第69話 邪〇〇殺〇龍〇!!

 先手を取ったのはゴルドーだった。


 彼は開始と同時に一息で間合いを詰める。


 そして装飾過多な両手剣を薙ぎ、ジミナの首を狙った。


 狙われたジミナはまだ剣を抜いていなかった。棒立ちで、反応すらできない。


 勝利を確信したゴルドーが白い歯を見せる。


 その瞬間、コキッと音がした。


「え?」


 声を発したのはゴルドーだ。しかし彼だけでなく会場の全員が目を疑った。


 ゴルドーの剣が、ジミナの首をすり抜けて空振ったのだ。


 気づけば、ゴルドーは隙だらけの胴を曝していた。


「チッ!」


 ゴルドーの顔が引きつる。


 この致命的な隙を前に、ジミナが動く。


 そして。


 ジミナはただ、ゆっくりと剣を鞘から抜いた。


 それだけだ。


 ゴルドーの隙を完全に見逃し、それに気づいてすらいないような緩慢な動きだ。


 ゴルドーは間合いを外し、ジミナを睨み一言。


「お前舐めてんの?」


 ゴルドーの声には苛立ちが混じっていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「見えたか?」


 観客席ではクイントンがアンネローゼに聞いていた。


「かろうじて」


 アンネローゼは猛禽類のような眼でジミナを見据えたまま、クイントンの問いに答えた。


「流石だな。俺は見えなかった。不敗神話の剣が、ジミナの首を捉らえたと思ったんだがな」


「そう、普通なら避けれるタイミングじゃない。だが……ジミナは剣が当たる直前で首を鳴らしたんだ」


 アンネローゼの声には、隠しきれない驚愕の色があった。


「首を鳴らした? 意味が分からん」


「普通に首を鳴らしたんだ。コキッ、コキッと」


 アンネローゼは声と一緒に首を傾げてコキコキ鳴らしてみせた。


「いやちょっと待て、余計に意味が分からん」


「私にもわからない。彼が首を傾けた瞬間、コキッと音がしてゴルドーの剣を避けたんだ」


「おいおいおい、そりゃねえだろ。首を鳴らすために傾けたら、ちょうど剣を避けたってか?」


「そうだ」


「馬鹿言ってんじゃねえ! そんな偶然あり得ねぇだろ!?」


「偶然じゃないとしたら?」


 アンネローゼの眼が鋭くなった。


「なんだと?」


「彼は私ですら注視していなきゃ見逃す速度で首を鳴らしたんだ。普通の人間にそんなことができるのか?」


 目視できないほどの超高速首鳴らし、普通はできないだろう理論。


「ぐッ! 確かに……」


「彼にとっては剣を避けることが『ついで』だったのかもしれない。まず首を鳴らしたかった、そこにちょうど剣が来て、首を鳴らすついでに避けたのかもしれない」


「ばかなッ! それこそあり得ねぇ! ゴルドーの剣は速かった! それをついでで避けるだと!?」


「私も半信半疑さ。本当にただの偶然だったのかもしれない。しかしもし偶然じゃないとしたら……」


「ッ! 俺は絶対に認めねぇぞ!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 


 ゴルドーはジミナを睨んだまま話す。


「気に入らないな。お前は今、千載一遇の好機を逃した。お前がこのオレに勝てるかもしれない、人生でたった一度きりの機会を逃したんだ。なのになぜ、平然としている」


 ギリッとゴルドーの歯が鳴った。


「もっと悔しがれよ。もっと嘆けよ。もっと無様に足掻けよ。そうしないのは、オレに対する冒涜だ」


 ジミナはただ黙ってゴルドーの言葉を聞いていた。


「まさか好機を逃したことに気づいてすらいないのか? なら仕方ない、所詮はバトルパワー33の雑魚だ」


 クツクツとゴルドーは喉の奥で嗤った。


「雑魚が赤っ恥かかせやがって。オレの全力で屠ってやる。死んでも恨むなよ?」


 ゴルドーは剣を構え、そこに魔力を溜めていく。


 大気が震え出し、大量の魔力が集まっていく。


 会場が騒めいた。


「冥途の土産に教えてやろう。オレのバトルパワーは4300だ」


 そして、一息で間合いを詰め薙ぎ払う。


「邪神・秒殺・金龍剣ッ!!」


 黄金の魔力の流れが、黄金の龍を幻視させた。


 黄金の龍が、ジミナを喰らう。


 その、はずだった。


 しかし突然クシュッと音がして、黄金の龍が消失した。


「ぶべらッ!!」


 そして、きりもみ回転しながらゴルドーが宙を舞った。


 観衆の騒めきが止んだ。


 ドサッと地に落ちて、ピクリとも動かないゴルドーを、会場が呆然と眺めていた。


「しょ、勝者ジミナ・セーネン!!」


 立ち去るジミナの背中に、勝者のコールがかけられた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ゴルドー・キンメッキ。まさかこれほどとは……」


 試合後、クイントンの第一声がそれだった。


 クイントンはアンネローゼに話を聞いて、少なからずゴルドーのことを見くびっていた。


 まさか、あれほど鮮やかに魔力を可視化できるとは思っていなかったのだ。


 最後に見せたゴルドーの一撃は、武神祭の予選を勝ち抜いても不思議でない程の威力が秘められたいた。


「思った以上にやるわね。彼が上を目指し強者との戦いを求めていれば、もっと優れた魔剣士になっていたでしょう」


「それで、ジミナは最後何をしやがった?」


 アンネローゼは腕を組んで溜息混じりに口を開く。


「私の見間違いじゃなければ……クシャミをしたわ」


「は?」


「きっと黄金の龍が眩しかったんじゃないかしら。クシャミと同時にジミナの剣が振り下ろされて、そこにゴルドーが突っ込んで衝突事故よ」


「いやいやおかしいだろ。龍とクシャミがぶつかってクシャミの勝ちか?」


「事実そうだった。ゴルドーは千載一遇の好機を逃したと言っていたけれど、ジミナにとっては好機でも何でもなかったのかもしれない。ジミナはゴルドーをいつでも倒せた。だから隙を狙う必要はなかった……いや、ジミナにとってはすべての瞬間が隙だった……?」


 アンネローゼは自分の考察に背筋が寒くなった。


 あり得ない。


 そう、これはただの仮説……ジミナの実力を、限界まで過大評価しただけだ。


「バカバカしい」


 クイントンは鼻で笑って乱暴に席を立った。


「真面目に聞いて損したぜ。俺はこんなふざけた奴は認めねぇ。もしジミナが勝ち上がってくれば、予選の決勝で俺と当たる。奴の化けの皮を剥がしてやる」


 クイントンはジミナの消えた闘技場を一度睨み、立ち去った。


 アンネローゼはそのまま席に残り、ジミナの動きを思い出す。


「私に、彼と同じ動きができるの……?」


 彼女は座ったまま、首を鳴らしクシャミをした。


 何度も繰り返す。速く、そして最小限の動きで。


 コキッ、クシュン、コキッ、クシュン、コキッ!


「クシュ、あッ……」


 そして、周囲から奇妙な目で見られていることに気づいた彼女は顔を赤くして逃げた。

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