第32話 不死身の魔剣士
試合を終えてすぐに医務室に連行されそうになった僕は一瞬の隙をついて逃げ出した。
危なかった。
無傷の身体を見られたらさすがにまずい、あと少しで自分の身体を切り刻むはめになるところだった。
僕は選手専用口から出て人気の少ない廊下を歩く。
残りの三十三の奥義を披露するのは来年になるのだろうか。いやそのうちどこかでいい機会があるはずだ。
「あ、あの」
「ん?」
ふいに知らない生徒から声をかけられた。
学術学園の制服を着た桃色の髪の美人さんだが、どこかで見たような気がしなくもない。
「お怪我、大丈夫ですか?」
「か、かろうじて……重傷は回避した……かも?」
僕はさりげなく胸の傷を押さえる感じのポーズをした。
「よかった。試合、見てました」
「そ、そう」
「あまり試合とか見ないんですけど、何度も立ち上がってすごくかっこよかったです」
「えっと、かっこよかったの……?」
「はい……」
少し頬を染めて少女は頷いた。
モブにかっこよさを感じるとはなかなか変わった感性の子である。まぁ観客はたくさんいたのだから中にはそういった感じ方をする人もいるのかもしれない。
「あの、これ……」
少女はおずおずと小さな包みを差し出した。
「これは?」
「クッキー焼きました、お返しに……」
いい試合を見せたお礼みたいな感じかな。
「ありがと」
せっかくだし受け取った。
少女は嬉しそうに微笑んだ。
「も、もしよければ、友達からお願いします」
「友達? いいよ」
僕は一部例外を除き女性に恥をかかせないスタイルで生きている。
「やった。お義父様、友達になれました」
お義父様?
少女の視線の先から、長身で白髪交じりの髪をオールバックにまとめた男性が歩いてくる。
その痩せた男性に僕は見覚えがあった。
「ルスラン副学園長……」
この学園の副学園長で、かつてはブシン祭で優勝経験もある剣豪だったらしい。
そして、この男を義父と慕うこの少女は。
「シェリー・バーネット……!」
「はい?」
僕の独自調査によると、彼女は学術学園で最も主要キャラになり得る存在である。
主人公に的確なアドバイスしたり、物語の大きな謎を解いたり、ボスを倒す強力な装備を作り出したりするポジションになるはずだと勝手に思っている。
学術学園の生徒とか直接戦うことはないだろうしぶっちゃけどうでもいいから忘れていた。
「シド・カゲノー君だったね」
ルスラン副学園長がシェリーの隣に立つ。
「はい」
「怪我はいいのかい」
「き、奇跡的になんとか……あ、そうだ、手加減してくれたのかも?」
ふむ、と副学園長は顎を撫でた。
「そうだな、ローズ君なら力加減を間違えないだろう。だがちゃんと医師に見てもらなさい」
「はい、絶対に」
絶対に見せません。
ルスランは頷いて、シェリーの肩い手を添えた。
「この子は研究一筋でろくに友達もいないんだ」
「お義父様!」
ははは、と笑いながら副学園長は続ける。
「今はこうして笑っているが、いろいろあったんだ。シェリーと仲良くしてやってくれ。これは一人の父としてのお願いだ」
ルスランは真剣な顔で、隣のシェリーは困ったように微笑んだ。
モブじゃない子は無理です……と言える雰囲気ではない。
「……はい」
「では後は若い二人に任せるとしよう」
僕の肩を叩いて副学園長は去っていく。
「あの、よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
「それで、どうしましょう?」
彼女は首をかしげて、
「あ、そうだった、まずはお医者様に見せないと。ごめんなさい、うかれてて」
困ったように微笑んだ。
「いや、いい、大丈夫」
「え、でも……」
「医者はいい、後で行くから、絶対行くから。うん、そうだ、お茶にしよう」
「あの、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫」
「魔剣士ってすごいんですね」
「魔剣士ってすごいよね」
モブとはかけ離れた美人さんは微笑んた。
そのあと僕らは二人でクッキーを食べながらお茶をして、軽くおしゃべりしてわかれた。話してみた印象は普通の女の子だったけど、なんでも騎士団から依頼を受けて貴重なアーティファクトの研究とかやっているらしい。すごいね、と言っておいた。 ちなみにクッキーは素朴な味でおいしかった。
まぁモブ友とは程遠いけど学術学園とかほぼ接点ないしセーフでしょ。
翌日、僕は怪しまれないように怪我の治療ということで五日ほど休みをもらった。
復帰した日、クラスのみんなが少しだけ優しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます