第120話 シュシュシュシュシュッ!!

 雨の夜。月は雲に隠れ、外からは雨音が聞こえて来る。


 ミツゴシ商会の一室で、二人のエルフがソファーに座っている。


「アルファ様、大商会連合の紙幣の流通はこのようになっています。発行当初から増え続け、王都の経済にも影響が出ています」


 藍色の髪に深い青い瞳のエルフ――ガンマは紙に書かれたグラフを見せながら話す。


「危ういわね……」


 アルファと呼ばれた白金の髪のエルフは険しい顔で呟いた。暖炉の光で彼女の美しい髪が輝く。


「半年はもたないだろうと予想しています」


「でしょうね……厄介な相手よ。彼らはミツゴシ商会の敵であってシャドウガーデンの敵ではない」


「はい。ミツゴシ商会とシャドウガーデンとの繋がりが表沙汰になるわけにはいけませんから」


「あまり派手な真似はできないわ。ただ潰せばいいわけじゃないんだけど、デルタは分かってくれないでしょうね……」


「あの犬は盗賊の相手だけさせとけばいいのです」


「もう少し考えて動けるようになってほしいのよ」


「無理でしょう。首輪をつけて引っ張るしかありません」


 アルファは溜息を吐いて、脚を組み替えた。


「大商会連合が破綻するまで遅くとも半年。当然彼らも危険性は理解しているはずよ。仕掛けてくるわね……」


「はい。その後の対応も含めて――」


 その時、部屋の扉がノックされた。


「入りなさい」


「失礼します」


 入ってきたのはダークブラウンの髪の少女、ニューだった。


「お話し中失礼いたします。侵入者です」


「あら……仕掛けてきたわね」


「まずは挨拶といったところでしょう。私にお任せください」


 ガンマが自信に満ちた顔でソファーから立ち上がった。


「え、いいけれど……あなたが?」


「はい。目にもの見せてくれましょう。ニュー、行くわよ」


「はっ」


 一礼して退出する二人を、アルファは不安そうに見送った。


「ニューが付いているし大丈夫よね……」


 そう言って自分を納得させるように頷いた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 暗闇の廊下を黒装束の男が走る。小さな足音は、外の雨の音でかき消される。


 俊敏な身のこなしの彼は『四つ葉』の長で、『一葉』と呼ばれる凄腕の魔剣士である。


 彼は『二葉』『三葉』と共にミツゴシ商会へ侵入した。『一葉』である彼の仕事は単独での機密書類の回収である。『二葉』は複数の部下と共に破壊工作を、『三葉』は略奪と重要人物の誘拐をそれぞれ担当している。


 商会の奥へと進む『一葉』は、正面から歩いてくる人影に気づき足を止めた。


 暗闇の廊下を歩いてくるのは藍色の髪の美しいエルフ。ミツゴシ商会の商会長だった。


 誘拐の担当は『三葉』だが――まぁいい。『一葉』は彼女を気絶させ回収することを選択した。


 彼の動きは速かった。


 暗闇の中、音もなく標的の背後に接近し、彼女の首を手刀で打った。


「いたっ!」


「え?」


 ギロッと彼女が振り返った。


『一葉』は慌てて距離を取る。完全に不意を突き意識を刈り取ったはずだ。


「いたいじゃない。私の不意を突くとは、なかなかやるわね」


 彼女は首をさすりながら不敵に微笑む。痛いと言いながらも、その様子はノーダメだ。


「せっかくお越しいただいたのですから、最大の歓迎をもってお迎えいたしましょう。私はガンマ。あなたの命を刈り取る者です!!」


 ガンマはそう告げて、漆黒の刀を出現させた。


 そして身体強化し、『一葉』との距離を一息で詰める。


 速いッ!!


 彼女の動きはただ単純に速かった。


 しかし、『一葉』はたったそれだけの動きで見抜いてしまった。


 この女――ただ速いだけのど素人だ!!


 ガンマの動きは無駄にドタバタしているのだ。


「シュッ!!」


 と息を吐いてガンマは刀を振るう。


 力みすぎで無駄だらけの動き。


 しかし無駄に速く、そして何より――なんだこの無駄魔力はッ!?


 いくら速くとも、これだけモーションが大きければカウンターを合わせることはできる。しかしガンマの刀には魔剣士数人を余裕で吹き飛ばせる魔力が込められていたのだ。


 触れたら死ぬ。


 しかも素人のブンブン攻撃でモーションは大きいのに読み辛い。


『一葉』はもう過剰なほど大げさにガンマの刀を避けた。


「私の刀を避けるとは、やりますね。その流麗な動き、西国の剣術『リヒテンラワー流』ですね」


「なッ!?」


 見破られた!?


 たった一目みただけで見破る凄まじい観察眼。


 ただのど素人が、偶然か、否か。


「流派が分かれば対応も容易い。行きます」


「ッ!」


『一葉』は警戒を強めた。


「シュッ!!」


 という声と共に、ガンマが斬り込む。


 凄まじい速さの踏み込み。


 しかしドタバタしているため非常に見やすい。


 そして、そこから凄まじい威力を秘めた一撃が繰り出された。


「なッ!?」


 その一撃を、一言で形容するなら――まるで成長していない!?


 流派を見切ったといったのに、全く変わっていない!!


 もう『一葉』は体に染みついた反射的な動きでガンマの首を切り裂いた。


 しかし。


「いたっ!」


「え?」


 傷一つ付かなかった。


 間違いなく首を切り裂いたはずだ。しかし、なぜ?


 この女の身体はどうなっているのだ!?


「貴様、いったい……」


『一葉』の声が揺れた。


「この私に一撃を入れるとは、さてはあなた達人級の使い手ですね。いいでしょう、全力をもってお相手いたします」


 彼女はその刀身に無駄に魔力を込めた。


 そして。


「シュシュシュシュシュッ!」


 と連撃を繰り出す。


 凄まじい速さ、しかし超大振り!!


『一葉』は距離を取って連撃を躱す。


「シュシュシュシュシュッ!!」


 しかしガンマはドタバタと凄まじい速さで追ってくる。


「な、なんだその無駄魔力は、その掛け声は!?」


「偉大なる我が主の教えです!! 魔力をたくさん込めて叩き斬れと! そして斬るときに「シュッ!」って言うと強そうに見えると!! シュシュシュシュシュッ!!」


「ま、まずい!!」


 ガンマのプレッシャーに『一葉』の脚がもつれた。


 その瞬間、致命的な隙が生まれる。


「殺った!」


 殺られた!


 二人の思考が一致した。


 しかし、現実は一致しなかった。


「ぺぎゃッ!?」


 とガンマが何もないところでコケて、そのまま勢いを殺しきれずにきりもみ回転し壁に突っ込んだ。


 ドゴォッ!!


 と凄まじい音が響いた。


「うぅ……やりますね」


 パラパラと瓦礫を払いのけながらノーダメで壁の中から現れるガンマを見て『一葉』は戦慄した。


 な、なんなんだこいつは!?


「大振りになった私の一瞬の隙を突き、足払いを入れて合気の要領で壁に投げた。違いますか?」


「ち、違う、貴様が勝手に転んだだけだ……」


「安い挑発には乗りません」


 だ、だめだ、この女の相手は無理だ。


 ミツゴシ商会はこんなでたらめな女が商会長をやっているのか!?


 しかし、そろそろ『二葉』と『三葉』の仕事も終わるはず。このでたらめな女も大勢で囲めば無力――そう思ったとき、彼の背後で足音が響いた。


 来た!


「い、いいところに来た、『二葉』『三葉』……なッ!?」


 しかし、そこにいたのは『二葉』でも『三葉』でもなかった。


 そこにいたのは薄く微笑んだ少女。


 そのダークブラウンの髪の少女は、コツコツと歩いてくる。その手に、二つの塊を抱えて……。


「『二葉』『三葉』とはもしかして――コレのことですか?」


 彼女は手に持った二つの塊を投げ捨てた。


 床を転がり『一葉』の足元で止まったそれは、まだ温かい生首だった。


「な……『二葉』『三葉』……」


 それは紛れもなく『二葉』と『三葉』の首だった。


 しかし二人を始末した少女は、一見するとただのミツゴシ商会の従業員にしか見えない。


『一葉』はミツゴシ商会に、何か得体のしれないものを感じた。


「あらニュー、早かったじゃない」


「そ、そうでしょうか……」


「でも、気を付けて。この男、世界有数の達人よ……」


「え……本当ですか……?」


 ニューと呼ばれた少女は、疑惑九割の目で『一葉』を見据える。


 その瞳は「お前ホントに強いんか? アァ?」と恫喝しているかのようだった。


『一葉』はこの底知れない少女に恐怖した。本能で、このダークブラウンの髪の少女には勝てないと察したのだ。


『一葉』はつい反射的に首を横に振った。


「……本人は否定していますが」


「騙されないで。彼は『リヒテンラワー流』の達人でありながら合気を極めた男よ」


「それはすごいですね。ぜひ見せてもらいましょうか……」


 ニューが刀を抜いた。


 ま、まずいッ!


 一葉は反射的にガンマに襲い掛かる。前門のわけわからん奴と後門の龍なら、前門の方がマシだ。


「決着をつけましょう! シュッ!!」


 ガンマの刀が振られる。


 しかし『一葉』はもう完全に見切っていた。


 彼はガンマの間合いの直前で停止し、カウンターを狙う。


 その、はずだった。


「ぺぎゃッ!?」


 と、彼女がコケなければ。


「え?」


 そして彼にとっては運悪く、ガンマはコケた拍子に刀を手放していて、その刀は高速回転しながら『一葉』を両断していった。


 ブンブンブンと音を立てながら刀が飛んでいき、『一葉』は床に崩れ落ちた。


「うぅ……しまった」


 ガンマが顔を上げて状況を把握し、微妙な顔のニューと目が合った。


「お、奥義『捨て身大車輪』……!!」


 それが、ガンマにできた唯一の抵抗だった。


「さ、さすがガンマ様です!!」


 そして、彼女はいい部下を持っていた。


 パチパチと乾いた拍手を聞きながら、『一葉』の意識は完全に途絶えた。

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