第7話 それはカメラと言うにはあまりにも大きすぎた
「アルティメット・ブロウ!!」
みずきの放つ渾身の一撃は、大型バスをも飲み込む巨大な魔導生物の腹部を一瞬にして吹き飛ばした。
やがて、腹にぽっかりと穴をあけた魔導生物の死骸は黒く腐敗していき、灰となってその姿を跡形もなく消し去った。
「ふぅ……大型の魔導生物となると結構苦戦させられるなぁ……それにしても、あいつらあれから毎日現れるようになってるけど、よっぽど暇なんだろうな」
「そんな相手と戦えるほど君自身が暇な人間で助かったよ」
「お前煽ってるよなそれ」
みずきが魔法少女となって数日。ドボルザークとの戦い以降、毎日のように現れる魔導生物との戦闘により、みずきは着実に力をつけていった。
そんなみずきの様子に、ニューンは彼女の成長した背中を見詰めて静かに考え込む。
(初戦の頃と比べて格段に魔力の扱いが安定している……短期間でここまで魔法を使いこなせるようになるなんて、正直驚きだよみずき……!……よしっ!想定よりも早いが、そろそろ彼女との接触をを試みるとしよう……!)
「……あのさぁ、ニューン。私の気のせいかもしれないんだけどさ……最近、戦ってるところをずっと誰かに見られてる気がするんだけど……」
「君も戦いの中で感覚が研ぎ澄まされて、遠くの気配を感じ取れるようになったみたいだね。どうやら、早くも"2つ目の運命"が動き出したようだ」
「は?……時々思うけど、あんたって厨二っぽいっていうか、結構痛い発言多いよな」
「それはお互い様だろ」
「なっ……!!」
みずきは思わずニューン相手に出そうになった必殺のアルティメット・ブロウをギリギリのところで堪え、その拳を振り下ろした。
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魔導生物の出現により人気のなくなった街の裏路地。そこからは"黒い筒のような物体"が、先端を光らせ見え隠れしていた。
「おお、今日もバッチリ撮れておる!流石は2000mm相当まで突き抜けた光学83倍ズーム、相変わらず良い仕事をするのぉ!」
それはカメラと言うにはあまりに大きすぎた。 大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それは正に黒い鉄塊だった。
そんな重厚なカメラのフォルダーを漁りながら、1人の"少女"がニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「さて、今日もいい写真が撮れたことじゃし、この後は鉄道模型博物館にでも寄って心癒されに行こうかのぅ……!」
「……ずっと見られてる気はしてたけど、まさか盗撮されていたとはなぁ……」
「ぬわぁ!?」
少女が荷物をまとめその場から立ち去ろうとした瞬間、突如聞こえてきた声に彼女は肩をびくりと動かせ恐る恐る後ろを振り返る。と、そこにはカメラ越しに見慣れた人物が立っていた。
ニューンのテレポートを使い、みずきは盗撮少女の背後に回り込んでいたのだ。
「なっ……お主らどっから湧いてきよったんじゃ!?」
戸惑う少女に、みずきは少しぎこちない素振りで言葉を返す。
「え、えーと、それは企業秘密ということで……それより……そのぉ……何つーか、えっとぉ……」
「みずき、キョドキョドしてないでもっとはっきり喋りなよ。なんか気持ち悪いよ」
「うっ、うっさいな!今私が上手いことやろうとしてたのに、邪魔すんな!」
初対面の相手に弱いみずきに対し、ニューンの言葉がぐさりと鋭いナイフのように心に突き刺さる。
そんなみずきとニューンの揉め合う姿を見て、先ほどまで動揺していた少女はまたしてもニヤリと頬を歪めた。
「なるほど……!察するにお主ら、この"写真"のデータを回収するためにアッシに近づいたのじゃろ?」
「あっ!いや、えっと……」
まるで見透かされたような少女の目つきに、みずきの肩はギクリと動いた。
「まあ、ここに写っている本人が渡せと言うのなら渡さんこともないんじゃが……」
「そ、そうそう!そりゃそうだよな!いやー、話がわかる人で助かった……!」
「それにしてもこの写真、テレビやマスコミに持ち込めばさぞ高く売れるんじゃろうなぁ」
「…………」
「あー、何というか、こんな大事な話を立ってするのもあれじゃ。丁度昼時で小腹も空いてきたし……飯ぐらい奢って貰ってもバチは当たらんじゃろ?」
(こいつ、面倒くせぇー……!)
その胡散臭い少女の雰囲気に、みずきは堪らず嫌な表情を浮かべ、ため息を漏らす。
謎の少女に翻弄されるまま、3人は崩壊した街を後にした。
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「うひょー!今日のランチは豪華じゃのぉ!」
大型の魔導生物が現れた地点から離れた街の商店街。ここまでは被害が及んでおらず、人々は何事もないかのようにいつも通りの生活を送っていた。
そして、その一角に店を構えるレストランにて、みずきの"肖像権"をかけた重大な会議が執り行われようとしていた。が、その中心となるはずの机には、一面を埋め尽くす数の料理が並べられていた。
「いっただきまーす!」
肝心の話そっちのけで、少女はただひたすら目の前の料理にかぶりつく。その食欲は凄まじいもので、みずきはただ呆気にとられていた。
そして、気がついた時には机一面に並べられた料理皿が一瞬にしてカラになって積み重ねられていった。
「ごちそうさまでした!いや〜、こんなに満腹になるまでたらふく飯を食ったのは久しぶりじゃわい!」
「その体のどこに入ったんだ……てか、私の財産が……」
気を落ちするみずきをよそに、少女は徐ろに備え付けの爪楊枝を一本取り、歯の隙間を丁寧に掃除し始めた。
「……って、おいおい!!飯まで奢ってやったんだから、のんびりしてないでさっさと撮った写真のデータよこせよ!!」
思いも寄らない出費に怒りが頂点に達したのか、あるいは少女との距離にだんだんと慣れてきたからなのか、何はともあれ、みずきは徐々にいつもの調子を取り戻していった。
「まあまあ、そう慌てなくてもよかろう。まずは自己紹介から、アッシの名は"潮見風菜(しおみふうな)"じゃ。以後よろしく頼むぞ!」
「……紅咲みずき」
「僕の名前はニューン。よろしく、風菜」
「うむ、よろしい!何やらぬいぐるみが人の言葉を話していたような気もするが、一々つっこんでいては話が進まなそうなので一旦スルーしておくとして……さて、肝心な話の前に、お主らに見せておきたいものがあってのぉ……」
そう言うと、風菜はポケットの中から自分のスマートフォンを取り出し、机の上へ置いた。
画面には、某動画サイトに投稿された映像が写し出されていた。崩壊した街の上空で、小さな2つの人影が激しくぶつかり合う映像。この恐ろしく見覚えのある光景は……
「こ、これは、私が初めて戦った時の映像……こいつ、ぬるぬる動くぞ!……じゃなくておいぃ!!何勝手に動画サイトにうpしてくれちゃってんだあんた!!」
「その驚きっぷりから察するに、お主はまだ知らないようじゃな……今、ネット上ではお主らの話題で大盛り上がりじゃぞ!”リアル魔法少女登場!”とな」
「なっ……!?」
「…………」
この数日間、ずっと隠していたつもりだったのに……衝撃的事実に、みずきは戸惑い、ニューンは沈黙した。
「確かにお主らを初めて見た時、興奮した勢いで撮った動画を投稿してしまったことは深ーく反省しておる。じゃが、この動画をアップする前から、魔法少女の目撃情報はあちらこちらで話題になっておったぞ。今更アッシの撮った写真を回収しようがしまいが、あまり状況は変わりはないと思うがのぉ」
「まじかよ……最近ネットどころじゃなくて確認できてなかったが、完全にネット民の力を侮ってた……てか、じゃあ私があんたに昼飯奢ってやった意味ねーじゃん!!金返せやゴラァ!!マニアックな萌え要素に媚びったような"のじゃ口調"しやがってこの野郎……!」
「なんじゃと!?そこまでキレるかお主は!というか、アッシの口調は今関係ないじゃろ?!」
無駄に昼食をご馳走してしまったみずきは、感情的に風菜の胸ぐらを思い切り掴み、その体をガクンガクンと揺らす。
……と、2人が揉め合いを始めた刹那、突如みずきとニューンはそのドス黒い"嫌な気配"を感じ取った。
「ニューン!この感じ……まさか!?」
「ああ、間違いない!」
「ん?どうしたんじゃ、急に?」
”ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!”
警戒態勢をとった次の瞬間、激しい揺れがみずき達のいるレストランを襲った。
「どわぁ!?な、なんじゃなんじゃ!!一体何事じゃ?!」
店内の窓ガラスは全て砕け散り、電球が落ちたことで辺りは一瞬にして暗闇に包まれた。
「みずき、変身だ!」
「わかった!!変身ッ!!」
みずきの言葉に、突き上げた右腕のレザーグローブが赤い輝きを放った。
「さあ、おまいらお待ちかねの美少女全裸変身バンクだ! wed小説だから私のお色気シーンが見られなくて残念だったな!その辺は各自想像で補ってオカズにでもしとけ!」
やがて赤い閃光が消え、ヒーロースーツに身を纏ったみずきの姿が露わとなった。
「こ、これが生変身シーン…漫画とかだとやたら時間掛かっておるような印象だったが、実際の時間だとこんなにも一瞬で変身してしまうのか……!」
「さあ、勇気リンリン!元気ハツラツ!どっからでも掛かって来いってんだ!!」
”バキッ”
「ヘアッ!?」
みずきが意気揚々と戦闘体制に入った瞬間、突如周辺の足場が一気に崩れ落ち、みずき達は奈落の底へと真っ逆さまに落ちていった。
「おわああああっ!!こ、これは予想してなかった展開!!?」
「な、なんでアッシまでこんな目にいいいいい!!」
2人の叫び声はどんどんと小さくなり、やがて深い闇の中へと消えていった。
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「……っいてて……あまりに急すぎて浮遊魔法使いそびれちったよ……ここは……?」
目覚めると、みずきは"揺れる床の上"にいた。
特徴的な縦長の空間。窓から見える景色は右から左へと流れていく。周囲を見渡すと、そこにはつり革にソファーといった馴染みのある光景が広がっていた。
「地下鉄の中……なんでこんなところに……?」
薄暗く無人で動き続ける電車に、みずきはどこか不気味さを感じながらゆっくりと立ち上がろうとするが、少し足元がフラつく。
と、次の瞬間、その様子を見詰める"冷たい視線"の存在にみずきは気がついた。
「ようやくお目覚めか……どうだ、俺との貸し切り電車の乗り心地は?」
「ちっ、やっぱりまたあんたか……"ドボルザーク"!」
連結ドアの奥から、突如、ドボルザークが姿を現した。不気味に笑うその表情からは、以前の戦いとは違い余裕が感じられた。
「参ったな……前に腕まで引き千切ったはずなのに、もう回復してんのかよ……!」
「そいつはお互い様だ。だがな、このままじゃ俺は”あのお方”の元へ帰れねぇんだよ。肉体がいくら回復しようが、テメェが俺の名につけた傷だけは、テメェの血じゃねーと洗い流せねぇんだよ……!!死ねや、下等生物……当電車は直通快速”地獄”行きだ!!」
「……なんかそのセリフを一生懸命考えてるあんたを想像すると案外可愛く見えてくるが……手加減なしでやってやろうじゃねぇか!ただし、終点の地獄で下車するのはあんただけだぜ!」
みずきは振り上げた手甲を巨大化させ、真正面から全力でドボルザークの元へと突っ込んでいった。
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