防ぐすべはない。


 僕は椅子を蹴飛ばし駆けた。


「……ッ!」


 やめろ、それは違う。


 脳の処理能力が加速し、世界の動きが緩やかになる。


 その瞬間、僕の心にあったのは果てしない焦燥と怒りだった。


「……ぁぁぁぁッ!」


 このままだと、彼女がテロリストに殺される犠牲者一号になる。


 あってはならないことだ。


 それは絶対に許せないことなのだ。


「ぁぁぁぁぁあああああああああああッ!!」


 テロリストにクラスで最初に殺されるのはいつだって。


 モブの……役目なのだ!


「やめろおおおおおあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」


 魂の咆哮と共に、僕は二人の間に割り込んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 迫りくる白刃を見据えながら、ローズは己の死を予感した。


 魔力の練れないひ弱な肉体では、防ぐことも避けることも敵わない。


 少しでも傷を浅くしようと上体を反らせるが、その動きすら緩慢でもどかしい。


 間に合わない。


 ただ現実として、死がそこにあった。


 その時、絶叫が鼓膜を貫いた。


「やめろおおおおおあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああッ!!」


 直後、横から来た何かにローズは突き飛ばされた。


「きゃッ……!」


 咄嗟に受け身をとって床を転がる。


 そして起き上がったローズの視線の先に、衝撃の光景が広がっていた。


「そんなッ……」


 そこに……血塗れの少年が力なく横たわっていた。


 床に流れ出した血は、その染みをみるみる広げていく。


 致命傷だった。


『キャアアアアァァァァァァァァ!!』 


 誰かの悲鳴がクラスに響いた。


 ローズは血で汚れるのも構わず、少年の身体を抱きかかえた。


 その少年は、つい最近ローズの記憶に印象深く残った人物だった。


「シド・カゲノー君……」


 ローズの呟きに、少年は薄っすらと瞳を開けた。


「バカ。なぜ私をかばったりしたの……?」


 本当に、最近知ったばかりの間柄だ。まだまともに話したことすらない。


 命を懸けてまで助けられる理由なんてないはずだった。


 少年は口を開き何かを言おうとし、


「ゲホッ、ゴホッ!」


 大量の血を吐いた。


「シド君ッ!」


 ローズの白い頬に少年の吐血がかかる。


 少年は血濡れの顔で微笑んで……そのまま息を引き取った。


 その死顔は、やり遂げた男の顔だった。


「なんでッ……」


 ローズの頬に一筋の涙が流れた。


 ローズは少年を抱きしめ嗚咽をこらえる。


 彼の死顔を見て、ローズはすべての謎が解けた気がした。


 選抜試験での彼の異常なまでの奮闘。


 ローズを見つめるあの熱い眼差し。


 そして身を挺してローズを庇ったその理由。


 そのすべてが繋がったのだ。


 ローズは鈍いほうではない。王女という立場とその美貌から、幼いころから数え切れないほど恋情を寄せられてきた。


 だが未だかつて、これほど熱い想いを寄せられたことはなかった。


 命を懸けてまで愛されたことなどなかった。


「ありがとう……」


 彼の想いには、もう永遠に応えられない。


 だが、絶対に無駄にしないと誓った。


「いい見せしめになったな」


 黒ずくめの男がローズの前に立った。


「……ッ!」


 ローズは唇を噛んで男を睨み上げた。


「まだ歯向かう気か?」


「くッ……従います」


 ローズは顔を伏せた。彼の想いを無駄にしないと誓ったのだ。


 今はまだ、その時じゃない。


「ふん。今から大講堂に移動する!」


 黒ずくめの男たちが動き出す。


 彼らは生徒を立たせ、結束具で後ろ手に拘束し、続々と連れ出していく。


 反抗する者はもう誰もいなかった。


 最後に二人の男子生徒が教室を振り返った。


「シド……」


「シド君……」


 彼らは何かを言いたげに少年の死顔を見つめた。


「さっさと行け」


 二人は黒ずくめの男に追い立てられて教室を出る。


 そして誰もいなくなった。


 廊下の足音が遠ざかり、辺りに静けさが訪れる。


 そして。


 死んだはずの少年の腕がピクリと動いた。

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