第68話 強者だけが注目してる感じの試合

 武神祭の4回戦が始まった。


 アンネローゼは観客席の最前列に座り、目当ての試合が始まるのを待っていた。


 水色の髪が風に揺れ、同色の瞳は闘技場を見据えている。観客の数は昨日よりは増えていたが、それでもまだ半分に満たない。


「嬢ちゃんも、あいつの試合目当てか?」


 声をかけられて、アンネローゼは振り返った。


「確かアナタは……」


「クイントンだ」


 悪役プロレスラーの様な外見のクイントンが、アンネローゼの隣にドカッと座った。


「嬢ちゃんも昨日の3回戦、見てたんだろ?」


「そうね。そう言うアナタも?」


「俺は見るつもりはなかったんだが、偶然目に入ってな。ジミナ・セーネンの3回戦、あんたはどう見た」


 クイントンは脚を前に投げ出して、アンネローゼに問う。


「対戦相手が転んで運良く勝ったようには見えなかったわ」


「ああ。あいつ、何かやりやがったぜ。俺にはそれが何なのか分からなかったが、嬢ちゃんなら分かるかと思ったんだけどよ。『ベガルタ七武剣』のアンネローゼさん」


 クイントンの不遜な眼と、アンネローゼの鋭い眼光が一瞬ぶつかった。


 すぐに、アンネローゼは顔を背け脚を組んだ。スカートのスリットから白い脚が露わになる。


「その名は捨てた。今はただのアンネローゼだ」


「そりゃすまねぇ。遅くなったが『女神の試練』合格おめでとう」


「ありがとう」


「それで、まさか嬢ちゃんでも分からなかったのか? 奴が何をしやがったのか」


「わ、分からなかったわ」


 少しムッとしてアンネローゼは言う。


「まさか見逃すとは思わなかったのよ。油断したわ。ただ……ジミナ君の右手が動いたように見えた」


「ほう、右手が」


「右手で何をしたかはわからないわ。一つ言えるとすれば、とてつもなく速かったってこと」


「ふん。となると俺の予想は外れか」


 クイントンはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「予想?」


「使用禁止のアーティファクトか何か使いやがったかと思ったんだがな」


「なるほど……その可能性もなくはないわ」


「どちらにせよ、今日の試合で分かる」


「そうね。対戦相手は不敗神話のゴルドー・キンメッキ」


「俺は知らねえが、有名らしいな。一度も負けたことがないってよ」


「良くも悪くも、有名ね」


 アンネローゼは苦笑した。


「強いのか?」


「そうね……。私はこれまで色々な国で戦ってきた。実戦もあったし、闘技場での大会もあった。過去の大会で3度、私はゴルドー・キンメッキと当たっている」


「ほう。ゴルドーは一度も負けたことがない……てことは嬢ちゃんが負けたのか?」


 アンネローゼはクイントンを軽く睨んだ。


「そんなわけないでしょ。戦えなかったの。彼、相手が強いと逃げるもの」


「は? 何じゃそりゃ」


「彼は負ける可能性がある相手とは決して戦わない。勝てる相手とだけ闘って、強い相手と当たった時点で棄権する。ついた二つ名は不敗神話。誰も彼には勝てないわ。彼はその二つ名が嫌で常勝金龍と名乗っているようだけど」


「常勝と不敗。似ているようで全く別の意味だな」


 ククッとクイントンが笑った。


「ま、要するに不敗神話さんは期待できねーってことか」


「どうかしら」


 アンネローゼは唇の端で笑った。


「ん、どういうことだ?」


「不敗神話は確実に勝てる相手とだけ闘って、大会で上位に食い込んでいる。規模の小さい大会なら優勝経験もあるわ」


「ほう……なら弱いわけねぇな」


 クイントンの目が鋭くなった。


「ええ。彼の強みは実力差を確実に見抜くことよ。その彼がジミナ相手には逃げなかった。つまり……」


「なるほどなぁ」


 クイントンは狂暴な顔で笑う。


「ジミナの実力を不敗神話ですら見抜けなかったか」


「それともジミナがアーティファクトに頼った卑怯者か」


「付け加えると、不敗神話は確実に勝てる相手とだけ闘ってきた。彼はまだ一度も本気を出していないわ」


「面白くなるな」


「ええ、面白くなるわ」


 クイントンが獣のように笑い、アンネローゼが唇を舐めた。


 そして、二人の視線が闘技場の中心に向かう。


 歓声とヤジが降り注ぐ中、ジミナ・セーネンとゴルドー・キンメッキが向かい合っている。

 

 この試合の意味を真に理解している観衆は、まだ二人だけ。


「4回戦第6試合ゴルドー・キンメッキ対ジミナ・セーネン! 試合開始!!」


 そして試合が始まった。

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