第8話 電車少女
「ぐっ……押されてる……!」
狭い車内の中に、拳と拳のぶつかり合う鈍い音が響き渡る。と、ドボルザークの繰り出す一撃がみずきの頬を掠め、血飛沫が辺りに飛び散った。
衝突する拳はだんだんと打ち合う速度を増し、その度に重くなる。
「ガハッ……!!」
互いの拳が乱れ合う中、ドボルザークの一撃がみずきの腹部に突き刺る。
「この狭い空間じゃ前のように小回りがきかねぇみたいだな……純粋な力比べじゃあ、まだまだこの俺の方が上なんだよッ!!」
止まることのないドボルザークの猛攻に、みずきの体勢は徐々に崩されていく。次第に受ける攻撃の数も多くなり、その度に噴き出す血で頭がボーっと熱くなった。
(ぐっ……まずい、あまりの出血で視界が……!)
霞む意識の中、思わず足元がフラつく。
「おっと、まだお寝んねするには早いぜ!」
煽る言葉と共に、ドボルザークは針のように鋭く尖った光線を出現させると、それをみずきの足に向かって突き刺した。
「いっ!!!」
傷口から大量の血が溢れ出す。そのあまりの激痛に、みずきの霞んだ意識は一瞬にして吹き飛ばされた。
「目ェ覚めたか?テメェはこの俺に恥をかかせやがったんだ……身体中の血液全部絞り出すまでなぶり殺しにしてやるよ……!」
そう口にする間にもドボルザークの激しい猛攻は続き、やがて抵抗する力さえ失ったみずきはまるでサンドバックのように攻撃を受け続けた。
不気味な音を上げながら地下を走る車内は、滴るみずきの血で真っ赤に染まった。
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「うう……こ、ここは……?」
暗く冷たい空間の中、風菜は顔を顰めながら目を覚ます。頭を抑えると、ゆっくりとその場で立ち上がった。
「ここは地下鉄線路の上……地上からここまで真っ逆さまに落ちてきたということか……というか、あの高さから落ちてアッシはどうして無事でおるのじゃ?それに、先ほどまで気を失っていたというのに妙に体が軽い気が……」
「良かった!なんといか一命は取り留めたようだね……!」
「うおっ、びっくりしたぁ!!」
突然背後から聞こえてくるニューンの声に、風菜はビクリと肩を揺らす。
「なんじゃお主か……ってなんじゃではない!一体、これはどうなっておるのじゃ!?」
風菜の質問に対し、ニューンは一呼吸つき、真剣な眼差しを浮かべて答えた。
「……咄嗟のことで覚えていないかもしれないが、ここへ落ちる時、死を目前とした危機感から君は"自分自身の中に眠っていた力"を開放したんだよ。その手に持っている"物"を使ってね」
ここで、風菜はハッと左手に持っている何かに気がついた。そしてそれを見た瞬間、目を見開き驚きの表情を浮かべた。
「こ、これは……!!」
体の妙な違和感、足元の線路に反射して映る自分の姿に風菜は全てを察した。
「君もまた、運命に選ばれたということだよ」
風菜は己の中で揺れ動く"何か"に鼓動を高鳴らせた。
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止むことのないドボルザークの猛攻。前回とは打って変わり、あまりにも一方的な殴り合いが続いた。
が、しかし、みずきは何度も倒れそうになりながらも、フラつく足に精一杯力を入れ、ドボルザークの攻撃を耐えしのぐ。
「随分と頑張るじゃねぇか……強力な魔法の力を得てまで下等な人間共のために戦うなんざ、つくづく愚かな野郎だぜ。そんなにまでして"名声"が欲しいのかよぉ!!」
その言葉に、瀕死状況にあるはずのみずきの体が薄っすらと反応を示す。と、次の瞬間、みずきはドボルザーク強烈な一撃を真正面から受け止めた。
歯を食いしばり、ガクガクと揺れる足を力一杯踏ん張る。もう離すまいと、ドボルザークの拳に食らいつく。
「なっ……馬鹿な!?テメェはもう立っているのがやっとのはず!!」
ドボルザークの腕を押さえつけ、必死の思いでみずきは口を開いた。
「あんた、私をここへ連れてくるまでに、一体何人の人を巻き込んだのかわかってんのか……わかってねーよなぁ、きっと。"名声"?ああ、欲しいよ。私のどうしようもない人生の中じゃ、今までそんなもん貰ったことなかったしな……だけど、今はそんなことどーでもいい……今、私は”人を何人殺そうが何とも思わないこのクソ野郎をぶっ飛ばしたい”ってことで頭が一杯なんだよ!!!!」
張り上げられたみずきの叫び声が車内に響き渡る。
みずきはドボルザークの腕を払い除け、全力で拳を突き出す。その拳はドボルザークの顔面を捉え、勢いよく彼の体を吹っ飛ばした。
みずきの繰り出す一撃に、堪らずドボルザークは地面に膝をつく。
「ぐっ……調子に乗るんじゃねぇぞクソがぁ……!!」
怒りに声を荒げるドボルザークに怯むことなく、みずきはその鋭い眼光で真っ直ぐ彼を睨みつける。
「世界を守るなんて大義、大きすぎてまだ何が何だか全然わからない……ただ、何度も私の前に現れてはこの街を、ここに暮らす人達の命を平然と奪っていくあんただけはぜっっったいに許さない……!!私は……ヒーローは……こんなところでくたばれないんだよ!!!!」
たとえどれだけ体がボロボロになろうとも、どんなに絶望的な状況だったとしても、みずきの瞳の奥で燃え盛る炎は決して消えることはなかった。
憧れのヒーローに……魔法少女になったあの日から、みずきの心は格段に強くなっていた。
「ヒュー、かっこいいのぅ!その心意気、気に入った!アッシも混ぜてくれんかのう!」
「なっ……!?」
突然車内に響き渡る声に、みずきとドボルザークは声のする方へ視線を向けた。
その視線の先、ドボルザークの背後には風菜とニューンの姿があった。
「風菜!?よかった、無事だったのか……いや待て……風菜をわざわざここへ連れてきたってことは……まさか、ニューン!」
「ああ、そのまさかだよ」
みずきの問いかけに、 ニューンは得意げに答えて見せた。
「あぁん、何だその女は?キメラ……また俺の邪魔をするってなら、今度はテメェから先に息の根を止めてやるよおッ!!」
ニューンに襲いかかろうとするドボルザークを前に、果敢にも風菜が立ち塞がる。
「風菜っ!!」
ニューンの呼びかけに風菜は短く頷くと、腰に付けていた"黒い物体"を手に取った。
風菜が取り出したのは、電車の"車内アナウンス放送用のマイク"に似た物体だった。風菜はそのマイクを口元に近づけると、落ち着いた様子で声を発する。
「魔法少女!変身、変身でございます!危ないですので、黄色い点字ブロックまでお下がりください!」
瞬間、青い閃光が風菜の体を包み込み、その姿を変化させていった。
「風菜が2人目の魔法少女!?……いやまあ展開的に何となくは察してたけど……!!」
みずきがメタな発言をする最中、やがて青い閃光が消え、変身した風菜の姿が露わとなった。
青を基調としたスーツに帽子、さらに丈の長いコートを纏う衣装。特徴として、足には機械仕掛けの近未来的ブーツが装着されていた。
何処となく駅員を連想させるその格好は、同じ魔法少女であるみずきとは全く異なる姿をしていた。
「これが2人目の魔法少女……私の仲間……」
「みずきッ!何をボケーっとしておる!さあ、ここから反撃じゃ!!」
風菜はキメ顔でそう言った。
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