第103話 何すりゅッ!?
二人は巨大鉈を左右に跳んで避けた。
巨大鉈がそのまま床を粉砕し、瓦礫が飛び散る。
『暴君』は瓦礫の中から鋭い眼光で二人の標的を睨み、そして近くにいたクレアに狙いを定めた。
彼は豪快に踏み込み、その太い両腕で巨大鉈を薙払う。
だがクレアも『暴君』の動きをよく見ていた。
『暴君』は力強さと速さを兼ね備えている。しかし、武器の特性上モーションが大きい。いくら速かろうと、クレアなら意識していれば見切ることもできる。
はたして、クレアは『暴君』の一撃を剣で受け流した。
だが想像を遥かに超える衝撃の重さにクレアは表情を歪め、彼女の反撃がほんの一瞬遅れた。
そして『暴君』にはその一瞬で十分だった。
「剣士ってのはどいつも同じ動きをするなぁ……!」
『暴君』はいつの間にか巨大鉈を片腕で持っていた。そして空いた片腕で、クレアの顔面を殴りつける。
「クレアッ!!」
援護に動こうとするミリアを、『暴君』は視線で牽制する。
クレアは吹き飛ばされて床を転がり、しかし何事もなかったかのように立ち上がった。
そして、彼女は血を吐いた。
「いった~。口の中ざっくり切ったじゃない……」
クレアは『暴君』を睨みつける。
『暴君』は片眉を器用に持ち上げて笑った。彼の腹部には、なぜか浅い切り傷があった。
「だいたいの奴はこの一発で終わりなんだがな。てめぇ、慣れてやがるな?」
「できの悪い弟がいるものでして」
クレアは口から血を垂れ流しながら真っ赤に染まった歯を見せつけて笑う。
クレアは顔面を殴られながら衝撃を殺し、そして『暴君』の腹を斬りつけたのだ。
クレアは動きを確かめるかのように素振りして、血の混じった唾を吐いた。
「暴力だけの男ね。あなたには技が無い」
クレアはそう強がるが、それほど余裕があるわけではない。口内の傷は深く血を垂れ流し、殴られた衝撃で頭がくらくらする。相打ちを選択したのは失敗だった。一発の重さが違いすぎる。
「あぁそうさ、武術を習ったことはねぇ。俺には必要なかったからなぁ!」
そして、彼はクレアに襲いかかった。
『暴君』の強さは天性の身体能力の高さと魔力量の多さ、そして圧倒的な戦闘センスにある。彼の戦いに技は必要ない。彼にとって技は足枷にしかならないのだ。
その力任せの斬撃を、クレアは再び受け流そうとした。
しかし巨大鉈を受けたクレアの身体が流れた。
足元が覚束ない。脳にダメージが残っていたのだ。
「――ッ!!」
その隙を見逃す『暴君』ではなかった。
彼の巨大鉈が大きく振りかぶられ……。
「言っただろ。俺は勘がいいんだ……」
薙ぎ払った。
その一撃はクレアの身体を大きく外れ、彼女の横を凄まじい速度で通り過ぎた。
そして、大量の血飛沫がクレアの横顔にかかった。
「……え?」
クレアは無事だった。
しかし彼女が横を見ると、そこに腹を切り裂かれたミリアがいた。
ゴボッ……と。
彼女は血を吐き跪く。
「ミ、ミリアッ!!」
「剣士ってのは本当にどいつも同じ動きをする。そいつは俺が油断する瞬間をずっと待っていて、俺はそいつが殺しに来る瞬間をずっと待っていた……ま、そういうことだ」
『暴君』はその凶悪な顔で嗤った。
力なく跪いたミリアに、クレアは涙目で駆け寄った。
「ミリア……あぁ、そんな……」
ミリアの傷は内臓に届いている。致命傷だった。
無駄だと分かりながらクレアはミリアの傷口に手を添えて魔力を流し込む。
しかし、その手をミリアが拒んだ。
「ゴホッ! 血を……ゴホッ」
ミリアはクレアを見つめて、血を吐きながら何かを訴える。
「ミリアッ、動いちゃダメ……!」
だがミリアはクレアの手を力強く握りしめ必死に訴える。
「クレア……ごめん……血をッ……吸わせて」
そして、ミリアはクレアの唇に吸い付いた。
「む、むぐぐッ!?」
クレアの目が驚愕に見開かれた。
ミリアはクレアの唇に吸い付き、そこから流れ出る血を吸い取る。
ミリアの目が赤く染まった。
「何すりゅッ!?」
クレアがミリアを引き剥がす。しかし、そこにはもうミリアはいなかった。
「え!?」
「ぐッ!?」
クレアの驚愕と『暴君』の苦痛の声は同時だった。
クレアが振り返ると『暴君』は腕を切り裂かれて上を見上げていた。
「上……? え、ミリアッ!?」
ミリアは宙に浮いていた。その瞳は赤く輝き、口からは鋭い犬歯が伸びている。
彼女の腹の傷は完全に塞がっていた。
「そういうことか……おもしれぇ」
『暴君』は肉食獣のように笑い、ミリアは悲しそうに笑った。
そして、『暴君』の巨大鉈とミリアの剣が激突した。
その力は――互角。いや、僅かに『暴君』が優勢か。
「悪くねぇ……!」
「ッ!!」
互いに火花を散らしてせめぎ合う。
しかし次の瞬間――間の抜けた声が均衡を破った。
「えいっ!」
その掛け声と共に、クレアが自分の剣をぶん投げた。
「ちょ、まッ!?」
剣は一直線に『暴君』へと向かい、彼は咄嗟に身をよじって避ける。
体勢を崩した彼はミリアの力を受けきれず吹き飛び、そのまま凄まじい勢いで壁を突き破った。
そして、運が悪いことにそこは外だった。
足元には何もない。彼は自由落下した。
「のおおおおおおおおおああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
と叫び声が遠ざかっていった。
後にはミリアとクレアが残った。
クレアは投げた剣を拾い、ミリアはそれを俯きがちに見ていた。
クレアが剣を鞘に納め、二人は気まずい空気の中で見つめ合う。
「ミリア……大丈夫なの?」
クレアがまずおずおずと話しかける。
「大丈夫。その……ごめんクレア」
「いや、まあ、うん、いいけど……その、ミリアが隠していたのってもしかして」
「うん、私は吸血鬼……」
「そっか……」
「全部話す。私が何者で、何が目的なのか。そして『血の女王』の真実を……」
そして、ミリアは悲しい瞳で話し出した。
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