第100話 怪獣大戦争

 三人は視線で互いを牽制する。


 ユキメは澄んだ水のような瞳で、ジャガノートは黒い猛禽類のような眼光で、そしてシャドウは赤く光る無機質な目で。


「シャドウ……? どこかで聞いた名だな」


「外で噂の謎の武装勢力シャドウガーデン。そこの首領の名前どす」


「あぁ、思い出した。こいつがあのシャドウか」


「眉唾な噂どしたけど、僅かなれども噂される実力はありそうやなぁ」


 二人の鋭い視線に曝されるシャドウは、しかし気にした様子もない。


 風が吹きシャドウの刀が鳴れば、ユキメは鉄扇を開き、ジャガノートが巨大鉈を担ぐ。


 無言の牽制がしばし続いた。


「このまま三人でお見合いか? それともデスマッチでも始めるか?」


 沈黙を破ったジャガノートだった。


「ならわっちはシャドウはんと組ませてもらいんす。なぁ、シャドウはん」


 ユキメは色っぽい目つきでシャドウを見つめた。


「おっと、糞狐には気をつけろ。気を許すと寝首を掻かれるぜ」


 ジャガノートが鼻で笑う。


「くだらん」


 その空気の中で、シャドウはいともたやすく背中を向けた。


「『赤き月』が上り暴走が始まった……。貴様らに付き合っている時間は無い」


「ハッ、余裕じゃねぇか」


「なんか知っとるみたいやな。『赤き月』……昔どっかで聞いたことがあるような……」


「ババアは物忘れが激しくて困る」


「黙りなんし。シャドウはんのいう通り、ここで争うても無駄やわ。わっちもうちの子がグールにやられて腹立たしい。アンタかてそうやろ?」


「てめーと一緒にするな。無法都市に三本も塔はいらねぇ。そろそろ一本減らしてもいいと思っただけだ」


「せやったら今は『血の女王』に集中しんしょうか」


「ハッ、あばよクソババア。次は殺す」


 ジャガノートはユキメとシャドウを睨み、そのまま立ち去った。


 ユキメはジャガノートが去ったのを見届けてシャドウを呼び止める。


「待ちなんし。シャドウはん、実はぬしのこと知っとったんや。わっちはここで色町をやっとりんす」


 シャドウは横目でユキメを見た。


「そこの娘たちが何人もシャドウはんに助けられたみたいでほんまお世話になりんした。よかったら今度ぜひお礼したいんどす」


「礼などいらん……助けたつもりもない」


「みんなほんま感謝しとりんしたのに。謙虚なお人どすな。わっちはいつでも待ってますさかい気が向いたらぜひ『白の塔』へ来てくんなまし……」


 そしてユキメは一礼する。


「ほな、また後で」


 そして艶っぽく微笑んで、ユキメは『紅の塔』へ向かい、シャドウも姿を消した。


 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




『番犬』は『紅の塔』で獲物を待っていた。


 扉の前で痩せこけた身体を抱えるように座り、頬を引きつらせて醜く笑う。


 彼はかつて『白い悪魔』と呼ばれる殺人鬼――いや、騎士だった。


 とある国で騎士団長をしていた彼は、白い制服を身に纏い白く美しい髪を靡かせて市民を守る理想の騎士に見えた。


 しかしその正体は夜な夜な街で人を斬り続ける殺人鬼だった。彼はただ、生まれながらにして人を斬ることが好きだった。赤い血と、悲鳴、そして絶望の顔。他人の命を奪うことで、自分が生きていることを実感できた。


 だがある日、同僚に彼の犯行が発覚する。その瞬間、彼は『白い悪魔』となった。


『白い悪魔』は一夜にして騎士団全員を斬殺し、逃亡。逃亡先でも殺人を繰り返し、ついに無法都市へとたどり着いた。


 怖いものなどなかった。自分が生存競争の頂点に立っていると思っていた。


 しかしその幻想は『紅の塔』に挑み打ち砕かれた。『白い悪魔』と呼ばれ恐れられた男が、クリムゾンに何もできず敗れたのだ。彼は一方的に嬲られて、無様に許しを請うた。


 そして今は『番犬』をしている。


 人を殺す自由さえ奪われた。


 人を殺めることが生きがいだった彼は生きる理由を失った……。


 しかしそんな彼に、人を殺す絶好の機会が訪れる。


「ヒヒッ……」


『赤き月』が始まり吸血鬼の多くは塔から出た。


 彼の行動を見咎める者も残っていない。『赤き月』が続く間は自由に殺せるのだ。


 だから『白い悪魔』は獲物を待っていた。『番犬』としてではなく『白い悪魔』として、ただ殺すための獲物を待っていた。


 魔剣士協会が『血の女王』を討伐すると噂されている。誰かこの『紅の塔』に辿り着いてくれと、『白い悪魔』は祈るような気持ちで獲物が来るのを待った。


 そして。


 荒々しい足音が響き、念願の獲物が訪れた。


「ヒッ……ヒヒッ?」


『白い悪魔』が大喜びで顔を上げると、そこにいたのは褐色の巨悪だった。


 全身を躍動するしなやかな筋肉と、身の丈を超える巨大な鉈。


 鋭い眼光は『白い悪魔』を睨み、圧倒的な暴力がそこにある。間違いない、無法都市の支配者の一人、『暴君』ジャガノートであった。


「邪魔だどけ」


「ヒッ……」


『白い悪魔』は一瞬で視線をそらし扉を譲った。


『白い悪魔』は自分より強い存在がいることを理解しているのだ。無法都市の支配者とその幹部には絶対に手を出してはいけない。彼はクリムゾンに挑みそれを学んだ。


「邪魔くせぇ」


『暴君』は扉の前に立つと、そのまま巨大鉈を薙ぎ払い扉を破壊した。


「ヒッ!?」


 彼は『暴君』を身を縮めてやり過ごし、そして無残に破壊された扉を見る。


 鉄で補強された分厚い扉だ。魔剣士でもこれを破壊するのは容易ではない。それをたった一撃で破壊した男が『紅の塔』に入っていった。


 これから何が始まるのか、『白い悪魔』は怖くなった。


 その時、背後から足音が聞こえた。


 控えめで、柔らかなその足音は、間違いなく女のモノだ。 女の肉は柔らかくていい。


『白い悪魔』は凶悪な笑みを浮かべて振り返った。


 そこにいたのはこの世のものとは思えない妖しい美しさの美女だった。


 艶やかな白銀の髪に先が黒い狐耳。そして着物の帯に二本の鉄扇を差している。


 そこまではいい。


 しかし、彼女の背後にはゆらゆらと九本の狐尾が揺れていた。


「ヒッ!?」


 間違いない。無法都市の支配者の一人、『妖狐』ユキメである。


「どきなんし」


「ヒヒッ!」


『白い悪魔』は言われる前にどいた。彼では逆立ちしても勝てない超大物だ。彼は隅で震えて『妖狐』をやり過ごし『紅の塔』を見上げた。


『暴君』と『妖狐』が入ったこの塔は大丈夫だろうか。怪獣大戦争が始まるのだろうか。


 その時、背後で足音が響いた。


 コツコツと響くその足音に『白い悪魔』は嗤った。


『暴君』と『妖狐』が来て、それ以上の存在が来ることはもう在り得ない。


 案の定、そこにいたのは見覚えのない黒ずくめの男だった。


 漆黒のロングコートを身に纏い、フードを深く被り顔は仮面で隠している。


 しかしこの男、その佇まいから実力が読み取れない。『白い悪魔』ほどの実力者になれば、戦う前に相手の実力は大体読み取れるものだ。しかしこのロングコートの男からは一切の実力が読み取れなかった。


 だが『暴君』と『妖狐』に比べれば大した問題でもない。


「……ヒヒッ!!」


 黒ずくめの男が間合いに入ったと同時に『白い悪魔』は斬りかかった。


 殺った。


 そう思った次の瞬間、『白い悪魔』は夜空を見上げていた。


「ヒッ……?」


 訳が分からず辺りを見回すと、彼の下半身がまだ立っていた。


 彼の下半身は、上半身から切り離されて血を噴きながら崩れ落ちる。


 その時ようやく、『白い悪魔』は自分が両断されたことに気づいた。


「ヒッ……ヒッ……」


 彼を両断した黒ずくめの男はそのまま『紅の塔』に入るかと思いきや、塔の壁に足をかけてそのまま壁を垂直に走っていった。


「ヒッ!?」


『白い悪魔』は血を噴きながら目を疑った。


 しかしこれで終わりではない。黒ずくめの男は塔の途中で突然止まり、壁をぶん殴って大穴を開けてその中に入っていったのだ。


 むちゃくちゃだ。


『白い悪魔』は自分が絶対に手を出してはいけない生物に手を出してしまったことを知った。


「ヒ……ヒ……」


 そして命が絶える寸前で「そういえばあの辺りに宝物庫があったな」と思った。

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