第85話 謎の覆面剣士……スレイヤー参上!!
その美しい一閃を見るまで、ローズは死を覚悟していた。自身が捕らえられ利用されてしまえば父の死が無駄になる。それだけは、絶対に許せなかった。
死は恐ろしかった。
しかし切り抜けるにはそれしかなかった。王女に生まれ、わがままも言った。ただ、それでも、ローズが思う王女の務めは果たしてきたつもりだ。
だから、これが最後の務めだ。
そう覚悟を決めていた。
「あ、あなたは……」
しかし、すべてを薙ぎ払い現れた青年の美しい剣を見た瞬間、ローズの心に幼き日の思いが蘇った。
「偽りの時は終いだ……」
そしてジミナは自分の顔に手をかけて剥いだ。
会場がどよめいた。
皮を剥いだジミナの顔の下に、見覚えのある仮面が現れた。
そして、黒き液体が螺旋を描き彼を包み込む。
螺旋が集束した後、そこに現れたのは漆黒のロングコートを纏った男。
「シャドウ……」
誰かが呟いた。
しかし、ローズにとって彼はシャドウではない。
彼はローズが剣士の道を歩むきっかけとなった、美しい剣を振るう憧れ。
「シャドウ、あなたはまさか……スレイヤーさん?」
ローズの脳裏に幼き日の記憶が蘇った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
かつて一度だけ、ローズは誘拐されたことがある。
父の公務でミドガル王国を訪問した時、ローズは滞在先からこっそり抜け出して遊んでいた。平民の子供たちと遊んでいると、ふと視界が暗くなった。
次の瞬間、ローズは気を失った。
気が付くとローズは薄暗い小屋の中で拘束されていた。
手足は荒縄で縛られて、口には猿轡を詰められている。
外傷はなかったが、それ以上に恐怖と不安で震えが止まらなかった。
「身なりのいいガキがいたと思ったら、まさかオリアナ王国の王女様だったとはな!」
隣の部屋で盗賊たちが話している。
おそらく所持品を調べられたのだろう。ローズの身分はバレていた。
「流石親分! ツイてますねぇ!」
「馬鹿野郎、これが実力ってやつよ!!」
下品な笑い声が響く。
ローズは己の身を案じ絶望した。盗賊の選択は二つだ。ローズを人質にオリアナ国と交渉するか、ローズの身を価値が分かる人間に売るかだ。
きっと、彼らは売るはずだ。ローズの利用価値は高いが、たかが盗賊では扱いきれない。
売って、安全に金を手に入れるはずだ。そして、ローズはオリアナ王国の敵に利用される……。
その事実に、ローズは恐怖した。
身をよじり、縄をほどこうともがく。
猿轡ごしに叫ぶ。
しかし、彼女の抵抗は無駄でしかなかった。
「おっと、お姫様が起きたみたいだぜ」
「おい、様子見てこい」
そして、足音が近づいてくる。
ローズの叫びは悲鳴に変わり、涙が零れ落ちた。
小屋の扉が開かれようとした、その瞬間。
「ヒャッハー!! てめぇら金を出せ!!」
場違いな、子供の声が響いた。
「な、なんだこのガキ!」
「どっから現れやがった! 殺せ!!」
「おらおらおらぁ!!」
何かが風を切るような音。
そして悲鳴が響いた。
「な、なんだこのガキ! 強ぇぞ!?」
「馬鹿な! 一瞬で三人も!?」
「君たちはスタイリッシュソードの練習台だ」
再び風を切る音。
ローズの鼻に濃厚な血臭が届いた。ローズは恐る恐る、扉の隙間から覗く。
そこに、ズダ袋を被った子供と逃げ惑う盗賊がいた。
「逃げる奴は盗賊だ! 逃げない奴は訓練された盗賊だ!!」
「ひ、ひぃぃぃ!」
「や、やめッ!!」
ズダ袋を被った子供が剣を振った。
「――ッ!?」
その軌跡の美しさに、ローズは状況を忘れて目を奪われた。ローズは剣のことはよくわからない。
だがこの剣は……ローズが今まで見聞きしたどんな芸術より美しかった。
剣は鮮やかに盗賊の首を刈り、悲鳴は途絶えた。
ローズはただ茫然と、ズダ袋を被った子供を見つめた。
「わざわざ遠征したのに、金持ってないパターンか。ん? まだいるね」
ズダ袋を被った子供はローズの視線に気づき、小屋の扉を開けた。
小屋の中に光が差し込み、ローズとズタ袋を被った子供の目が合う。
「攫われてきた子供か。災難だったね」
ズダ袋を被った子供が剣を振った。その剣筋もただ美しく、ローズの目を魅了した。
「帰り道に気を付けなよ、バイバイ」
ズダ袋を被った子供はスタスタと去っていく。
気づくとローズの拘束は切られていた。
「ま、待って!」
ローズは必死で呼び止めた。
「なに?」
ズダ袋を被った子供は足を止め振り返る。
「あ、あなたはいったい誰?」
「僕? 僕はそうだな、まだ修行中だし……通りすがりのスタイリッシュ盗賊スレイヤーさ」
「スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん……あの、ローズは何かお礼がしたい」
「んー。なら僕のことは誰にも話さないでくれると嬉しいな」
「う、うん、わかった」
「じゃ、頼んだよ」
そう言って、スタイリッシュ盗賊スレイヤーは姿を消した。
「スタイリッシュ盗賊スレイヤーさん……」
彼は絶望的なローズを助け、その運命を変えた。彼女はその美しき剣と在り方に憧れて、その日から剣の道に進んだのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それは大切な、幼き日の記憶。誰にも話したことがなかった、ローズだけの秘密。
だけど、この瞬間、ローズは秘密を初めて口にする。
「シャドウ……あなたがスタイリッシュ盗賊スレイヤーさんだったのですね」
シャドウは答えなかった。
しかし、ローズにとって沈黙が答えだった。
まだ幼い頃から、彼はずっと悪と戦い続けてきたのだ。ローズを助けたあの日のように、人知れず誰かを助けていたのだ。
シャドウの言葉がローズの脳裏に蘇る。強さとは力ではなくその在り方……そう、シャドウの在り方こそが強さだったのだ。
ローズは安易に死を選ぼうとした自分を恥じた。
まだ、彼女は戦えたはずだ。しかし生きることが辛くて、失敗することが恐くて、すべてを終わらせたかった。
死は逃避だったのだ。
ローズはまだ戦える。
彼女は彼の美しい剣と――その在り方に憧れたのだから。
「貴様の戦いは、まだ終わってはいない……」
シャドウが漆黒の刀を突いた。
それは、会場の壁に刺さり大穴を開ける。
「往け……」
「はい!」
ローズは細剣を拾い迷わずその穴に飛び込んだ。彼女にはまだすべき事があるのだ。
「ま、待てッ!!」
「往かせぬぞ……」
そして、シャドウが穴の前に立ち塞がった。
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