第66話 まずはそのふざけた幻想をぶち殺す

 亡くなった母の姿、父の姿、そして満面の笑みを浮かべる悠人の姿……目の前に広がる光景は、紛れもない自分の望んでいた”理想の世界”だった。


 もう見ることのなかったであろう失ったはずの暖かい空間がそこにはあった。



 しかし、ここが作られた世界だということを、息吹はすぐに理解することができた。


 死んだ人間はどれだけ望もうと二度と帰って来ることはない……況してや、失った時をやり直すなど、それは叶わぬ願いだと彼女は誰よりもわかっていたからだ。



 ……だが、たとえそうだと頭の中では理解していても、確かにそこに存在する父と母の姿に、鼓動の高鳴りが治らない。



 夢でも何でもよかった。


 もう一度……あともう一度だけでいいから会いたいと願い続けた両親が、今、自分の目の前にいるという事実に、息吹は胸に秘めた想いを抑えきれないでいた。

 



「……ああ、おはよう。お父さん、お母さん……!」




 そう幻の両親に返事を返すと、無意識のうちに、息吹はこれまでにないほどの柔らかい笑顔を浮かべていた。


 親と交わすたわいもない挨拶ですら、あの日を境に、彼女にとっては憧れのものとなってしまっていた。



 ”このひと時を、もう少しだけ”……偽りのものと知りながら、心のどこかで徐々に魅了されていく息吹の感情は、自ら”夢の空間”へとその足を踏み入れていった。




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「……わかりましたわ……ええ、ありがとう東堂。引き続き調査をお願いしますわ。では……ハァ……」



 通話を切ると同時に、ユリカは深いため息を吐く。



「東堂からの連絡では、まだ息吹は見つかっていないようですわね……」



 東堂からの連絡を受けたユリカは、LDMによる全面捜索にも関わらず未だ発見されない息吹の報告に苦い表情を浮かべていた。



「そんな……私なりにも色々探してみたけど、これだけ探してみつからないとなると……やっぱり風菜の予想通り、息吹はもう……」



 つい弱腰になる沙耶のネガティブな発言に、辺りにはしばらく沈黙が続く。



 突然姿を消した息吹を探し出そうと奮闘する魔法少女達は、学校を途中で抜け出し、一度拠点である白爪邸の庭園へと場所を移していた。



「ゴッドフリート本人はともかく、あいつの使う魔法自体は本物だ……風菜の読みが当たっていたとして、問題はどうやってあの空間から息吹を助け出すかだな……私は2回、”息吹と初めて会った時”と”ドボルザークと戦った時”に奴の創り出した”世界”を体験したことがあるが、記憶では内部から脱出できそうな欠陥は全くなかった……」


「ああ、そうじゃろうな……彼奴の創り出す空間はおそらくこことは違う、完全に独立した別空間……さらにはあそこにいる限り、外部からの干渉は一切受けないときたものじゃ……さて、どうしたものかのう……」


「……ったく、厄介なことになったぜ、こりゃ……」



 侵入を一切許さない鉄壁の監獄(プリズン)。


 考えれば考えるほど、救出は不可能と感じられしまうこの状況に、魔法少女達は頭を痛く悩ませる。



 と、事を聞きつけやって来たニューンが、みずきと風菜の話に対して、ゆっくりとその小さな口を開いた。




「……可能性として、あくまで可能性の話だけど……今の君達ならば、もしかすればゴッドフリートの生み出した空間の中へ入り込むことが出来るかもしれない……!」




 ニューンのその言葉に、一同は暗く曇っていた顔を一斉に上げた。



「それ、本当か!?少しでも可能性があるなら何だって構わない……ニューン、一体どうやったら息吹を……!!」


「……一刻を争う事態だ。口で説明するより、実際に試してみるのが最善だろう……みんな、僕についてきてくれ」



 そう言われると、魔法少女達は迷わずニューンの言葉に従い、彼の周りに集まった。



「それじゃあ行こう……テレポートッ!」



 ニューンが声を張り上げると、瞬間、4人の少女達を引き連れ、全員がその場から姿を消した。




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「さあ、着いたよ」



 ニューンの声にゆっくりと目を開くと、魔法少女達はいつの間にか見覚えのない部屋の中へと移動していた。


 が、しかし、テレビ周りに積まれたゲームソフトの山に、壁や棚に飾られたモデルガンの数々、あちらこちらに放置されたゲーム機にコントローラーと、大量のゲームや銃に埋もれたその光景を目にした瞬間、一同はここが誰の部屋なのか瞬時に理解した。



「ここは……息吹の部屋か……!」



 微かに鼻を掠める彼女の匂いに、みずきは確信を持ってそう言い放った。



「そう、ここは息吹の部屋だ。話を聞いた限りでは、彼女はおそらくこの部屋から別空間へと飛ばされているはすだ……なら、その影響を受けて、この部屋の空間は僅かでも”歪み”を引き起こしている可能性がある」


「歪み……?」


「そう、空間魔法はただでさえ高度な魔法……その中でも最も困難とされる”空間造形”の魔法をあいつは使用したんだ。それだけ強力な魔法を使えば、きっとこちら側の空間にも何かしらの影響が生じているはず……その僅かな”歪み”を利用し、”扉”を無理やりこじ開けることが出来れば、あるいは……」


「別空間への入り口を出現させることが出来る……ってわけか!!」



 そうとわかればと言わんばかりに意気込む魔法少女達は、互いに目を見合わせ、強く頷き合った。



「本来外部からの干渉を受けないゴッドフリートの空間でも、ここの”歪み”を利用すれば突破できる可能性は十分にある……全員、意識を集中させ神経を研ぎ澄ますんだ……今の君達ならおそらく、ほんの僅かだけど、ここから別空間に飛ばされた息吹の魔力を感じ取ることが出来るはずだ。彼女の存在を察知出来れば……互いに干渉し合った空間は反発し合い、その拍子に”大きな穴”を作る……!」



 ニューンの話を聞くや否や、みずき達は肩の力を抜いて、ゆっくりと瞳を閉じた。


 彼の言葉通り、意識を集中させ神経を研ぎ澄ます。深く、深く、限りなくその意識を極限にまで深めていった。



(集中……集中……息吹、ワタクシ達が必ず助けに行きますわ……だから……今少し、耐えていてくださいまし……!)


(何も……何も感じられない……けど、まだ……いや、絶対に諦めない……!真っ暗闇の中でも必ず探し出して見せる……!だって魔法少女は……絶対にこの5人でなくちゃダメだから……そうでしょ、息吹……!!)


(息吹……付き合いが長くなればなるほど、お主の言動にはいつも驚かされるばかりじゃわい……じゃが、アッシはそんなお主をかけがえのない友と思っておる……なかなか口にできん小っ恥ずかしい台詞じゃが……友の危機とならば、迷いはない。全力で助けるのみじゃ……!)



 それぞれ思いを募らせながら、息吹の気配を、魔力を、少女達は探し続けた。


 しかし、いくら意識を集中させようとも、ただ真っ暗な世界が広がるのみで、誰一人彼女を捉えることは出来いでいた。


 だが、それでも、少女達は誰一人、絶対に諦めようとはしなかった。


 何度も、何度も……たとえダメかもしれないと心折れそうになったとしても、その度に歯を食いしばり、ギリギリのところで気持ちを踏み止まる。



(息吹……くそっ!あの時から、あんたを絶対に一人にはさせないって決めてたのにさ……それがこのザマとは、ほんと私はつくづくダメな奴だよな……けど、失態は必ず挽回する。あんたをこんな目に遭わせたゴッドフリートの野郎も、その背後に潜む闇の親玉も、絶対取っ捕まえてぶん殴ってやる!!だから……届け……私の……私達の思いッ!!)



 震えるほどに拳を握り締め、みずき達はその思いを強く念じた。



 と、次の瞬間、脳裏に突然浮かんだ息吹の姿に、みずき達は一斉に目を見開いた。



「息吹ッ!!!!」



 みずきが彼女の名を口にした刹那、辺りは白い光に包まれた。


 眩く放たれたその光は、ニューンを残して魔法少女達をゴッドフリートの創り出した異空間へと飲み込んでいった。



 つぶらな瞳をショボショボとさせると、ニューンは少女達の旅立った後をしばらくじっと見詰めていた。



「どうやら無事成功したようだね……必ず戻ってくると信じているよ、みんな」



 そう小さく口にすると、ニューンは深く息を吸い込み、ボンヤリと息吹の部屋の天井を見上げた。



 誰もいなくなった薄暗い部屋が、やけに広く映って見えた。




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 ふっと目が覚めた時、視界には大きな夕日が飛び込んできた。


 暖かい風が優しく流れる鮮やかな世界。


 夕日に照らされた街並みに、色あせたアスファルトの文字、目に映るもの全てがどこか懐かしさを感じさせるこの空間に、みずき達は無性に目元が熱くなっていった。



「ここに息吹が……」



 そう口に出して呟くと、みずきは息吹を探して辺りをキョロキョロと見渡す。



 と、そんな彼女の目の前を、突然1人の小さな女の子が走って横切って行った。


 咄嗟に体を逸らし女の子をかわすみずきであったが、瞬間、その子どもの靡かせる長い黒髮に、みずきは思わず目を疑った。



「あれって、まさか……!!?」



 不穏な空気に汗が吹き出す。


 通り過ぎて行く女の子の背中を追って、みずきは咄嗟に彼女の肩を掴んだ。


 すると、振り返る少女のその顔に、みずきは芯から驚いた様子で足をフラつかせた。



「なっ……!これって一体……どうなってんだよ……!?」



 みずきの目に映る黒髮の少女……どういうわけか幼い姿ではあるものの、その面影は間違いなく獅子留息吹そのものであった。


 と、みずきの異様な様子を感じ、後を追って来た風菜達もまた、その少女の姿に驚きを露わにした。



「みずき!急に走り出したかと思えば、一体何をしていまして……って、この女の子……まさか、この子が息吹でして!?」


「か、かわいい……じゃなくて!えっ!?だって……どうして息吹が子どもになっちゃってるの!?」


「これは……驚いたのう……いやしかし、この無愛想な顔は間違いなく息吹本人じゃ!一体、何故このような姿に……」



 驚いた表情を浮かべる魔法少女達は、子どもの姿となった息吹の周りを囲むようにしてざわざわと騒つきを見せた。



 それに対し、息吹はまるで凍りついたかのような冷たい目で、じっとみずきの顔を見詰めていた。


 姿こそ子どもであるものの、その曇り切った瞳はまるでかつての彼女を見ているようでならなかった。



「い、息吹……」


「……おねぇさん達、だれ?」


「……ッ!!」



 その素っ気ない言葉が、みずきの胸に鋭く突き刺さる。


 息吹の変わり果てた姿を見たその時からある程度予想はしていたが、よもや記憶すらも失ってしまった彼女に、みずきは言葉を詰まらせた。



 と、しばらく沈黙が続くと、息吹は突然、自分を囲むようにして立つ魔法少女達を強引に押し退け、その場から逃げるようにして小さな歩幅で必死に駆けて行った。



「お父さん!お母さん!変な人達がいる!」



 走り抜いた先、何もないその場所で、息吹は突然何かに縋り付くような、そんな仕草を起こした。


 ……いや、何もないのではない。


 たとえみずき達には見えなくとも、息吹には確かに母親の姿が鮮やかに映って見えていたのだ。



「お、おい、息吹……」


「うん、うん……怖かった……でも、ボクはもう大丈夫だよ。いつもお父さんとお母さんが側にいてくれるから、大丈夫!……うん、うん……アハハ!」


「おい!息吹!しっかりしろッ!!」



 明らかに異常な光景。


 見えないものと会話を続ける息吹の姿に、みずき達は恐怖すら感じていた。



「見えてるのか、息吹には……けど、現実ではあいつの両親はもう……!!」




『その通り……だからこそ、彼女は今、とてもとても幸せな夢を見ている最中なんだよ』




「……ッ!?その声はッ!!」



 突如背後から聞こえてきた声に、みずき達は一斉に後ろを振り返った。


 すると、アスファルトの地面がぐにゃぐにゃと波紋を描き、中からはこの世界を創り出した張本人、ゴッドフリートが現れた。



「ゴッドフリート……!!」


「おっと、そんなに睨みつけるなよ、怖い怖い……こりゃまた、随分と僕は歓迎されていないようだね」



 魔法少女達から向けられる鋭い視線に、ゴッドフリートはやれやれとため息を吐いた。



「ふぅ……もうとっくに気がついているとは思うけど、この空間は獅子留息吹の記憶を元に創られている。ここは彼女の望んだ夢そのもの……今の彼女は辛い現実を忘れて、身も心も子どもに戻っている……どうだい?僕は心にぽっかりと穴の空いた可哀想な彼女に幸せを運んでやったんだよ!」


「ほざけ外道め……!!あんたはあんなものを……あんなものが、息吹にとっての幸せだって言うのか!!ふざけるなッ!!!!」



 ゴッドフリートの吐き出す戯言に、みずきは怒りに拳を震わせる。


 と、彼女を始めとして、魔法少女達は次々と変身アイテムに手をかけ、すぐさま戦える態勢へと身を置いた。



「あらら、まあそうなるよね……それにしても、まさか君達が外部から無理やり僕の空間に入り込んで来るだなんて、正直驚かされたよ……けどまあいいさ。本来は獅子留息吹を人質に君達を誘き寄せるつもりでいたけど、状況が変わった……せっかくだ、こうしてこの世界を創り出した本人が目の前にいるだ。ここで僕を倒せば、空間魔法は解け、獅子留息吹を救えると思うんだけど……さて、君達はどうする?」



 ゴッドフリートの問いかけに、一切の間髪を入れずに魔法少女達は変身を遂げた。



「そんなこと……」


「言うまでもありませんわ!!」


「アッシらは貴様のような外道を絶対に許しわせぬ……!」


「ああそうだ……ゴッドフリート、私はあんたを倒して息吹を救う……このふざけた幻想をぶち壊してやるッ!!!!」



 みずきの荒げた声を合図に、魔法少女達は一斉にゴッドフリートへと飛びかかっていった。


 だが、本来彼にとって圧倒的に不利なこの状況にも関わらず、ゴッドフリートはどこか不敵な笑みを浮かべていた。



「……見せてやる。僕の真の力を……僕は神の名を持つ男!ゴッドフリートだッ!!」



 互いの魔法と魔法が、バチバチと火花を散らして正面から激しくぶつかり合った。







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