第82話 くさい男は計画通り

 ドエムが特別室に入ると、灰色のローブの人物が振り返ってドエムを見た。


 顔をローブで隠しているが、体格からおそらく女であることが読み取れる。彼女はドエムを見て、そしてドエムの隣にいるオリアナ国王に目を向けた。


 そして一言。


「くさい」


「おい女、失礼だぞ」


「ごめん」


 ドエムは動揺する心を抑えて、灰色のローブの女を睨んだ。


 ドエムはオリアナ国王を傀儡とするために、依存性の強い薬草を使用した。薬草の効果は申し分ないのだが、中毒者は独特の匂いを発する欠点もある。


 だが香水で匂いを隠している。まず気づかれることはないはずだ。


「ドエム殿、その方は武神ベアトリクス様です」


「何と……」


 武神ベアトリクス。王都に来ているとは聞いたが本物か?


 とても武神と呼ばれる剣豪には見えない。


 彼女は色褪せた灰色のローブを纏いしかも礼儀を知らない。一言謝罪しただけで、もう試合を観戦している。


 強そうには見えないが……彼女の実力が噂通り本物ならドエムでは見抜けない恐れがある。アイリス王女が認めていることも考慮して、本物と考えるべきだ。


 武神ベアトリクスの素顔は英雄オリヴィエと似ていると聞く。素顔さえ見ればドエムにも分かるのだが……。


「それはそれは、知らぬこととはいえとんだ失礼を」


「こちらこそ失礼した」


 ドエムとベアトリクスが謝罪してこの場は収まった。ベアトリクスの失言はドエムに向けたものとして処理される。


 匂いのことで騒がれるのはドエムも避けたい。


 しかし、まさかベアトリクスが武神祭に現れるとは。


 よりによってこの日に……。


 ドエムは小さく舌打ちした。


「ミドガル王、本日もご機嫌麗しゅうございます」


「うむ」


 気持ちを切り替えて、ドエムはミドガル王に挨拶する。ミドガル王は特別室の特等席にある大きな王座に座っている。


 定型文の挨拶を交わし、ミドガル王の隣にオリアナ国王が座る。そしてその隣にドエムが座り、オリアナ国王のフォローに回る。


 オリアナ国王は定型通りの受け答えはできるが、それ以上となると心許ない。そこはドエムが会話を誘導しつつフォローに回るしかないのが現状だ。


 だが、ここまでは予定通りだ。


 ドエムの目標はひとまずローズの確保にある。


 最後に会った時、彼女は既に発症していた。教団にとって彼女の血は最高の資料となるだろう。


 そのために、ドエムは餌を撒いた。


 ローズには、武神祭の会場に現れなければ、オリアナ国王を使ってミドガル国王を殺すと脅してある。


 もちろん脅しだが、実際に殺しても構わないとドエムは考えている。


 ミドガル国王を殺せば戦争がはじまりオリアナ王国は滅びるだろう。しかしミドガル王国の次期王座に傀儡を据える準備が進んでいる。うまくいけば最大の利を得ることができるのだ。失敗のリスクはあるが、やるだけの価値はあるだろう。


 不安要素があるとすれば、この場にいるアイリスだ。彼女は虚ろなオリアナ国王を不審に思っている様子が見られる。阻まれる可能性もあるだろう。


 だがアイリスの試合中に国王を殺すことで、この不安要素は容易に排除できる。だから何も問題ないはずだった。


 しかし、今この場にはベアトリクスがいる。彼女を排除することは難しく、実力もアイリス以上だろう。彼女が妨害に動けば、アイリス以上の障害となるだろう。


 そして謎の男ジミナの狙いもわからない。奴は裏世界の住人だ。必ず目的をもって動いているはずだが、背後関係を調べても何も出てこなかった。こいつはプロの仕事だ。最大限に警戒する必要がある。


 ドエムは大きく息を吐いた。


 計画通りに進んではいるが、不安要素が多すぎる。全く安心できない状況だ。


 だかこれも、ローズが会場に現れさえすれば問題ない。彼女が現れればリスクを冒す必要もないのだ。


 ローズは必ず現れるはずだ。彼女は国と父を見捨てることができない。ドエムはそう読んでいた。


 確かに不安要素は多いが問題ない。すべてうまくいくはずだ。


 ドエムは自分にそう言い聞かせて試合を観戦する。


 そして時間は流れ、試合場では危なげなくクレア・カゲノーが勝利した。


「ほう……」


 特に注目している選手ではなかったが、彼女の実力は予想外だった。魔力が高いが、魔力に振り回されていない。


 今でも強いが、まだ強くなる素質がある。


「クレアさん……腕を上げていますね」


 クレアの勝利を見届けてアイリスが席を立つ。


「試合が始まりますので失礼します」


 皆がアイリスに激励の言葉をかけ、アイリスの隣に座っていた黒髪の少年も席を立つ。


「トイレに行ってきます」


 勝手に行ってこいと誰もが思った。いや、ベアトリクスだけが、彼の後ろ姿を目で追っていた。


 シドと呼ばれていた平凡な少年だ。なぜアイリス王女の隣に座っているのかは気になったが、それ以外は特に注意するべき点もない。ドエムは即座に彼のことを忘れて、次の試合に意識を移した。


 アイリスとジミナの試合はドエムにとっても重要な意味を持つ。


 裏世界の住人であるジミナの実力と狙いを見定めること。さらに、アイリスが離席する好機でもある。


 そして二人が退出し、しばらく経ち……試合場にアイリスとジミナが現れた。

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