第61話 魔力は上がるが露出度も上がる

 凍えるような風が辺りを包む。


 緊迫した状況の中で、暗く淀んだ空がゴロゴロと荒々しい雷の足音を響かせる。



 横浜の景色を一望できるほど高く聳え立つマリンタワー頂上で、ユリカとバルキュラスはそれぞれの思いを胸に、両者鋭い目つきで睨み合っていた。


 と、同時に、変身に伴い、ユリカの体が強く発光、バルキュラスの周囲にドス黒い霧が立ち込めると、やがて、彼女らを包む膨大な魔力が弾け飛び、2人の姿が露わとなった。


 

 これまで同様、フリフリとした可愛らしい衣装を纏うユリカに対し、バルキュラスはまたしても新たな魔道衣装に身を包んでいた。


 真っ黒に艶めく鎧、手に握られた漆黒の剣が、異常なまでの物々しさを放つ。


 まさに”闇の騎士”と扮したバルキュラスの風防に、ユリカは圧力を感じながらもその真剣な眼差しを彼女から逸らすことはなかった。



 両者共に変身を遂げると、すかさず互いに間合いを取り合う。



「魔剣の鎧”ダークカリバー”……アタシが持つ最大の力で、あんたをねじ伏せてやるわ……!!」



 様子を伺いつつ、バルキュラスは軽くステップを踏むように足を動かし出した。



 刹那、突如地を強く蹴り付け、早くもバルキュラスはユリカへと攻撃を仕掛けた。


 素早い動きを見せる彼女に反応し、咄嗟にユリカも魔道ミサイルを撃ち込む。が、変則的に移動するバルキュラスの動きを上手く捉えることが出来ない。



「くっ……なんて素早い動きですの……!?」


「ハッ、雑魚じゃーあるまいし……そんなちゃちな魔法で、今のアタシは止められないわよッ!!」



 焦りを見せ、攻撃に精彩を欠くユリカ。


 その重装備からは想像もつかないほど機敏な動きで、バルキュラスは戸惑う彼女を追い詰めて行った。


 と、やがて、ユリカが気づいた頃には、既にバルキュラスは目と鼻の先まで迫っており、完全に間合いを取られてしまっていた。



「……ッ!?シールド……」


「遅いッ!!」



 杖を前へと掲げ、来たる一撃を防ごうと試みるユリカであったが、時既に遅く、シールドを張る時間すら与えられないまま、接近したバルキュラスの容赦ない攻撃が繰り出された。


 突き出された黒い剣先が目の前まで迫る。



 極限の瞬間に、心臓がドクドクと音を立てて唸る。まるでスローモーションのようにゆっくりと流れる時の中で、ユリカの瞳孔がカッと見開いた。



 と、次の瞬間、咄嗟に左足を後ろへ引くことにより、ユリカは間一髪のところでバルキュラスの攻撃を回避することに成功した。


 だが、顔の真横に突き立てられた剣は左側の頰を掠め、ユリカの白い肌に赤く艶めく血が流れた。



「ハァ……ハァ……!!」


「チッ……次は当てるわよ」



 そう小さくバルキュラスが呟くと、息を切らしていたのもつかの間、ユリカの腹部に、彼女の鋭い蹴りが突き刺さった。



「……ッ!!!」



 声にもならない激痛が、電流のように全身を走った。


 鎧の重みの加わった強烈な一撃が、鈍い音を響かせ腹にめり込む。と、冷徹な表情を浮かべながら、バルキュラスはその突き立てた足を勢いよく振り切った。


 あまりに重い攻撃に、堪らずユリカの体は大きく後ろへと吹き飛ばされていった。



「ぐあぁ……!!」



 タワーの端ギリギリまで追い詰められたユリカは、痛みに腹を抱えながら足をバタバタと動かし悶え始めた。


 歯をグッと食いしばり辛うじて立ち上がるユリカであったが、再び近づくバルキュラスの猛攻が止まらない。



「この鎧は高い攻撃力と俊敏な動きを武器とした対人戦特化型の魔道衣装……つまり、特殊な魔法ばかりで決め手に欠けるあんたにとっては、相性は最悪と言ったところね」



 全体的に高い性能を持つ魔道衣装”ダークカリバー”は接近戦を最も得意としており、そこから放たれる攻撃はまさに脅威的な強さを誇っていた。


 つまり、仲間のサポートや中距離からの攻撃を主としたユリカの魔法では、”ダークカリバー”を纏ったバルキュラスはまさに天敵と言える存在となっていたのだ。



「なるほど……シンプルな能力ほど強いと言うのは、まさにこのことですわね……」



 こんな会話の最中にも、バルキュラスの容赦ない攻撃が止むことはなかった。


 相性は最悪……その事実を身をもって痛感しながら、ユリカは襲い来るバルキュラスの攻撃に対し、必死にシールドを張り続けた。


 あまりに一方的な、ギリギリの戦いは長らく続けられた。



「どうしたッ!?あんたの実力はこの程度なわけぇ?!守ってばかりじゃ、アタシを倒すことは出来ないわよ!!」



 突きつけられる言葉と攻撃の嵐に、ユリカは張り巡らせたシールド越しに悔しそうな表情を浮かべていた。


 力強く杖を握り締める手のひらが、真っ赤に滲む。



「そんなちっぽけな守りでいつまでも……アタシをナメるなッ!!!!」



 と、バルキュラスが大きく声を張り上げたその時、ついに恐れていた悲劇が起こった。



 声を上げて振り下ろされたバルキュラスの一撃が、とうとうユリカのシールドを打ち砕いたのだ。



 破れたガラスのようにキラキラと飛び散る魔力の結晶にバルキュラスが視界を悪くしたこともあり、ユリカは間一髪その一撃を避けることが出来た。


 振り下ろされた剣が地面に触れた瞬間、床は粉々に粉砕され、巨大なクレーターを作り出した。万が一これが当たっていれば……魔法少女に変身したユリカとて、ひとたまりもなかったであろう。



 と、ユリカが表情を青ざめさせたその時、息もつかさぬ早さでバルキュラスの次なる猛攻が彼女を襲った。



「これで……終わりよッ!!!!」



 ガラ空きとなった間合いに、バルキュラスは此処ぞとばかりに両手で柄を握り締め、鋭い剣先を突き立てながら勢いよくユリカの元へと飛び出した。



 絶体絶命のこの窮地。


 ところが、にも関わらず、ユリカは瞬時に目つきを替え、冷静な表情で向かいくるバルキュラスに焦点を向けていた。


 と、黒く鋭い剣先が目の前まで迫ったその時、ユリカは静かに息を吸い込むと、落ち着いた物言いで口を開いた。




「……いいえ、まだ終わってなどいませんわ……!!」




 彼女が強気に言葉を放ったその刹那、突如2人の間に現れた影が、バルキュラスの攻撃を防ぎ止めたのだった。



「なっ……これは……ッ!?」


「ホモォ……ホモォ……!」



 まるで筋肉の鎧を纏ったが如く鍛え上げられた全身ピンクの生物が、鋭くギラつく刃をガッチリと両手で抑え込む。


 一度見たら忘れなれない容姿に奇妙な呻き声を上げるその影の正体は、ユリカの魔法によって生み出されたゴーストだった。



 黒い剣が彼女の体を突き刺さんと迫ったその時、ユリカは瞬時にゴーストを出現させ、自らの身を守ると同時にギリギリの距離までバルキュラスを引きつけていたのだった。



「ぐっ……謀ったわね……!けど、この程度の力じゃ、今のアタシを止めることは出来ない……そんな気色の悪い魔法が、一体いつまでもつかしらねッ!!」



 バルキュラスの煽るような口振りに、ユリカは思わず口元を歪めた。



 しかし実際、ユリカが土壇場になって出現させたゴーストと、攻撃特化の魔道衣装を纏ったバルキュラスとでは、その力差はあまりに大きすぎた。



 ゴーストの剣先を握る手が震える。全身全霊で主人であるユリカを守ろうとするも、無常にも剣先はじりじりと彼女の目の前まで迫っていった。



「あと少し……貫けえぇ……ッ!!!!」



 眉間にシワを寄せながら、バルキュラスはさらに剣へ力を込める。パンパンに膨れ上がったゴーストの腕が、彼女の驚異的なまでの力を物語っていた。



 己の勝利を確信し、表情に余裕を見せ始めたバルキュラス。



 が、次の瞬間、彼女の表情が一気に強張ったものへと変化した。



 その要因となったもの……それは、もはや限界かと思われたいたユリカが、この危機的状況の中で何故か小さく笑みを浮かべたことにあった。



「あんた……何を笑っているの……!?」



 バルキュラスの質問に、ユリカは髪を靡かせゆっくりと口を開いた。緊迫する状況に、両者流れる汗が止まらない。



「バルキュラス……一騎打ちにおいて効果的な攻撃手段を持たないワタクシにとって、貴方のその装備はまさに脅威の存在と言えたでしょう……しかしそれは、あくまで”今までのワタクシ”の話……自分の苦手な部分など、とうの昔に理解していましたわ!だからこそ、いつまでもワタクシが決定打不足を言い訳にしていると思ったら大間違いですことよ!!」



 鋭い目つきを向けながらユリカがそう強く言い放ったその時、突如ゴーストの体が強烈な光を放った。



 刹那、先ほどバルキュラスによって粉砕された地面の瓦礫が、まるでその不思議な光に吸い寄せられていくかのようにしてゴーストの腕へと付着していった。



「これは……ッ!?」



 瞬間、何か嫌な予感を察知したバルキュラスは、急ゴーストの握る手から急いで剣を離そうとする。



 が、刹那、勘が過った時には既に遅く、ゴツゴツと瓦礫で固められたゴーストの手によって、バルキュラスの手にした黒き剣は木っ端微塵にへし折られてしまった。


 あまりにも簡単に、あまりにも無残に砕け散った剣を目の当たりにし、バルキュラスの目の前は真っ暗に染まった。



「ば……こんなこと……あんたは、最初からこれが狙いだったというの……?!」



 あまりの衝撃に、バルキュラスは声を震わせながら足を後退させた。


 そんな彼女の様子を見て、ユリカはスッと風に靡く白い髪をかきあげる。



「その通りですわ……しかし、正直なところ、ゴーストの強化魔法が成功したのは今回が始めてでしたの……この土壇場で使うには少々ギャンブルが過ぎたかもしれませんが、結果、どうやらこの賭けはワタクシの勝ちのようですわね……!」


「おのれ……おのれ……小賢しい魔法少女めが……ッ!!」



 ユリカの浮かべる涼しい表情に、バルキュラスはムカムカと腹の内で煮え上がる怒りを露わにした。


 今尚臨戦態勢をとる彼女に対し、ユリカは静かに杖を構える。



「……そしてここからがッ!”ゴースト強化魔法”の真の力ですわ!!」



 突如声を上げて話すユリカの姿に、バルキュラスは肩をビクリと揺らし身構えた。


 と、同時に、再びゴーストの体が強い光を放つ。


 先ほど以上の発光を見せ、徐々に巨大化していくゴーストの周囲には、強烈な突風が吹き荒れた。




「いきますわよ……”ゴーレム”生成!!」




 その言葉と共に、突如、ユリカの姿が二段階目の変化を遂げた。



 より露出の強化された奇抜な衣装、白く美しく伸びた毛先を宝玉で三束に纏めた髪型、まるで天使の輪のように頭の上を浮遊する”重なる♂(オス)マーク”が、一周回って神々しさすら放っていた。


 宛ら魔神……いや、”腐神”と化したユリカは、握り締めた杖を前へと突き出し、さらなる魔力を解き放った。



「いでよ、我が忠実なる化身ッ!!汝、その力をもって大罪に裁きを!!レリーズ!!」



 杖を天高く掲げ、呪文を言い放つと、輝くゴーストの姿にも変化が起こった。


 まるで竜巻の如くゴーストの周りを吹き荒れる突風が、やがて辺り一帯を巻き込み地上にある様々な物を宙へと放り上げた。


 そして宙を舞うそれらを次々と吸収。木材から建物の瓦礫、さらには電柱や車まで、ありとあらゆるものを取り込み、ゴーストはこれまでとは比べものにならないほどの巨大化を果たしたのだ。



 その聳え立つ巨人の姿を、バルキュラスはただ顔を白くさせながら呆然と見上げていた。



「嘘でしょ……こんな……こんな上級魔法を、人間風情が……これが、こいつら魔法少女の力だっていうの……」



 その表情に、もはや戦意などどこにもなかった。ただ恐怖し、ただ絶望するのみ。


 だが、そんな最中、今度はユリカからの容赦ない攻撃がバルキュラスに向けられた。




「さあ……チェックメイトですわ」




 ユリカの言葉と共に、”ゴーレム”へと進化を遂げたゴーストの巨大な拳が、バルキュラス目掛けて振り下ろされた。


 もはや勝ち目のない圧倒的存在を前に、足の震えが止まらない。



「あ、悪夢よ……こんなの……夢なら早く覚めて……ハッ!?」



 全てから逃げ出したい。


 そう心の奥で願った瞬間、バルキュラスの脳裏には”あの男”の姿が思い出された。



”圧倒的力を得るためにはそれ相応の対価が必要になる”


”いつまでもウジウジと……あんたも本当はわかってるんでしょ!?”


”いい加減目の前の事実を受け入れなさいよ!!”



 戦いに怖気付き、現実から目を背けようとするゴッドフリートに向けた自らの言葉が、今、自身の背中に重くのしかかる。


 散々嫌悪の目で見続けてきたゴッドフリートと今の自分の姿とが重なり合ったその時、どうしようもなくムシャクシャとした感情が、バルキュラスの中で湧き上がっていった。



「違う……アタシは覚悟を決めた……あんな奴とは違う……違う……ぐっ……ああああああああああああああッ!!!!!」



 自分を追い詰め倒した先、バルキュラスは吹っ切れたように大声を上げると、折れた剣を捨て去り、迫り来る巨大な拳に向かってがむしゃらに走り出した。


 自らもまた拳を握り締め、ゴーレム相手に果敢にもその拳を振う。



「アタシは……アタシは……ッ!!」



 バルキュラスの突き出した拳が、ゴーレムの拳と重なる。



 が、無常、バルキュラスの悲痛の叫びも、最後の足掻きも虚しく、ゴーレムの……ユリカの拳は、彼女の闇も、その全てを打ち砕いていった。



 マリンタワーを中心に、辺りは真っ白な輝きに包まれた。





―運命改変による世界終了まであと73日-


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