第31話 君はついてこれるかな?
学園最強の魔剣士は誰かと問われれば、一昨年まではアイリス・ミドガルであった。
しかし彼女が卒業すると、ミドガル魔剣士学園に王者不在の時代が訪れる。
誰もがそう思った。
しかし、王者は忽然と現れた。
誰もが想像しない形で、誰もが想像しない人物が、絶対王者としてミドガル魔剣士学園の頂点に君臨した。
彼女の名はローズ・オリアナ。
芸術の国オリアナ王国からの留学生であり、オリアナ王ラファエロ・オリアナの娘である。
オリアナ王国はミドガル王国の同盟国であり、彼女の留学は予定されていたものだったが、芸術の国のお姫様がまさかミドガル魔剣士学園の絶対王者となり得るとは誰も想像すらしなかった。
まあ、ぶっちゃけ、想像していようがしていまいがどっちでもいい。
問題は僕の選抜大会の一回戦が、そのローズ・オリアナだということだ。
棄権、という選択肢がある。
ヒョロは上級生からのかわいがりで全身打撲。
ジャガは女子寮への無断侵入で謹慎をくらった。
つまり僕も何らかの理由があれば出場を免れるということである。
しかしよくよく考えると、絶対王者に一回戦で無様に負ける役ってかなりモブっぽくない?
モブっぽい、間違いない。
棄権なんてとんでもない。
モブの、モブによる、世界一モブらしい戦いを見せる使命が僕にはあるのだ。
というわけで、僕は大観衆の中で剣を抜く。
視線の先にはローズ・オリアナ王女。
蜂蜜色の髪を優雅に巻いて、ファッショナブルな戦闘服を着て、細めの剣を構えている。
顔立ちは柔らかく、スタイルも一級品で、とにかくいちいちオシャレだ。
さすが芸術の国である。
さらに彼女、留学生で二年生という立場でありながら生徒会長も務めている。
その美貌と、実力と、人望で、会場の声援はもうすごいことになっている。
誰一人僕の名前なんて呼んでない。
自国の選手を応援しろよ、と少しだけ思うがまあいい。
これぞモブの舞台。
最高である。
カタカタと、僕の剣が震える。
かつて、これほど緊張した戦いがあっただろうか。
勝利、殺害、塵も残さず蒸発させる。そんな簡単な結末は求められていないのだ。
僕に求められるのは、ただ誰よりもモブらしい敗北である。
モブらしさとは何ぞや?
哲学の領域にまで踏み込んでいる。
だが、心配ない。
この日のために僕は『モブ式奥義四十八手』を極めたのだ。
『ローズ・オリアナ対シド・カゲノー!』
審判が僕らの名を読み上げる。
ローズの蜂蜜色の瞳と、僕のモブ瞳が火花を散らす。
ローズ・オリアナよ。
君はついてこれるかな?
極限に辿り着いた……モブの戦いにッ!
『試合開始!!』
開始と同時に、ローズの細剣が踊る。
それは美しく、鋭い軌道を描きながら僕の胸に迫る。
ただのモブではとても反応できない一撃。
しかし僕には見える。
見えるが……反応はしない。
反応するそぶりは一切見せてはいけないのだ。
なぜならモブだから。
僕は細剣が胸に触れるその瞬間まで微動だにしない。
試合用に刃は潰してあるが当たればただでは済まないだろう。
細剣が胸に刺さる。
その瞬間、僕は動いた。
一切のモーションを見せず、足の指の力だけで後ろに飛び、細剣が胸を押す力を利用し捻りを加える。
さらに手首の隠しポケットから、前日までに採取した血液の袋を取り出し、破く。
その間、僅かコンマ一秒未満。
僕は後ろに吹っ飛びながらきりもみ回転し噴水のように血をまき散らした。
「ぺぎょえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええ!!」
赤きトルネードが血の飛沫で美しきアートを描く。
『モブ式奥義・きりもみ回転受身(ブラッディ・トルネード)』
そして無様に地に落ち、バウンドし、転がる。
大歓声が闘技場を揺らした。
「ぐ、ぐはッ、ヴぉえええぇぇぇぇぇぇッ!」
さらに血液袋を破き吐血する。
パーフェクトッ!
会場の誰もが僕のモブを信じて疑わないだろう。
僕は十点満点の演技に白い歯を見せそうになるが、こらえる。
まだ終わりではない。
終わりではないのだよ。
「グゲッ、げヴぉおおぉぉおおおおッ!!」
僕はあと十秒で死にそうなレベルの演技をしながら立ち上がる。
そう……モブ式奥義はまだ四十七も残っているのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なぜ、立ち上がれるの。
ローズ・オリアナは何度倒しても立ち上がるその少年に戦慄した。
彼は血塗れで剣を構えることすら覚束ない様だ。
とても戦える状態ではない、いや立っていることが奇跡なのだ。
ローズの剣は細いが、決して軽くはない。刃は潰してあるが、そこに込められた魔力は本物だ。
まともに当たれば一撃で戦闘不能に追い込むことができる。
しかし。
この少年はいったい何度その身に剣を受けたのだろうか。
一度や二度ではない。
十度を超える数の斬撃をその身に浴び、それでも尚不屈の闘志で立ち上がった。
なぜ、そうまでして立ち上がるのだ。
肉体は限界を超えているはずなのに、彼の眼はまるで死んでいない。
まだ、やるべきことがあると、その熱い瞳が語っているのだ。
そう、彼の精神は肉体を超越している。
限界を超えた肉体を、その精神が支えているのだ。
その姿にローズは感動を覚えた。
いったい、どれほどの思いを込めて彼はこの試合に臨んだのだろう。
彼には絶対に負けられない理由があるのだ。
彼とローズとの実力差は計り知れない。彼が勝つ可能性は万に一つもないのだ。
にもかかわらず、彼は全く諦めていない。
その熱い瞳が、ローズを睨みつける。
まだ、終わりじゃない。
こんなところでは終われない。
不屈の精神で肉体の限界を超越し、絶対に勝てない相手に挑むその勇姿に、ローズはただ感動した。
そして、シド・カゲノーという少年を心から尊敬し、深く謝罪した。
ローズはこの少年を容易く勝てる相手だと侮っていた。
確かに、単純な剣の戦いでは勝負にならないかもしれない。
しかし、心の勝負ではローズの完敗だった。
「次で終わりです」
だからこそローズは、手早く終わらせることを選んだ。
このまま続ければ、彼は死ぬまで立ち上がるだろう。
彼を……この未来ある少年を殺したくはなかった。
闘技場の歓声はいつしか止んでいた。
少年の姿に全員ドン引きしていた。
ローズの剣にこの日最大の魔力がこもった。
大気が震え、観客が騒めく。
しかし、それでも。
「やはり、あなたは諦めないのですね」
彼の眼は熱く熱く輝いていた。
この一撃に対する恐れは微塵もなく、ただ無限の闘志がそこに秘められていた。
ならば、全力で放つのみ。
ローズの剣が唸りを上げる、その瞬間。
「ストーップ!! 止めなさい、試合終了だ!」
審判が割って入り、試合を止めた。これ以上は危険だと判断したのだ。
ローズはただ安堵した。
しかし少年は違った。
「そんなッ! まだ三十三も残って……」
まだ戦える、彼の瞳はそう語っていた。
『勝者ローズ・オリアナ!!』
大歓声がローズを祝福した。
ローズは手を振ってそれに応え、崩れ落ちるシド・カゲノーに深く礼をした。
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