第53話 か弱い乙女の脱出作戦
ヴァイオレットさんを倒した僕は全力ダッシュで追手を振り切り、念のためリンドブルムも脱出し山中に潜んだ。
しばらくしてもういいかなと、僕は普段の姿に戻りほっと息を吐いた。
これで何とかごまかせただろう。会場は今頃、謎の実力者シャドウの話で持ちきりで、魔剣士学園のモブの事なんて忘れているのだ。
今日は頑張ったから温泉に入ってもう寝よう。そう思って立ち上がった僕の前に、突然変な扉が現れた。
山の中に薄汚れたみすぼらしい扉が浮かんでいるのだ。どす黒い染みはどう見ても乾いた血の痕だろう。
「何これ」
怪しいなんてもんじゃない。さすがの僕も回避余裕である。
僕は踵を返す。
「おい」
さらに反転。
「嘘だろ」
後方にジャンプ。
「マジか」
僕の動きに扉は全力で着いてきた。
距離をとっても、どの方角を向いても、後方宙返り百回捻りを加えても、扉は僕の前に現れるのだ。
ならば仕方ない。
「斬るか」
僕は言葉と同時に抜刀し扉を切り刻んだ。
しかし。
切れた瞬間元通りだ。
僕は刀を納めて考えた。
こんな汚らしい扉を連れて街に戻るのは無しだ。どう考えても目立つ。
そもそもこの扉は何だ。周囲に人の気配もないし、いたずらの類でもなさそうだ。扉の後ろには何もない。
「異世界式ど〇で〇ドアかな」
かなり必死な感じで付いてくるし、つまり僕が入れば解決なんだろう。でも今日は温泉に入って眠りたい気分なんだ。
僕は三十秒ぐらい真剣に考えて答えを出した。
まいっか、さっさと終わらせよう。
薄汚い扉を開くと吸い込まれるような深い暗闇が広がっていた。僕は入った瞬間即死のパターンはやめてね、と願いながら暗闇の中にダイブした。
気が付くと僕は石造りの部屋にいた。
殺風景な部屋だ。扉が一つと、そして四肢を壁に貼り付けられた女性が一人。ヴァイオレットさんだ。
「やあ」
僕は彼女に声をかけた。彼女は僕の方を見て、驚いたように目を見開いた。
そして「……やあ」と僕を真似るように言った。
「さっきぶりね」
「だね。もしかして君が僕を呼んだのかな」
「呼んだ……? そんなつもりはないけど。ただ、楽しかったわ」
「僕もだよ」
「私の記憶は不完全だけど、覚えている中ではあなたが一番強かった。私の時代に、あなたがいてくれればよかったのに……」
「光栄だね」
「それで、あなたはどうしてここに?」
彼女は不思議そうに僕を見つめた。
「突然扉が現れて中に入ったらここだったんだ」
「よくわからないわ」
「僕もだよ。ちなみにここから出る方法とか分かる?」
「どうかしら。私も出た記憶がないのよ」
「さっき僕と戦ったけど」
「気づいたらあそこにいたの。あんなことって初めてよ。覚えている限りね」
「そうなんだ。困ったな」
僕はどうしようか頭を捻って考えた。
扉があることだしまずは先に進んでみようと決めた時、ヴァイオレットさんは唇を尖らせて僕を呼んだ。
「あなたの目の前に四肢を拘束された美女がいます」
ヴァイオレットさんが言った。僕は十字に拘束された彼女を見て頷いた。
「いるね」
「とりあえず、助けてみませんか」
僕は少し首を傾げて、それからどうやら思い違いをしていたことに気づいた。
「ああ、ごめん。修行中かと思った」
「なぜ」
「昔そうやって修業したんだ」
僕はヴァイオレットさんの拘束具を学園支給の剣で壊し解放した。スライムソードは使えなかった。
彼女は気持ちよさそうに伸びをして、どこか懐かしむように微笑んだ。
「ありがと。ざっと千年ぶりの自由ね」
「そうなんだ」
「適当よ。覚えていないから、最低それぐらい」
彼女は薄いローブの乱れを整えて、艶やかな黒髪を右耳に掛けた。それが彼女のスタイルみたいだ。
「さて、私たちの目的は一致している」
彼女は涼しい顔をして言った。
「うん?」
「私は解放、あなたは脱出。そうでしょ?」
「ああ、そうだね」
「協力しましょうか」
「いいけど、脱出の方法は分かるの?」
「分からないわ。でも解放の方法は分かる。聖域は記憶の牢獄よ。聖域の中心に魔力の核があるの。それを壊せば私は解放されるわ」
「君だけ?」
彼女は横目で僕を見て、いたずらっぽく微笑んだ。
「何もかもすべて。あなたも出られるはずよ」
「聖域なくならない?」
「いいじゃない、無くなっても。あなた困るの?」
僕はヴァイオレットさんの問いを頭の中で反芻し考えた。
「よく考えたら困らないかな。それでいいや」
「決まりね。あと気づいていると思うけど、魔力は使えないわ。ここは聖域の中心に近いの。魔力を練るとすぐに聖域の核に吸い取られるわ」
「みたいだね」
以前のテロリスト襲撃事件よりもずっと強力なやつだ。魔力を練るとすぐに消えてなくなる。色々試しているけど、これは少し時間がかかりそうだ。
「問題ない、壊すのは得意なんだ」
「あら、頼もしいわね。ちなみに私、魔力が使えないとか弱い乙女よ。一度ナイト様に守られてみたかったの」
彼女はまたいたずらっぽく微笑んだ。その余裕はとてもか弱い乙女には見えない。
彼女は僕を先導するように進み、迷いなく扉を開ける。
「ねえ、君は解放されたらどうするんだい」
僕はヴァイオレットさんの背中に問いかけた。
「消えてなくなるわ。ただの記憶だもの」
彼女は振り返らなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます