第62話 残酷な覚悟
ボンヤリと目の前を広がる暗い空が、その時ばかりはやけに感慨深く映って見えた。
「……ア、ア、……アタシは……い、一体……」
霞む意識の中で、呂律の回らない舌を懸命に動かしながら、バルキュラスは必死に言葉を紡ぐ。
気づけば、全身を覆う自慢の鎧はボロボロに砕け、体もまともに言う事を聞かない状態にあった。
ユリカの放つゴーレム魔法により、バルキュラスは再起不能なまでに追い込まれていた。
その一撃は、2人の戦いの舞台となっていたマリンタワーそのものを吹き飛ばし、コンクリートの地面に巨大な穴をあけるほど恐ろしく強力なものだった。
と、全身を駆け巡る激しい痛みに堪えながら、バルキュラスが顔を上げると、そこには疲れ果てたユリカの姿があった。
よく見ると、ユリカの姿はゴーレムを召喚した際の衣装ではなくいつも通りのものへと戻っており、彼女は息を荒くさせながら地面に膝を付けていた。
「ゼェ……ゼェ……す、少しやり過ぎてしまいましたわ……ハァ……ハァ……こ、これは、今までの魔法とは比べ物にならないほど力の加減が難しいですわね。あまりの魔力消費に、パワーアップした姿もたった一撃で元に戻ってしまいましたわ……どうやら、これはまだまだ特訓の必要性ありということですわね……!」
地に手を付きながらも、既に今後の戦いに向けた計画を頭の中で組み立てるユリカ。
と、そんな彼女に対し、鬼のような怒りに満ちた形相を浮かべながら、バルキュラスは声を大きく張り上げた。
「まだよ……まだぁ……終わってないんだからあああああッ!!!!!」
ビリビリと鼓膜に彼女の声が響く。
歯を食いしばり酷く傷付いた体を無理やり起こすと、バルキュラスはフラつく足を必死に一歩前へと踏み出し、ギラつく目でユリカを睨みつけた。
グルグルと喉の奥から獣のような唸り声を上げる。
もはや、執念のみで立つ彼女の醜い姿に、痛々しさすら感じさせられた。
そんなバルキュラスの不安定な様子を目の当たりにし、ユリカはどこか哀しそうな表情を浮かべると、その口をゆっくりと開けた。
「いいえ、終わりましたわ……もう、貴方に勝ち目は……」
「それでもッ!!たとえ勝ち目がないとわかっていても……アタシは終わるわけにはいかないのよ……こんな無様に……終わらせてたまるもんかッ!!」
「……一体、何がそこまで貴方達を突き動かすというのですか……!?」
彼女の放つ気迫に、少し動揺を見せるユリカ。
口元から薄っすらと流れる真っ赤な血を親指で擦り取ると、バルキュラスは力強く、しかしどこか悲しげな表情を浮かべ、苦しそうに言葉を零した。
「そんなの……アタシにだってわからないわよ!!ずっと女王の元、尽くしてきた……ただひたすら、ただ闇雲に……そして今では自分が何者なのかすらわからなくなって……けど、そんなアタシにだって意地があるのよッ!あんた達を倒すのが、アタシに課せられた使命……それが!それだけが!今のアタシの存在を繋ぎ止める唯一の綱なんだから……!!」
悲痛に語る彼女の姿に、どこか同情に似た感情が湧き上がってくる。
が、一瞬喉まで出かかった言葉を寸前で飲み込むと、ユリカは意を決した表情で静かに言葉を放った。
「……それが、貴方の”真の思い”なんですのね。強い意志も、そのために抗い続ける意地も、全て目覚しいものを感じましたわ……ですが……いいえ、だからこそ、もう……終わりにしましょう……!」
バルキュラスに向けられた熱い視線、ユリカの瞳に映る輝きが、彼女の目に眩しく飛び込んで来る。
と、その時、ユリカの伸ばす目線の先、背後に立つ”強い魔力”に気が付いたバルキュラスは、咄嗟に後ろを振り返った。
すると、そこには横一列に並ぶ4人の”少女達”の姿があった。
「マジかよ……これ、ユリカがやったのか……すげーなッ!おい!」
「なーに喜んどるんじゃ、お主は!守る側のアッシらが、戦いの末とはいえ横浜港のシンボルをぶっ壊してしまうとは……いくら何でもやり過ぎじゃろう……」
「いつの間にこんな強力な魔法を……これは、ボクもうかうかしてられない……」
「ゴーレム魔法……相変わらずユリカの魔法は凄いね!ゴーレムといえば、今でこそゲームや漫画の影響でフィクションのモンスターとして有名だけど、元々はユダヤ教の伝承に登場する意思を持った泥人形のことで、その体には旧約聖書にも記されていた……クドクド」
真っ赤に靡く髪、青色に澄んだコート、布の少ない迷彩柄の衣装に艶めく鎧と刀……個性豊かに立ち並ぶ”彼女達”の姿に、バルキュラスの瞳孔が見開く。
「なっ……魔法少女……!?」
バルキュラスの漏らしたその言葉に、集結した魔法少女達は真っ直ぐな瞳を一斉に彼女の元へと向けた。
「”何であんた達がここに!?”……なんて、もう聞かなくてもわかるよな?タイマン張って一人一人潰すために魔道生物を各地にばら撒くとはぁ、相変わらず汚ねー手を使う奴だ……けどまあ、ユリカなら必ずやってくれるって信じてたから、私的には何も問題なかったんだけどな……」
「ぐっ……クソが……まさかこんなにも早くやって来るなんて……人間如き……人間如きが相手だというのに……もはや、魔道生物じゃあんた達を足止めすることすら出来ないってわけ……!?」
「ああ、それもあるだろうな……けどなぁ、バルキュラス……あんたのした最大の誤算は、”敵が私達だけ”だと勝手に思い込んでいたことだ」
「なにぃ……敵が、あんた達以外にもいる……だって……?」
「そうだ……あんたが相手にしていたのは、私達魔法少女だけじゃない……実際に武器を手に立ち上がった部隊の人達。ここまで私達を支えてくれたLDMの人達。それに、平和な日常を奪われながらも、きっと明日が来ると強く信じて願っている人達……私達だけじゃない、みんな必死に命張ってんだよ……そんな人間を……いつまでもなめてんじゃねーぞッ!!」
このみずきの言葉から何かを勘付いたバルキュラスは、ギョロギョロと見開いた瞳を動かし、辺りを慎重に見渡す。
と、そこには草むらや物陰に身を潜め、遠くから自分を囲むようにして特殊な武器の銃口をこちらへと向ける大勢の人間の姿が目に映った。
「まさか……人間が魔道生物を……!?馬鹿な!!いくらこれだけの数がいるからって、そんなことが……!?」
「いつまでも全員が足震わせて、ただあんたらに恐怖しているとでも思ってたのか……?あんたは抜かったんだよ……私達を……いや、人間の力を!!」
みずきの言葉に、始めは驚愕の表情を浮かべていたバルキュラスであったが、少しして、その表情を次第に落ち着かせると、彼女はゆっくりと重い口を開けた。
「……人間風情が……いいえ、違う……人間だからこそ、力を合わせ、成長する……これが、”あいつ”の言ってた魔法少女達の強さってわけね……」
小さく囁くような声を漏らすと、バルキュラスは項垂れるようにして顔を下へと向けた。
目線を一点に集中させ、地面をただ黙ってじっと見つめる。
と、しばらくして、彼女は静かに顔を上げると、ゆっくりとユリカの方へと目線を送り、再び口を開いた。
「完全に、アタシの敗北ってわけね……さあ、この後は一体どうするつもり?もうアタシに勝ち目はない……煮るなり焼くなり、好きにしなさいよ……」
バルキュラスの曇った視線と歪んだ表情に、ユリカは一度言葉を詰まらせると、少し間を置き、真剣な眼差しで言葉を返した。
「……バルキュラス、貴方のこれまでしてきた行いは、とても許されることではありません……しかし、もうこれ以上の戦意がないというのなら、情報提供を条件にワタクシ達LDMの監視下、貴方を保護することを約束しましょう」
殺すどころか”保護”……そのあまりに予想外の言葉に、バルキュラスは目を丸くしてユリカの顔を見詰めた。
カラカラに乾いた風が、金色に輝くバルキュラスのツインテールを靡かせる。
「おっ、おい!ユリカ!それって……」
「もちろん、ワタクシも彼女を許したわけではありませんわ。しかし、今は少しでも情報が欲しいというのが正直なところですの……それに何より、推測するに彼女もおそらくドボルザークと同様……」
「くっ……!!」
ユリカのその言葉に、みずきは思わず顔に出た複雑な思いを押し殺し、グッと歯を噛み締めた。
と、その時、しんと静まり返っていた空気の中で、突如引きつった高い笑い声が辺りに響き渡る。
「クク……ハハハ……アーッハッハッ!!……あー、おっかしい!!ヒヒッ……あんた達魔法少女ってのは、本当にどうしようもない連中なのね……!」
突然の出来事に驚くみずき達。
そんな彼女達の目に映った衝撃の光景とは、肩を大きく揺らし大笑いするバルキュラスの姿だった。
狂ったように笑い続けるバルキュラス。
その先程までとは明らかに違いすぎる彼女の様子に、その場にいた全員が堪らない不気味さを覚えていた。
と、次の瞬間、バルキュラスは唐突に笑い声を止めると、瞳孔を大きく見開き、その表情にはち切れんばかりの血管を浮かび上がらせた。
「なめくさるのも大概にしなさいよ……命だけは見逃してやるとでも言いたいわけ?……ふざけないで。アタシは本気で……本気であんた達魔法少女をぶっ殺そうとしてたのに……それなのに、あんた達は……殺す覚悟もない癖にッ!!図に乗ってんじゃないわよッ!!同情するくらいなら……アタシの為に死ねええええええッ!!!!!!」
張り上げられた彼女の大声が、みずき達の全身にビリビリと落雷の如き衝撃を与えた。
ナイフのように鋭く突き刺さるバルキュラスの強い眼差しに、みずき達は一斉に警戒を強めた。
嫌な予感がする……そう思った次の瞬間、バルキュラスは腰回りから”ある物体”を取り出す。
と、みずきの目に真っ先に飛び込んで来たのは、赤く不気味に揺れる謎の”液体”であった。
その見覚えのある不気味さに、みずきは顔の色を変えた。
「おい、待て!!早まるなッ!!」
以前見た悍ましい光景が脳裏によぎる……と、バルキュラスの手に握られた黒く艶めく注射器を目にするや否や、みずきは急いで彼女の行動を止めようと走り出す。
が、時は既に遅かった。
「早まる……?いいえ、違うわ……最初から……ずっと、こうなることは覚悟の上よッ!!!!」
荒げる声と共に、バルキュラスは振り上げた注射器の針を自分の首元へと勢いよく突き刺した。
「ぐぎぃ……ッ!」
バルキュラスの体内に艶めく赤い液体が注がれていく。
その光景を前に、みずきの額からは冷たい汗が大量に噴き出した。走る足を止め、ただ呆然とした様子で息を荒げる。
歯茎を剥き出しに、苦しそうな表情を浮かべるそのバルキュラスの瞳は、涙でいっぱいに溢れていたように見えた。
刹那、ドボルザークの時同様、バルキュラスの体が徐々に奇形していき、その姿を巨大なものへと変貌させていった。
と、この状況に、みずきを除いた魔法少女と周囲に散開していた特殊部隊の面々は、皆不穏な空気を感じ取っていた。
周囲がざわざわとざわつき始める。
「これは……どういうことですの……一体、バルキュラスは……」
「……見ての通り、ドボルザークと同じく、追い込まれた奴もまた”自らを辞めおった”ようじゃの……愚か者め」
「赤い……薬……?たったアレ一本でここまで姿が変化するなんて……あれは一体……」
「姿形だけじゃない……その魔力も恐ろしいくらいに上がってきてる……!!皆さん!ここは危険です!一度下がってください!!」
大きな声を上げる沙耶の呼びかけに、変貌するバルキュラスの姿を見上げ呆然としていた武装部隊の人々はハッと我に返った。
その後、彼女の指示に従い、銃を構えつつ速やかにその場から後退していった。
醜怪な肉の塊が、バルキュラスを包み込みどんどん膨れ上がっていく。
と、やがて、その形は徐々に奇怪なものへと姿を変え、バルキュラスは足の何本も生えた、まるで蜘蛛のような不気味で巨大な魔道生物へと変貌を遂げたのだった。
「バ、バルキュラス……?」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!」
一瞬、そのバルキュラスの醜い姿に動揺を露わにしたユリカであったが、呼びかけに対してもただ奇妙な鳴き声を上げるだけのバルキュラス……もとい、”バルキュラスだったもの”を前に、ユリカはどこか遠い目で変貌した彼女を見上げた。
「……そうですか……貴方はもう、バルキュラスではないんですのね……ただ一つ、会話が成り立たなくとも、これだけは言わせて貰いますわ……貴方はさっきワタクシに言いましたね、”殺す覚悟もない”と……なら、証明して差し上げましょう……ワタクシの覚悟を……手加減は一切致しませんわよ……!!さあ、貴方もお覚悟はよろしくてッ!!?」
長い台詞に大きく息を吐くと、ユリカは覚悟を決めた表情で再び彼女に向かって杖を突き構えた。
「頼みます……ワタクシの魔力、もってくださいまし!!”イくぞ……俺の、エクスカリバー……ショット”ッ!!!!」
久しぶりにとんでもなくふざけた技名を真剣な表情で叫ぶと、ユリカの周囲は白い煙に包まれ、中から”♂”の形をした魔道ミサイルが、バルキュラス目掛けて力の限り撃ち出された。
「ぐぐっ……だー、もうっ!!こうなりゃーやるしかねーよなぁ!!さあ、ユリカに続いて私達も行くぞ!!」
ユリカの素早い猛攻に感化されたみずきは、拳を振り上げ、バルキュラスだったものの元へと全速力で駆け出していった。
と、それに続くように、風菜、息吹、沙耶の3人もまた一斉に前へと飛び出す。
「はあああぁ……っ!!アルティメット・ブロウ!!!!」
「駆け抜ける特急の如く……放て電流!!レールガン、発車(発射)!!!!」
「狙うはヘッドライン……赤点集中、エイムあわせて……射出ッ!!」
「……また、私はあなたに刀を振り下ろさなきゃいけないの?……ごめんなさい……紅・政宗ッ!!」
魔法少女達による渾身の一斉攻撃。
激しい音や光と共に、数々の強力な魔法が蜘蛛のような巨大魔道生物の元へと集中砲火される。
全身全霊で挑む総力戦。
が、しかし、そんな激しい攻撃も虚しく、かつてバルキュラスだったその魔道生物は、みずき達の魔法を全くモノともせず、奇妙な鳴き声を上げながら反撃に転じた。
大きく体を動かし、その地面を抉る巨大な足で魔法少女達を次々となぎ倒していく。
「ぐぬぅ……!ここまでしても全く動じんとは……なんて強さじゃ……!!」
「ちっ、つえぇ……やっぱりドボルザークの時みたいにはいかねーわな……自我を犠牲に、完全な力を受け入れたその時こそ、あの奇妙な薬の真の力が発揮されるってところか……ったく、悪趣味にも程がある……!!」
頰に飛び散った血しぶきをみずきが擦り取ると、地面に叩きつけられた魔法少女達は体を必死に起こし、再びその地に足を立てた。
流れる血に足元を悪くしながらも、歯を食いしばって震えるその体を無理矢理に支える。
「……確かに、恐ろしいほどの強さですわね……ですが、決して勝機がないわけではありませんわ……!!」
「”この矢一本なれば、最も折りやすし。しかれども一つに束ぬれば、折り難し。”……個々の力でダメなら……!」
「みんなの力を一つに……!!」
立ち上がった魔法少女達は息を深く吸い込むと、全員が声を揃えてその”技の名”を口にした。
『”超絶・アルティメットV”……!!』
互いに目を合わせ、彼女達はかつて強敵を完全粉砕したその技の名を声に出した。
と、次の瞬間、まるでそうはさせまいと言わんばかりに、巨大な蜘蛛型魔道生物は鳴き声を上げると共に大量の魔法陣を宙へと描き、そこから放つ真っ赤な光線をみずき達目掛けて一斉に放出した。
集中砲火される攻撃を辛うじて回避するも、止め処なく後ろを追い回してくる光線の嵐に、みずき達はただひたすらそれらを避けるのに精一杯だった。
「くそっ、やはりダメじゃ!アルティメットVは発動までには時間がかかり過ぎる!奴を拘束、あるいは上手く誘導することが出来れば話は別じゃが……今の状態ではとても……!!」
ただでさえ攻撃を避けるのがやっとの状態で、5人が揃い、ある程度の時間をかけないことには放つことの出来ない合体魔法を繰り出す余裕など、今のみずき達にはなかった。
歯痒い現状に、風菜は眉間にしわを寄せる。
と、その時、どこからともなく聞き覚えのある声が、魔法少女達の耳に飛び込んで来た。
「……やれやれ、どうやら私の……いや、”私達”の力が必要なようね……!!」
全員が声のする方へと一斉に顔を向けると、そこには、左手でニューンの尻尾を無理矢理掴むスーツ姿の元警部補、小坂明菜の姿があった。
じたばたと暴れるニューンを必死に手繰り寄せながら、反対の手にはかつてニコラグーンの腕を撃ち抜いた”対魔道生物用ショットガン”をチラつかせる。
さらに、その後ろには大勢の武装部隊が、彼女を筆頭に陣形を揃えていた。
「こ、小坂!!?どうしてここに……それにニューンまで!?」
「すまない、みずき……危険だからと僕は止めたんだが、彼女がまあ言うことを聞かなくて……」
驚く魔法少女達の表情と、さらには一斉に向けられる熱い視線に、小坂は得意げな顔で銃をくるくると回して見せる。
彼女の突然の登場に、周囲はざわめき始めた。
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