第6話 いわゆる設定説明回
周囲からガサガサと聴こえてくる通信機の音が、みずきの不安を掻き立てる。
大勢の警察官が現場の捜査を進めているようだったが、その彼らの表情から、捜査は難航しているように思えた。
それもそのはず、この事件の真相は自然災害でも人為的に引き起こされたものでもない。正真正銘、"闇の勢力による襲撃"が原因なのだから……。
アニメや漫画のようなフィクションの話が今、現実に起こっているということを、みずきは改めて実感した。
「うう……手錠ってこんなに重いだな……何も悪いことしてないのに、なんかほんとに私が悪いことしたみたいに思えてきた……捜査現場の空気ってこえぇ……」
闇から人類を救った魔法少女とはいえ、中身は普通(?)の女子高生。警察に囲まれているこの状況に、みずきはすっかり弱腰になってしまっていた。
と、そんな様子を見て、みずきの足元で"ぬいぐるみを装い"横たわっていたニューンが、何やら言いたそうに羽根の先で彼女の足をつつく。
((どうした、ニューン……?))
周りの警察官達にバレないように、みずきは小声で話しかける。
((この状況は流石にマズいよ……闇の勢力の動向がまだわからないこの段階で、魔法少女の存在が公になり混乱を招くことだけは何としても避けたい……となれば、止むを得ない。みずき、どこでもいいから僕の体に触れてくれ!ここから君の部屋までテレポートするよ……!))
((おいおい、警察官から逃げるのか?!悪いことしてないとはいえ、ちょっと不味くないかそれ……?あと、さっきからなんでずっと地べたで寝転んでんだよ……?」
((わかってるけど、このまま警察に連れて行かれれば状況は今よりもっと最悪になるはずだ……なら、まだ目撃者が少ない今のうちに手を打っておきたい。あと寝転んでいるのはぬいぐるみのフリを…………」
「おい、そこに落ちてる人形は何だ!!怪しいと判断した物は全てこちらで回収とする!!」
突然荒げられた声にみずきの肩がビクリと動く。声の主はまたしても"小坂"と呼ばれていた先程の女性警部補だった。
小坂はスカートの下から再び拳銃を取り出し、銃口をみずきの方へと向けた。感情的に拳銃を突きつけるその横暴っぷりは、どうやら筋金入りのもののようだ。
「ちょっ、小坂警部補!?だからハジキはまずいですって!!」
興奮する小坂の様子を目の当たりにし、一人の若い男性警官が咄嗟に彼女の腕を掴み銃口を下ろさせようとした。
「は、放せ"竹内"ッ!!」
この瞬間、竹内と呼ばれるその警官の行動により、僅かだがみずき達に隙が生まれた。
「今だ!」
「あ、ちょっ、えっと……警察の皆さんお勤めご苦労様です!この件はいつかちゃんと事情をお話しできればと……えっと……ええい!!逃げるんだよぉ!!」
ニューンの出した合図とともに、2人はその場から一瞬にして姿を消した。
突然現場に響くみずきの声に警察官達が反応したその時には、既にみずきの姿はどこにもなく、先程まで彼女がいた場所には鍵のかかった手錠がカラカラと音を立てて転がっていた。
「なっ……?!小坂さん、一体どうなってるんでしょうか、これは……?」
「……くそっ!!あの"コスプレ女"!一体どんなトリックを使ったのかは知らないが、警察から簡単に逃げられると思うなよ……私の手で必ず捕まえてやるッ!!」
小坂は悔しそうに眉間にしわを寄せると、手に持っていた銃を地面に投げ捨て地団駄を踏む。歯を食いしばり、拳を握ることで、無理やりその怒りを押さえ込んだ。
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「ふぅ……テレポート完了」
ニューンの言葉に、みずきはゆっくりと目を開く。
眩しい光の先は、脱ぎ散らかした衣服が散乱とする見慣れたいつもの風景が広がっていた。
「助かったのか私……全く、何なんだあの感情の激しい女警察は!?高校生相手に……あんなんビビるに決まってんじゃねぇか!!」
「一応、撃たれたとしても変身中の君なら銃弾ぐらいじゃ死なないとは思うけど……」
「そういう問題じゃないんだよ……16年間人間社会で生きてる私としては、化け物に囲まれるのも大概だが、それよりも警察に囲まれるシュチュエーションの方がよっぽどリアリティーがあって怖いんだよ……普通にちびるかと思った……」
部屋に戻った途端、いつもの調子戻るみずきにニューンはまた呆れた表情で頭の上に靄を浮かべた。
「あんなに痛めつけられたというのに、君はまだそんなに闇の力を甘く見ているのか……」
「甘くは見てないって……そりゃトラウマにだってなりそうだけどさ……闇の連中って一体何なんだ?何でこの世界にちょっかい出してくるんだよ」
みずきから投げられた質問に、ニューンは一度間を空けてから話し出した。
「まだ話していなかったね……君には全てを知って貰う必要がある。僕の知っていることを全て話そう。まず、今回横浜の町を襲った魔道生物だけど、奴らは……」
”ドッドッドッドッドッ……”
ニューンがいざ語り始めようとしたその時、廊下の方からせわしない物音が聞こえた。
階段を駆け上がる足音、これは…………!
「やばい!母さん上がって来ちゃったよ!ど、どうしよ!?」
「おいおい……とにかく、君が魔法少女であることは家族にも内緒にしておいた方がいい。早く変身を解くんだ」
「そんなこと急に言われたって、これの解き方わかんねぇよ!!」
2人があたふたと言い争っている間に、外の足音がドアの前でピタリと止まった。
”ガチャッ”
その音とともに、ドアは一切のためらいなく開かれた。
「みずき、さっき凄い揺れがあったけど大丈夫…………」
母親と目が合った瞬間、辺りの空気が一瞬にして凍りついたのを肌で感じた。
ひとり娘の着こなす露出の多いコスチューム。コスプレだとしても、何故それを1人部屋で着ているのか……身近な人間の意外な趣味や真実ほど、何故だか気まずくなったりするものである。
悪いことは何もしていないはずなのに、母親の一瞬引きつった表情を見て、みずきは何故か罪悪感に包まれた。
「えっと……あー、お邪魔だったかしら……と、とりあえずその様子だと大丈夫そうね……じゃあ、ごゆっくり……」
「ちょっ、待って母さん!これは……!」
”ガチャッ”
突然開かれたそのドアは、一瞬にして閉じられた。なんとも言えない空気が辺りに張り詰める。
「最悪だ……一人でヤってるとこ見られたときくらい最悪だ……」
「いや、明らかにそっちの方がダメージ大きいでしょ」
気分が落ち込み、ふっと力が抜けた瞬間、先ほどまであんなに苦戦していたはずの変身が、あっさりと解かれる。
「いや、今更解けるんかいーーーーっ!!」
自らに全力でツッコミを入れると、みずきはその場に座り込み、ため息を漏らす。
「お母さん、せめてこの格好より先に"こっちの大怪我"の方を気遣ってくれよ……全身血塗れでこんなに出血したのなんて初めて……って、あれ?」
ここでみずきはようやく自身の体の"変化"に気がついた。
「血が出てない……さっきあいつに大根おろしみたいに顔面引きずられてたはずなのに……てか、戦ってた時のあの激痛が今は全く感じない!!何でだ!?」
驚くみずきの様子を見て、ニューンは何処か誇らしげに口を開く。
「それは"超回復"のおかげだよ。魔力を宿した君の体は身体能力だけでなく、肉体の再生力までもが常人を遥かに超えている。たぶん腕を一本持っていかれても時間はかかるがしばらくすれば自然回復するはずだよ。もちろん、超回復できるのは変身中に受けた怪我のみで、痛覚自体は基本そのままだから、ある意味生き地獄になる可能性も考えられるけど……」
「待て待て待て!わかったからもうその痛い話やめてくれ!てか、もうそれほぼ私人間辞めてなくない?石○面を被った吸血鬼か何か?その辺大丈夫なのかよ!?」
「オッホン!さて、話を戻すと…………」
みずきの発言を咳払いで華麗にスルーすると、ニューンは再び話し始める。
「今回横浜の町を襲った魔道生物、奴らはこの世界とは別の異空間……すなわち”闇の世界”からやって来た生命体だ。奴らに知性はなく、ただ本能的に建物を破壊したり他種を食う恐ろしい化物だ……奴らは2つの世界を繋ぐ"ゲート"を潜ってこちらの世界にやってきた。ただ、何故2つの世界を繋ぐゲートが出現したのか……その原因は残念ながら僕にもまだわからないんだ」
「ちょいちょい!わからないって……いくらなんでも曖昧すぎやしないか?そもそもあんたも魔道生物なんだろ?他の魔道生物と違ってなんであんたには知性がある?なんで人間の味方をする?その辺りも聞かせてもらいたいね」
みずきの言葉に、ニューンの表情が曇る。しばらく沈黙すると、ゆっくりとその小さな口を開いた。
「……こんなことを言っても信用してもらえるかはわからないけど、君には全てを話すと約束した。隠し事は一切しない。改めて真実だけを話すと誓おう」
そう言葉にすると、ニューンは大きく息を吸い込み、真剣な表情で再び話し出した。
「僕自身、自分が何者なのかよくわかってはいないんだ。さっきも言ったように、魔道生物には知性がない。しかし、何故か僕はある程度の知性と言語能力を有している。そして、目覚めたその瞬間、君達人類を救いたいという感情が芽生えていたんだ。まるで初めからそう運命付けられていたようにね……」
「なんだそれ……そうやって信用させておいて、最後の最後で裏切る……なんてオチないよな……?」
「オチってなんだよ!……疑いたくなる気持ちはわかる。ただ、僕自身知りたいんだ……自分が一体何者なのか。目覚めたその瞬間、自分に関する記憶は何もなかった……ただ、闇の世界のことやこちらの世界のことは記憶に残っていた。そして、魔法少女のことも……!"人間界へ行き魔法少女を探す"……これが自分に与えられた"使命"だと本能的にわかった。そして、これこそが唯一自分が何者なのかを知る為の"道しるべ"だとも感じた……!使命をまっとうすることで、いつか自分自身の"正体"にも辿り着くんじゃないか……そう考えて、決死の覚悟で闇の世界から僕は逃げて来たんだ」
「…………」
「自分が怪しい奴だなんて、そんなこと僕自身が一番よくわかってる……だけど事実、今人類を救うには魔法少女の力がどうしても必要なんだ……だから、心の底から信じてくれとは言わない……だがせめて、人類の未来の為に、僕自身の記憶の為に、引き続き君の力を貸してほしい……!!」
そう言葉を終えると、みずきに向かってニューンは深く頭を下げた。
ニューンが顔を上げた時、その真っ直ぐと向けられたつぶらな視線に、みずきは思わず目を逸らして頭を掻く。
「ま、まあ、あんたがいなきゃ街も救えなかっただろうし、一応信用はしてるつもりだよ。一度乗った船だ。今更魔法少女を降りる気はねーよ!」
「みずき……ありがとう……!」
みずきの言葉にホッと胸を撫で下ろすと、ニューンは少し目を潤ませた。そんな彼の様子に、みずきは少し照れ臭くなると続けて別の話題を口にする。
「それと、あのドボルザークって奴は一体何者なんだ?容姿もその強さも、他の魔道生物とは明らかに異質だった……」
「そう!彼らこそが最も警戒すべき相手、"闇の使者"だ!」
その質問を待ってた言わんばかりに、ニューンは背筋をピンと伸ばし、食い気味に答えた。
「姿形からもわかるように、奴らは魔道生物とは違い、力だけではなく君達人類と同等、或いはそれ以上の知性を持ち合わせている。そして何より、彼らは組織化していて実質的に闇の世界を支配している存在だ……!」
「……で、ドボルザークもその組織化した連中の1人だと」
「その通り。厄介な男だよ、彼は……異質な僕の存在を知るや否や、すぐさま排除しようとしてきたよ。僕は必死に逃げ、ゲートを潜ってこちらの世界にやって来たけど、おそらくあのゲートを召喚したのも闇の使者の仕業だろう。大量の魔道生物を送り込んだのもきっと奴らに違いない……その目的はこの世界の征服か、人類の殲滅か、或いは"もっと恐ろしい何か"か……」
ニューンの言葉に、辺りに緊張が走る。
息を呑んで彼の話を聞くみずきであったが、しばらく沈黙し何やら考え込むと、咄嗟に背筋をうんっと伸ばして笑顔を浮かべた。
「……まっ、何にせよ、この世界の危機を救うにはこの私の力が必要ってわけだな!」
「そういうことだね!君を含めた"5人の魔法少女"が集まれば、たとえ強大な闇の力が相手だろうともきっと対抗することが出来るはずさ!」
「そうそう、"5人の魔法少女"がいれば……って、ちょっと待てぃ!!」
と、ここで、ニューンの言葉の違和感に、みずきはたまらずちょっと待てぃボタンを叩き、ニューンに話を遮る。
「えっ、魔法少女って5人もいんの?私だけじゃないの?」
「あれ、言ってなかったかい?魔法の才を持つ少女は君だけじゃないんだ。君の最初の試練は、僕と共に残り4人の魔法少女を探し出すこと!なに、心配はいらないさ。君達は運命に導かし戦士!必ず自然と惹かれ合うはずだよ!」
「あの、それ以前に私初対面の人と話すの苦手なコミュ障なんですがそれは……」
突然告げられた"5人の仲間"の存在。引きこもり魔法少女みずきの試練が、今始まる。
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