第122話 例の物
秋も終わり、季節は冬に入った。
僕は学園でモブたちの日常を見守りながら、偽札ができるのを待った。
彼らが何も知らず退屈な日々を過ごす中で、僕は世界の商を支配する陰の大組織のボスへの道を歩んでいるのだ。
ああ、退屈な日常すら輝いて見える。
ヒョロとジャガと三人でモブトリオを結成する僕が、そんな実力者だとは誰も想像すらしないのだ。
僕はモブライフを楽しみつつ、ときどき意味深な言葉を呟き、彼らにヒントを与える。
「風が騒がしい……大いなる変化が訪れる……」
誰もその言葉の意味を知らない。
だが、それでいいのだ。いつかすべてを知った彼らの中の、ほんの一握りの者たちが思い出しすかもしれない。
僕の――言葉を。
「ちょっと来なさい」
「いてっ」
意味深モードに入っていた僕の首根っこを掴み、強引に引きずっていくのは白銀の髪に赤目のアレクシアだった。
「この忙しい僕に何か用かな?」
僕は抵抗するのもめんどくさくて引きずられながら言う。
「暇なあなたに見てもらいたくて」
「何を」
「剣を」
そんな感じで人気のない道場に到着。
学園の端にある、小さな個人練習用の道場だった。
僕は床に座り、アレクシアは練習用の剣を構える。
まあ適当に見てればいいかなと、僕はアレクシアが剣を振るのを見ていた。
そして、ふと気づいた。
あれ、こいつこんなに強かったっけ?
最後に見たアレクシアの剣は、そう言えばもうずいぶん前だった。僕はもともと彼女の剣が好きだった。剣だけ。
心境の変化でもあったのか、それとも何かを掴んだか。
急激に成長するのって、だいたいこのパターンだ。
「いいと思うよ」
僕は剣を振るう彼女に言った。
「そう」
彼女は剣を止めた。
「多分、これからも伸びると思うよ。素人の意見だけど」
「そう。ありがとう」
「どういたしまして」
アレクシアは視線をそらして汗を拭いた。
「前に、私の剣が好きだって言ってくれたじゃない」
「そうだっけ」
「そうよ。だから、一応見せておこうかなって」
「なるほど」
「でも、まだ足りないのよ。私にはもっと、力がいる」
「へー」
「なぜ? って聞きなさいよ」
アレクシアが僕を睨んだ。
「別に知りたくな――」
「私は、ローズ先輩を守れなかった。オリアナ王国は今大変なことになっていて、先輩もきっと苦しんでいる。だから、力が必要なのよ……」
「……なるほど」
そういえばローズ先輩って結局逃げ切れたのかな。元気ならいいけど。
「最近は姉さんも落ち込んでて……あまり、うまくいっていないのよ。この日常の裏側で、世界は常に動いている。立ち止まっていたら、すぐに置いていかれてしまう……」
そう、この日常の裏側で、僕は動いているのだ。
「もう、部外者ではいたくないのよ。不思議ね……自分の意思で動くようになって急に早く時が進むように感じる」
「そんなものさ」
「あなたは気楽そうでいいわね。ま、今日はありがとう。あなたがずっと気楽でいられることを願っているわ」
彼女はため息交じりにそう言って、僕は道場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
道場を出ると、外はもう日が暮れていた。
冬の夜は寒くなる。足早に寮へと帰宅した僕は、ジョン・スミスに変装し人気のない場所へ向かう。
そこに、茶色の猫耳の獣人がいた。彼女の名前はナツ、ユキメの側近の一人だ。
「それで、要件は」
僕は彼女の後ろに突然現れて言った。
ナツはビクッと慌てて振り向いて、その猫みたいな目で僕を見る。
「ジョ、ジョン様、あまり驚かせないでください」
「驚かせたつもりはない……」
背後に突然現れる演出をしたかっただけなんだよね。
「それで、要件は?」
僕が尋ねると、ナツは待っていましたと言わんばかりに笑みを深めた。
ユキメの側近はナツとカナの二人。ナツとカナは姉妹だが、実はあまり似ていないのだ。
ナツは茶色の猫耳の大人っぽい女性で、カナは黒い猫耳の少女だ。
ナツはその茶色の猫耳をヒクヒクと動かしながら言う。
「例の物が完成しました」
「そうか……」
ついに来たか!
僕はこれから始まるジョン・スミスのストーリーに胸を躍らせた。
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