第10話 一方その頃闇の世界では

  永遠と広がるどす黒い空に浮く巨大な魔法陣、魔力によって生み出された輝きが、辺りを不気味に照らし出していた。

  幻想的とも言えるその空間は、深海・宇宙空間に近い神秘的なものを連想させた。



  ここは闇の世界。

 


  空とも海とも大地とも知れぬ、人にはその存在すら認知できない未知なる空間。そこに佇む奇怪な城……聖域とでも言うべきだろうか。 一目で人間の手によって生み出されたものではないと感じ取れるその巨大な建造物こそが、闇の使者、『運命の支配者』達の拠点だった。




「おっやぁ〜?えらく遅いお帰りじゃないかドボルザーク。そんなにボロボロになって、一体どうしたんだ〜い??」



  淡い紫色に照らされる城内。魔力の結晶が幻想的な光景をみせる廊下に、どうにも鼻に付く声が響き渡った。



「……失せろクソナルシストが」



「なかなかに機嫌が悪いようだねぇ。それにナルシストとは心外な、またこの優秀な僕に嫉妬でもしているのかい?……まあ、それもそのはず、君と僕とでは実力や実績以前にまず名前の段階から圧倒的差があるからねぇ。どぼるざーくぅ?ダサいダサい……そう!僕の名前は”ゴッドフリート”!!神の名を持つ男だ!!君とは存在そのものが………」



  ゴッドフリート、自分を神と称する程の自信家である。放っておけば永遠と喋り、自信だけでなく、その身振り手振りまでもが大きい男。ツンツンと立つ髪型は頭角の表れだろうか、仲間内でもよく疎まれる存在である。




「少し黙りなさいクズフリート、耳障りだわ」



  背後から聞こえてくる女の声に、ゴッドフリートはやれやれと肩をすくめた。ゴッドフリートが口を塞ぐと、女はそのままドボルザークに向かって話を続けた。



「あんたがここまで追い詰められるとは……正直驚きだわ」


「ああ?この俺に情けをかける気か、バルキュラス……うっ、、なんだぁテメェその格好は……」



  ドボルザークが後ろを振り返ると、バルキュラスと呼ばれる女は、魔法結晶の上で寝そべりながら爪の手入れをしていた。


  が、問題はそこではなかった。ドボルザークが見た彼女の服装は、いつもとは明らかに異なる物でだった。



  普段の動きにくそうな黒いゴシック服とは打って変わって、素肌に紺色の素材が一枚、体のラインにぴったりとくっついており、肩や足の部位から色白い肌が完全に露出していた。

  そして何より、その衣装サイズは果たして合っているのかと疑いたくなるほど、彼女の豊満な胸が今にもその薄い装甲から溢れ出さんとしていた。



「ああ、これ?人間界で手に入れてきたのよ。あっちの世界では人気のある女性用衣装なんだって。ええと、名前は確か……”スクミズ”…だったっけ?よく覚えてないわ」



  バルキュラスは起き上がると、うんと背伸びをした。


  美しい金色のツインテールがサラサラと靡いた。体を動かすたびやたらと動く胸、腹部や下半身に食い込むスクミズが、何とも言えないチラリズムを感じさせる。



「あーあ、でもこれキッツイし、流石に飽きちゃったわ」



  バルキュラスが指を鳴らすと、彼女の体を中心に魔法の光が螺旋状に浮かび上がり、着衣魔法ではあっという間に普段の服装に戻ってしまった。非常に残念である。



「……テメェのやってることは理解に苦しむぜ」


「別にあんたに見せてる訳じゃないし、理解してもらわなくて結構。好きでやってるのよ」



「色仕掛けで僕より目だとうなんて……やれやれ、君はつくづく下品な女だよ、君は」



「「あんたは黙ってろ」」



  と、三人が会話をしていたその時、突然、辺りが張り詰めた空気に覆われた。

  冷たく、背筋が凍りそうなほど不気味な気配を感じる……。




「お帰りなさい、ドボルザークさん。あなたの帰りを心よりお待ちしていましたよ」



  網膜がグッと引き締まる感覚、ドボルザークの背後には先程まで影も形もなかったはずの男が立っていた。


  スラっとした長身に、スーツを着込んだ男。丁寧な立ち居振る舞いで、常にニコニコと微笑みを絶やさなかった。

  しかし、一見真面目そうなこの男から溢れ出す邪悪な覇気に、ドボルザークは振り向くことをためらった。



「ニコラグーン……」


「しかし、予定よりも随分と遅い帰還でしたねえ。それなのに何の連絡もなしとは……困りますねえドボルザークさん、我々は一組織として”あのお方”の元で行動しているのです。報告するのも貴方の立派な義務なのですよ。私の言っていること……わかりますよねえ?」


「……予定外の邪魔が入って報告が遅れた……すいま、、せん……」


「魔法少女。魔導生物キメラによって魔法を会得した人間とは、また厄介ですねえ」


(チッ……)


「知ってるなら先に言えよ……って今思いましたよねえ?」



  ニコラグーンの言ったその言葉が耳に入った瞬間、背後にいたはずのニコラグーンが突如ドボルザークの目の前に現れた。不気味な笑顔がじりじりと詰め寄って来る。



「ッ!!……ぐっ……」



  薄く開かれたニコラグーンの瞳に、ドボルザークは顔を逸らした。額に汗がじわりと滲む。頬を伝う冷たい汗が、今にも地面へと滴り落ちそうになった。




「……ハッ、所詮は人間。僕たちの敵ではないさ」



  張り詰めた空気の中、先程から後ろに引っ込んでいたゴッドフリートが突如前へと出た。


 

「ゴッドフリートさん、油断は禁物ですよ。慢心していてはすぐに足元をすくわれます。仕事は常に冷静に、迅速に、そして確実に熟さなければなりません。”あのお方”の障害となるものは、たとえ人間であろうと容赦なく……」


「あーはいはい、わかったわかった。とにかく、次は僕に任せて貰おうか。もちろん僕のやり方でね……僕の名前は”ゴッドフリート”!!神の名を持つ男だ!!神は誰の指図も受けない!!ハハハハッ!」



  高らかに笑い声を上げると、ゴッドフリートはその場から姿を消した。



「やれやれ、困った人ですねえ……まあ、いいでしょう。魔法少女に関してはあなた方にお任せするとしましょう。では、私はこの辺りで失礼させていただきます」



  そう言い残すと、ニコラグーンは暗い廊下へとその姿を眩ませていった。


  コツコツと靴の音が辺りに鳴り響く。


  ニコラグーンがいなくなった頃合いを見計らい、ドボルザーク達は喉の奥に詰まっていた息を一気に吐き出した。



「……相変わらず食えない野郎だ。ニコニコと畏まった態度が余計に気に入らねぇ」


「でも、どんなに皮をかぶっても隠しきれないあの力、あいつは危険すぎるわ。荒波立てないのが得策ね」


「神の名を持つ男だったか?お頭の弱いあいつを今だけは羨ましいと思うぜ……」



  ドボルザークの言葉に、バルキュラスはふぅとため息を吐き、少し考えるような仕草を見せながら答えた。



「……いえ、流石の馬鹿も気づいてるはずよ、ニコラグーンの恐ろしさに。見栄張って強がってるだけなのか、あるいは一秒でも早くこの場から離れたかったのか……とにかく小物なのよ、あの神の名を持つ男とかいう奴は」



  二人は呆れた表情を浮かべながら、しばらく黄昏るように遠くを眺めた。




>>



「スレイブさん、例の件ですが、順調に進んでいますか?」



  暗い部屋の中で、ニコラグーンの声が響き渡った。

  地面には様々な種類の機材が、机の上には謎の薬品が所狭しと並べられており、宙に浮かぶディスプレイにはまるで暗号のように文字が大量に表示されていた。


  そんな奇妙な部屋の片隅で、黙々と作業に没頭する白衣を着た老人の姿があった。



「ヒヒ……科学とはなかなかに興味深い。程度の低い人間の学びだと馬鹿にしておったが、調べているうちに、その奥の深さに魅せられてしまっていたようじゃ……力なき人間が、あの世界で生物界の頂点に君臨できていたのにも頷ける。フヒヒ……じゃが、そんな話をしに来た訳ではあるまい、ニコラグーン。いつものアレじゃな……毎日毎日、口癖のように言いつけに来おって……ワシはまだボケとらんぞ……ヒヒヒ」



  スレイブと呼ばれるその老人はやたらと肩を揺らしながら、途切れ途切れに言葉を口に出した。全身ガリガリに瘦せこけ、不健康な顔色で陰気な笑い声を上げた。



「これは我々の悲願なのですよ。毎日状況を確認するのは当然の事です。あなたはこの組織でも特に重要な役割を担っているのですから、いつまでも人間の文明などににうつつを抜かしていては、”あのお方”もお怒りになってしまわれますよ」


「ヒヒ……わかっておるわい。じゃが、以前も言った通り、アレは人間界のあの場所に眠っていることは間違いないはず、もう少しで正確な位置がわかるはずじゃ……それに、こっちの個人的な研究ももうすぐ……フヒヒ……」


「ほう、それはそれは……」




「Dr.スレイブは偏屈だけど仕事は出来る男だ。信用してやってくださいよ、ニコラグーンさん」



  ニコラグーンと老人が話していたその時、突如黒いパーカーの青年・ナイトアンダーが姿を現し、話を始めた。先程から部屋の中で、ずっと気配を消していたのだ。


  と、急に話に割り込んできたナイトアンダーを、ニコラグーンは強く睨みつけた。その表情から自然と笑顔は消えていた。



「……寄生虫が。貴方は”あのお方”のおかげで生かされているだけに過ぎません。命令がなければ確実に殺していましたよ、この私自らね」


「ははっ、相変わらず俺はあんたに信用されていないようだな。わかった、下手に君達に干渉するような真似はしないよ。だから、同じ組織のメンバーとして仲良くしようじゃないか」


「……」



  そう言いながら手の平を差し出したナイトアンダーに対し、ニコラグーンは無言のまま姿を消した。

  この行動にナイトアンダーは頭を掻き、薄い笑みを浮かべた。



「ヒヒ……奴は忠誠心の塊じゃ、お主のような自由な輩は嫌われて当然だ……フヒヒ……」


「まっ、多少はしょうがない事さ。あんただけでも僕のことを受け入れてくれて、とても嬉しいよ」


「……ワシも好きなようにやってきた口じゃ……フヒヒ。”あのお方”……クイーンに逆らう事は愚かだとわかっておるし、あの方への忠誠も勿論ある……ヒヒ。……じゃが、ワシにもワシの生き方があるんでな……だから、ここでもある程度はそうさせて貰うつもりだ……フヒヒ……」


「……スレイブ、あんたは何の味方なんだい?」


「さあてな、面白そうな方のじゃよ……フヒヒ……」




  深い深い闇の底、みずき達の知らない世界で運命の歯車は少しづつ回り初めていた。





―運命改変による世界終了まであと105日-



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る