第60話 パズルのピース

 気が付くと、シドは暗闇の中にいた。


 目を凝らしても何も見えない、どこまでも続く黒。


 上下も、左右も、自分すら曖昧になっていくような、暗闇の中に何かが浮かび上がった。


 それは鎖に拘束された、醜い左腕だった。


 それはずっと遠くにあるように見えて、手を伸ばせば触れるほど近くにあるようにも感じる。


 唐突に、鎖が砕けた。


 粉々に落下していく破片。


 自由になった左腕は、シドを掴むように手を伸ばす。


 シドは漆黒の刀を構え、そして……。


 世界は光に包まれた。


 シドは早朝の森に立っていた。そこは、彼が扉に入ったのと同じ場所だ。


 辺りを見回すが、あの左腕はどこにもない。眩しい朝日が目に入って、彼は目を細めた。


「心臓を貫かれても、無事なのね」


 背後から声をかけられた。振り向くとそこに、どこか朧げなアウロラが立っていた。


「心臓をズラしたんだ。でも、少し疲れた……」


 彼は朝空に溜息を吐いて、木に寄りかかり座り込んだ。


「びっくり人間ね。私なんかより、ずっと」


 アウロラは彼の傍らに座り、その胸の傷に触れようとした。


 アウロラの手には血が付かなかった。彼女の手は彼に触れることができずに通り過ぎたのだ。


「消えるんだね」


「そうみたい」


 二人は座って美しい朝日を眺めた。


「あなたを呼んだのは私。嘘つきでごめんなさい」


「いいよ」


「ほかにも、嘘をついたわ」


「いいよ」


 小鳥のさえずりが聞こえてきた。朝露が光り、輝いた。


「ずっと早く消えてしまいたいと思っていた。全てを忘れたかった」


「うん」


「でも、忘れたくない記憶が、一つだけできたの。たとえ私が消えても、この記憶だけは忘れずにいたい」


 そして彼女は微笑んだ。


「大切な記憶を、ありがとう」


 そして消えていく。無理やり作った笑顔が悲しかった。


「僕も楽しかったよ。ありがとう」


「あなたがもし、本当の私を見つけたら……」


 シドの頬に手を添えて彼女は言った。でも、彼にはもう、彼女の姿が見えなかった。


 そこには誰もいない、静かな朝がずっと続いていた。


「私を殺して、か……」


 彼はアウロラが残した言葉を呟いて、自分の頬に触れた。彼女の温もりが、まだそこにあるような気がした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 アルファとイプシロンは、山頂からリンドブルムを見下ろした。


 アルファのドレスが風になびき、白い脚があらわになる。


「聖域は消滅しました」


「そうね」


 アルファは目頭を押さえた。


「聖剣の回収は?」


「聖剣は蒸発しました」


 アルファは溜息を吐いた。


「核のサンプルは?」


「核も蒸発しました」


 アルファは頭を振った。


「最もシンプルで、最も確実な解決策。彼らしいわね」


「それを成し遂げられるのが、シャドウ様なのです」


 イプシロンが誇らしげに言う。


「彼の歩く道は、我らが歩く道でもある」


 アルファの美しい金髪が、朝日に反射し輝く。遠くリンドブルムの街を眺めて、彼女は目を細めた。


「それで、ベータは?」


「王女たちを誘導しています。うまくいけば潜り込めるかと」


「そう。聖域の調査は?」


「現段階で可能な調査はすべて終えました」


「教えて」


 イプシロンが話すのを、アルファは聞いた。


 その明晰な頭脳は瞬時に情報を整理していく。


「もういいわ。それで、例の件は?」


「仮説は正しかったようです」


 イプシロンは少し迷い、そして最もシンプルに答える。


「災厄の魔女アウロラ……またの名を、魔人ディアボロス」


 アルファはその青い瞳で、遠くの朝日を見つめた。


「そう……だから彼は……」


 パズルのピースが音を立ててはまった。

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