第9話 ヒーローの隣には

 静かに揺れるの車内で、風菜の声が辺りに響き渡る。

 

 微かに宙に残った青い光が、風菜のその自信に満ちた表情をより一層輝かせて見せた。



「反撃だと?雑魚が……いきがってんじゃねぇぞ!!」



 ドボルザークは低い声で唸りを上げると、みずきとは反対方向、風菜の方へと飛び出した。



「風菜、魔力を解放するんだ!」



「言われんでもわかっておる……雷迅・ブルートレイン」



 ニューンの呼びかけに応えるように、風菜は小さな声で技の名前を呟いた。


 刹那、先程までドボルザークの目の前にいたはずの風菜が、体に纏った青い閃光の残像を残し

 、ドボルザークの真後ろへと回り込んでいた。



「なっ……馬鹿な、瞬間移動だと!?」



 不意の出来事に困惑していると、突如ドボルザークの胸部からX印の傷口が、青い光を漏らしながら刻み込まれた。



「なんだこの光は……ぐ、ぐおぉっ!?」



 胸部から伝わる強烈な痛み。青く発光したドボルザークの胸部から、時間差で大量の血が飛び出した。



「ぐっ……いや、違う。こいつは……高速移動か!!」


「あらら、もうバレてしもうたわい」



 ドボルザークの言葉に、風菜はやれやれと言わんばかりに手を上げる。よく見ると、風菜の足元には車が急ブレーキをかけたような黒い跡が見られた。


 みずき側へと移動した風菜は、 自分自身のスピードに姿勢を崩し、少し前のめりになっていた。足の機械は熱を放ち、白い煙を吹き出している。



(これが風菜の能力……って、2人揃って近接装備かよ!)



 心の中でツッコミをいれながらも、みずきは細く笑みを浮かべた。



(どうやら、尚更諦めるわけにはいかなくなったってことか……!)



「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 ボロボロになった自らの体を奮いたたせ、 みずきは全力で叫んだ。

 


「うっさ!!脳筋じゃなお主、叫んだら強くなるわけでもなかろうに……」


「気持ちの問題だって!それに、主人公が覚醒するときは大体叫んでるだろ?」


「少年漫画の見過ぎじゃな……まっ、お主のそういうところも嫌いではないがの」



 みずきと風菜は顔を見合わせ、お互いに笑ってみせた。



「それにしても、風菜はどうして魔法少女になろうと……」


「おっと、もっとお主と話たいのは山々じゃが……どうやら、あやつはアッシらのお喋りを待ってくれるほど親切ではなさそうじゃ」



 みずきがハッと前を見ると、ドボルザークは後姿からでもはっきり感じ取れるほどのドス黒い気を放っていた。


 血に塗れた胸部を手で押さえながら、ゆっくりとみずき達の方を振り返る。



「参ったのう、もう傷口が回復しておるのか……」


「人間如きが、この俺を一体何処までコケにしたら気が済むんだ……殺す…殺してやる……殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……ぶっ殺してやるッ!!!」



 頭に血を昇らせ、ドボルザークは怒りに満ちた表情を浮かべていた。目を真っ赤に充血させ、牙を剥き出しにしたその恐ろしい姿に、みずきと風菜は無意識に鳥肌がたった。




 ∞


 だけど、なんだこの気持ちは……。


 頭の中は恐怖で押し潰されそうだってのに、 心の奥でほっと光る暖かい安心感、高鳴る高揚感……。


 1人で戦ってた時とはまるで違う。

 

 知り合ったばっかで、たいして仲が良いわけでもない。

 

 だけど、安心でき、信頼でき、そして頼もしく感じる。



 そう言えばパンチマンの最初の仲間……あ、クリキン仮面か……作中でも最弱キャラだったし、最後まで特に活躍することのなかったキャラだったよなぁ……。


 でもあの時、初めて仲間と一緒に戦った時のパンチマンは、何となく嬉しそうだった……。



 ああ、一緒に戦う仲間ができるって、こんな感覚なんだな……悪くない気分だ。




「……ほんとは怖いはずなのにさ、何故か……しねぇなぁ……」


「ああ、しないの……」



「「 負ける気がしない 」」



 歯を食いしばり、みずきと風菜の声が重なる。瞬間、2人は全速力でドボルザークの元へと突っ込んでいった。



「いきがるなよ虫ケラ共があああああああッ!!!」



 叫びとともに突き出されたドボルザークの両腕が、真っ直ぐと風菜の元へと伸びる。しかし、拳が当たる寸前、風菜の姿は消え、ドボルザークの周りを囲むように青い残像が出現した。空振りに終わったドボルザークの両腕は、敢え無く地面に強く叩きつけられた。



「ちょこまか動いてんじゃねぇぞ糞がッ!!」



 ドボルザークの連続した攻撃が、風菜の動きを捉えようと追りくる。



「させるかよ!!」



 その隙を見て、みずきがドボルザークへと打撃を仕掛けた。



「チッ……失せろッ!!!」



 ドボルザークの反撃に、みずきは吹き飛ばされるもすぐさま体勢を立て直し、果敢にも接近戦へと持ち込んだ。


 風菜の動きに合わせ、みずきが見事なまでのサポートを入れる。息の合ったコンビネーションで、ドボルザークの動きを翻弄していった。

 

 風菜は壁や天井を活用し、狭い空間の中を自在に駆け抜ける。ギリギリの攻撃にも瞬時に反応し、少しづつドボルザークにダメージを与えていった。



「くそッ!なんで当たらねぇんだ!!」


「わざわざこんな狭い場所を選んだのが失敗じゃったな。こんな身動きの取りにくいところでアッシの魔法とやり合おうなんて、ちと部が悪かったようじゃな。それと、あんましアッシに気を取られていては、お主、舌噛むぞ」



 風菜の言葉に反応し、ドボルザークが振り返ったその時、目の前には視界を覆い隠すほど巨大な拳が迫っていた。


 巨大化したみずきの拳は、見事ドボルザークに直撃する。



「風菜っ!!」


「任せい!」



 みずきの呼びかけに応えると、風菜はドボルザークの後ろへと素早く移動した。


 力を込め、機械仕掛けのブーツを青く輝かせる。



「そいやあッ!!!」



 殴られた反動で、後ろへ退がるドボルザークを押し返すように、風菜は背後から回し蹴りをお見舞いした。


 みずきの拳と風菜の足、その二つがドボルザークをプレス機のように挟みかけ、奴の動きを完全に封じ込んだ。


 もがき苦しむドボルザークだったが、やがてその動きは完全に停止した。

 抵抗する気配はなく、ギシギシと体が軋む音だけが辺りに響いた。



「……やったか!?」


「馬鹿やめろって風菜!そういうのってフラグだから!!」



 安心できたのもつかの間、その言葉通り、みずきと風菜は徐々に外側へと押されて行った。


 二人の間から、険しい表情を浮かべたドボルザークが再び動きだした。両腕がパンパンになるほど力を入れ、二人の攻撃を押し返す。



「テメェらは……このまま生かしておけねぇんだよ……」



 そう呟いた瞬間、ドボルザークの体からは、何やら禍々しい気が放出された。嫌な予感がする……。



「これは……まずい!二人とも僕に捕まって!!奴が爆発する!!」


「「 な、なんだってー!? 」」



 その光を徐々に増しながら、ドボルザークは叫びを上げた。その声を合図に、みずきと風菜は技を解き、急いでニューンの元へと駆け込むんだ。



「嫌じゃあああッ!!死ぬのは嫌じゃああああッ!!アッシはまだトワイライトエクスプレスに乗ったことないんじゃああああああッ!!!」


「うげっ!?風菜……ギブ……」


「落ち着け!そんなに首絞めたらニューン死ぬって!触れるだけでいいんだよ!!」



 みずき達がわちゃわちゃと騒いでいる間に、ドボルザークを中心に爆風が広がり始めた。



「テ、、テレポート……」



 首を絞められた状態で、ニューンが掠れた声を必死で搾り出す。


 爆発は窓ガラスを全て砕き、電車を内側から木っ端微塵に破壊しつくした。路線だけでなく、地下街までにも崩壊は進み、辺りは一瞬にして煙と瓦礫の山で覆われた。その規模は地上にまでも被害を及ぼしたのであった……。




>>



「い、生きてるのか私達……」



 瓦礫に埋もれた人気のない街並みの中で、清々しい風の匂いが鼻を掠める。眩しい日差しに、みずきは生きた心地を覚えた。


 ホッと安堵の息を漏らし、地面に腰を落とす。必死で戦っていた時の疲れが、此処へ来てみずきの体へ一気に押し寄せて来た。


 だが、ボロボロになった自分の体を見るたびに、不思議と心が満たされていくのを感じた。



「うっ…普通に血出てるし痛い……アッシはもうダメじゃ、後は頼む……アッシの好きだった鉄道達を守ってやってくれ……」

 

「ちょっ、私に比べりゃあんた薄傷だろ!意外とメンタル弱いな!おい風菜、しっかりしろ風菜っ!……クソッ!お前言ってたじゃねぇか!死ぬときはでっけぇおっぱいに埋もれて死にてぇって!」


「いや、そんなこと一言も言った覚えないのじゃが……」



 気の抜ける会話に、二人は顔を見合わせながら思わず互いに笑い合った。互いの肩を持ちながら、ゆっくりと立ち上がる。



「……ところでさ、なんで風菜は魔法少女になろうとしたんだ?」


「それは僕が説明するよ」



 みずきの質問に対して、ニューンは風菜の肩からひょっこりと顔を出して答えた。



「ニューン、お前すっかり解説キャラで定着しちまったな」


「…オッホン。あの時、ドボルザークに連れて行かれた君以外の人々は、当然奈落の底に落ちていった。それはもちろん風菜も例外じゃない。ただ、彼女の側には僕がいた。死を目前とした危機感の中で、彼女の眠っていた魔力に、僕の持つペンダントが反応したんだ!」


「そうだったのか……」



 少し気まずい空気が辺りに漂い出すと、風菜はくすりと笑って再び話し出した。



「確かに、少し無理矢理やらされた感はあるのう。最初に闇の使者と戦えと言われた時は、流石に困惑させられたわい……じゃが、後悔はない。あの姿を見てからのう」


「あの姿……?」


「お主が戦っている姿じゃよ。どんなにボコボコにされても立ち上がり、どんなに血塗れになりながらも自分の信念を曲げない。あれにはアッシの心も少しは堪えたわい……」


(……初めての戦いの時、逃げようとしたことは黙っておこう)


「一見勝ち目のない戦いにも決して逃げず、人々のために必死で喰らい付くお主のあの姿はまさにヒーローじゃったぞ。そんなヒーローのピンチに、相棒がただ黙って見ているわけにはいかんじゃろ?」


「……ふと思ったけど、あんたちょいちょいイケメンになるよな」



 何気ないみずきの発言に、風菜は頬を掻き、満更でもない表情を浮かべた。



「ふふ、まあ魔法少女にになったのも何かの縁じゃ。これが運命だと言うなら、一先ずそれに従うとしよう。無論、お主が一緒ならな」


「ああ……よろしく頼むぜ、相棒!」



 二人は少し照れ臭そうに、だが慢心の思いで拳と拳の甲を重ね合わせた。重なり合う二つの拳が、日差しの逆光に眩しいほど輝いた。




>>


 激しい揺れにより、電気供給の及ばなくなった暗い地下道の中、ひび割れを起こし今にも崩れそうな長い通路を男はフラフラと歩いて行った。

 

 全身から血を滴らせ、彼は壁にもたれかかるようにしてヒタヒタとあてもなく放浪する。



「まだだ……ここで引き下がる俺じゃねぇ……次こそ必ず……」


「そこまでだな、ドボルザーク」



 と、身も心もボロボロとなったドボルザークの前に、突如黒いパーカーを着た青年が彼の前へと立ち塞がった。



「ナイトアンダー……見てやがったのか……」


「当然だろ、俺は監視役なんだから。ずっと見ていたよ……君があの赤い魔法少女と初めて戦って敗北した時から、ずっと……」



 悪意のある青年の言い回しに、ドボルザークは歯ぎしりをたて、悔しさから壁を強く叩いた。



「怒るのは自由だが、あまり勝手な真似はしないでくれよ。今回の戦いは君の独断行為だ。このことを知れば、”クイーン”はさぞお怒りになるだろうなぁ……撤退命令だ、ニコラグーンの奴がお前を呼んでるよ」


「……チッ」



 青年はドボルザークの首元を掴むと、共に闇の中へと姿を消して行った。ひびの間から入る隙間風が、地下道に不気味な音を奏でた。

 



>>



「あれ?おっかしいのう……」



 スマートフォン片手に、瓦礫の一部に腰掛けていた風菜は突如顔を顰めた。



「ああ?どしたん?」


「いや、前にアッシが投稿したお主の魔法少女動画があったじゃろ?あれが何故か動画サイトから勝手に削除されておったんじゃ……」


「なんだ、そんなこと動画サイトじゃよくあることだろ?」


「それが妙なんじゃ。ついさっきまで大量にアップロードされていた魔法少女の関連動画が、この短時間で一つ残らず削除されておる……しかもそれだけではないぞ、SNSを含むネットに溢れていた魔法少女の情報が、綺麗さっぱり無くなっておるんじゃ!」


「……はぁ!?なんだそれ!?一度ネット上に出回ったものは絶対に回収出来ないと言われてるこのご時世に、話題になった情報が狙ったように消えるなんて……ニューン、これも魔法の力か何かじゃ……?」



 みずきがそう問いかけると、ニューンは呆れ顔で小さく首を横に振った。



「あのね、魔法は君達が思っているほど万能ではないんだ。そんな都合のいい魔法は存在しないよ」


「うーん、敵を倒せばなんか色々元通り!的なご都合主義じゃーないのか……じゃあ誰かが魔法少女の情報を揉み消したってことか?一体誰が……えっ、怖っ!!」



「……とにかく、このことに関してはアッシも色々探ってみるとしよう……ん、なんじゃ?今何か聞こえんかったか?」



 と、風菜のその言葉に一同はしんと静まった。耳を澄ませると、確かに何処からか人の声が聞こえて来る。この荒げた女性の声を、みずきは聞き覚えがあった。




「やっと見つけたぞコスプレ女あああああああッ!!!!」




 耳が痛くなるほど張り上げられた声が、 これでもかと言わんばかりに辺りへ響き渡った。



「な、なんじゃこの声は!?どっから聞こえてきておるんじゃ!?」


「……ハッ!上から来るぞ、気をつけろ!」



 2人が空を見上げると、上空高く飛ぶヘリの上から、以前みずきを逮捕しようとした女性警部補、小坂が飛び降りて来ていた。


 命綱なし、パラシュートなし、小坂はヒールを履いたままのその足で地面へと着地した。

 膝を大きくガニ股に開け、体へと伝わる衝撃を軽減させる。そして次の瞬間、何事もなかったかのように立ち上がり、みずき達にピストルを向けた。



「はっはっはっ!今回の騒ぎもやはり貴様が関与していたか、コスプレ女!今回は仲間まで引き連れて……一体何を企んでいる!!」



「い、いやいやいや!だから私は何にも悪いことしてないって言ってるだろうがッ!てか、あんた今人間ではあり得ないような身体能力サラッと発揮したな!!」


「何なんじゃこやつは……」



「ええい、黙れ悪党!今日こそあんた達を署に連行してくれるわ!!」



 小坂はメガネをクイっと上げると、勢い任せにピストルをみずき達の足元へ乱射した。



「うおおっ!マジで打ってきおったぞ!!おいみずき、こやつは一体何者なんじゃ!?」


「話は後だ!ニューン、前みたいにテレポートを!!」


「……前にも言ったと思うけど、僕は君達とは違い、魔力をほんの僅かしか有していない。今日は一体何回テレポートを使ったことか……もうとっくの昔にエネルギー切れだよ」


「えっ……じゃあこの状況どうすんだよ……」



「……全速力で走って逃げるんだーーーーッ!!!」



 ニューンの大声とともに、2人は全速力でその場から離れた。


 が、小坂がそれを見逃すはずがなかった。ピストルを振り回し、声を荒げながら必死に追いかけて来る。



「ふっ、ひっ……らめぇ……しゅごいのぉ……もう疲れたのぉ……これぇ、、ろうやったりゃ変身とけるのりゃぁぁ……」


「おい風菜!そのエロ同人みたいな疲れ方なんとかしろよ!色々まずいから!てか、スピードタイプの魔法少女の癖に魔力なしだとここまで遅いのか……変身解くコツは後で教えるからもっと頑張れ!!」



 既にボロボロになり、魔力もほとんど残っていない状態。残された己の体力を振り絞り、2人は宛てもなくただただ走り続けた。



「なんで最後にギャグ漫画みたいなオチを持って来たがるかなぁ!?」



 文句を言いながら、二人はニューンがテレポートを使える魔力が回復するまで、ひたすら走り続けたのであった。





―運命改変による世界終了まであと105日-


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