第79話 勝ったな!(確信)

 試合開始と同時に、アンネローゼはジミナの間合いに飛び込んだ。


 彼女はジミナの実力を既に見切っていた。そう、彼の強さの秘密は圧倒的な速さだ。


 元ベガルタ七武剣のアンネローゼですら追いきれないほどの凄まじい速さで相手をねじ伏せる。それがジミナの強さであり戦い方なのだ。


 しかし、その速さに反してジミナの剣の技量は低いとアンネローゼは見抜いていた。


 これまで、ジミナはほとんど剣を交えずに勝利してきた。


 それはなぜか?


 相手がジミナの速度についていけなかった。それもあるだろう。


 しかし、ジミナの姿勢は素人に近いのだ。ほかならぬジミナ自身が剣を交えることを嫌ったとしたら?


 拙い剣が露見することを恐れたのだとしたら?


 つまりジミナは拙い技量を隠すため、剣を交えずに勝利したのだ。


 ならば速さに惑わされなければ勝てる。それがアンネローゼの結論だ。


 一つ憂いがあるとすれば……ジミナが外した重りだ。


 枷を外したジミナがアンネローゼの反応を超える速度を出せるのだとしたら……彼女ですら敗北し得る。


 その、ほんの僅かな憂いを、アンネローゼは試合開始と同時に潰しにいった。


 速度で勝る相手ならば、その脚を止めればいい。


 それで、負けは無くなる。


「ハアアアァァァァァァッ!!」


 一瞬で間合いに入ったアンネローゼは、気合と共にジミナに斬りかかった。


 完全に不意を突いた一撃。


 しかし、アンネローゼの剣はジミナに防がれた。


 やはり、速い。


 普通では防御すら間に合わないタイミングの剣撃を、ジミナは防御してみせたのだ。


 しかし、彼の脚は剣を防いだせいで完全に止まっている。


 これこそが、アンネローゼの狙い。


「シィィィッ!!」


 脚を止めたジミナを、再度アンネローゼの剣が襲う。


 ジミナはまたも防いでみせるが、アンネローゼの怒涛の連撃に速度を活かす暇がない。


 さらに3度、4度、5度、アンネローゼの剣がジミナの防御を叩き、ついにジミナの体勢が乱れた。


 勝った!


 アンネローゼは確信し、ジミナの胸を突いた。


 確かに突いた……はずだった。


「え……?」 


 彼女の剣に、手応えはない。


 それどころか、ジミナの姿が視界から忽然と消えていた。


「……残像だ」


 背後から、彼の声が聞こえる。 


 アンネローゼの肩が震えた。


 落ち着け。


 彼女は、あえてゆっくりと振り返る。


 動揺している。動揺を悟られるな。自分にそう言い聞かせながら。


「思ったより速いのね……」


 その声は普段通りだった。少なくとも彼女はそう思った。


 そして、ジミナを視界に収め考える。


 どうすればいい?


 彼の速度はアンネローゼの反応を遥かに超えている。


 この速度差を覆すにはどうすればいい?


 考えろ。


 考えろ……!


 考えろ…………!!


「えッ……!?」


 気づけば、ジミナの姿が消えていた。


 アンネローゼは考える前に動いた。


 その時、僅かな空気の揺れに反応できたのは、技術でも経験でもなく、ただの幸運だった。


 ガキィッッ!!


 と、凄まじい衝撃と共に、アンネローゼは吹き飛ばされた。


 暗転しそうになる意識と、転げ落ちそうになる剣を、必死に繋ぎ止め彼女は立ち上がった。


「くぅッ……!」


 苦痛の喘ぎが漏れる。


 ジミナは視線の先で、剣をだらりと下げてただ立っていた。


 構えもせず、追撃もない。


 アンネローゼはそれを、傲慢だとは思わなかった。


 彼にはそれだけの実力がある。


「認めましょう。アナタは強い」


 アンネローゼは乱れた息を整えて、覚悟を決める。


 ジミナはただ純粋に、圧倒的なまでに、速い。


 アンネローゼはそれを理不尽だとは思わなかった。それも、一つの強さだ。


 そして、彼女は自分が勝てないとも思わなかった。


 勝算は低い。しかし、まだゼロではない。


 相手がただ速いのであれば……彼女はそれに合わせればいい。


 カウンター。


 ジミナが攻撃する瞬間こそが、彼女に残された最後の勝機だ。


 問題は、果たしてジミナの速度に反応できるのかだ。


 先の一撃を防いだのは幸運以外の何物でもない。


 もう一度、同じことができるとは思えない。


 ならば幸運ではなく実力でもぎ取ろう。


 反応できないのであれば経験で。


 経験で及ばないなら勘で。


 手段は何だっていい。


 ただタイミングさえ合えば……後は今まで積み上げてきた技術で斬り伏せるのみ。


 アンネローゼは静かに、しかし極限の集中で、時が来るのを待った。


 そして。


 前触れは、一切なかった。


 ジミナの姿が忽然と消えた、その瞬間……いや、その直前にアンネローゼは剣を振った。


 そこには、まだ誰もいない。


 しかし、次の瞬間。


 勝った!


 ジミナが現れた。


 アンネローゼは勝利を確信した。


 彼女の剣は、ジミナの動線上に置いてある。


 この速度で避ける術は無い。そう思われた。


「え……?」


 アンネローゼは呆然と、彼の動きを眺めた。


 彼は止まったのだ。


 予めそう決めていたかのように、アンネローゼの間合いの寸前で止まった。


 アンネローゼの剣が、彼の鼻筋を掠めて空を斬る。


 偶然ではない。


 それは、極限の間合い管理。


 凄まじいほどの見切り。


 アンネローゼは彼の攻撃に合わせたと思った。だが実際は違う。逆に合わせられたのは、アンネローゼだった。


「そっか……」


 彼女はこの瞬間理解した。


 一瞬の攻防で、すべてが確信に変わった。


 彼は、ジミナ・セーネンは……その技量も遥か高みにあったのだ。


 そして、死に体のアンネローゼにジミナの剣が迫る。


 その剣は、今日一番遅かった。


 しかし、その剣は……技を極め芸術にまで昇華されていた。


「ぁぁ……」


 なんて美しいのだろう。


 その記憶を最後に、アンネローゼの意識は暗転した。

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