第60話 魔道生物警報

 白爪邸地下、LDM基地内にて騒がしく警報が鳴り響く。



『魔道生物の大量発生を確認!その総数、推定およそ5000体以上!今も横浜市山下公園を中心にその数を増やし続けています!』


『緊急警報発令!警備班による避難誘導を開始します!』


『現在、大量発生した魔道生物は多方面に拡散!猛スピードで移動し、活動範囲を拡大中!このままでは、被害は尋常なものではないと予想されます!』



 横浜市山下公園を中心として、突如大量発生した魔道生物の大群。


 その予期せぬ事態に、急ピッチでディスクキーボードを叩くオペレーター達の焦りの声が、基地内を右往左往に交差する。



 そんな混乱した状況の中、白爪家執事長、東堂は司令塔に立ちながら苦い表情を浮かべていた。



「諸君、落ち着け!一つ一つの事態を冷静に、早急に対応するのだ!拡散した魔道生物の対処として、既に特殊武装部隊を各地に配置。さらに現在、輸送ヘリにて対象の各移動予測ポイントに魔法少女達を輸送中。うち1名は発生源の中心となる山下公園付近に到着済みです。……今、我々に出来ることは限られています。しかし、その一つ一つの行動に多くの命がかかっているということを忘れてはいけない。皆の力で、化け物共に我々人類の維持を見せつけてやるのだッ!!」



 皆の中心に立ち、先導で声を上げる東堂の姿に、LDM本部内の士気は一斉に高まった。


 それぞれが互いに顔を見合わせ、気合いを入れ直す。



 と、その様子に一息つくと、東堂は自分のすぐ側に立つ白爪家メイド長、アーベラに顔を近づけ、彼女の耳元で小さく呟いた。



「アーベラさん、念のため外務省・内閣府を通じて安保理の規定範囲内での我々の活動範囲拡大の交渉をお願いしてもよろしいですかな……?」


「!?……了解デース!!こうなれば、とことんやってやりましょう!!」



 東堂の言葉に一瞬戸惑いを見せるも、すぐさま吹っ切れたようにアーベラは微かに笑みを浮かべ、急いでその場を後にした。


 走るアーベラの後ろ姿を見送ると、ふと東堂は顎に指を置き、少し俯きながら今の状況について考え込んだ。



(それにしても、ここへ来てあまりに大胆な行動……敵も相当焦りを感じているということだろうか……ともあれ、よもや”巨大未確認生命体特設災害対策本部”の設置から間も無く、ここまで大規模な敵の進軍が起ころうものとは……もし、少しでも判断を下すのを躊躇していれば、今頃はこれ以上に甚大な被害が……)



 と、ここまで考えたところで、東堂はハッと顔を上げた。不吉な想像にすぐさま蓋をし、頰を両手で強く叩く。



(……こんな緊急時に余計なことを考えてしまうとは、もう歳ですかな……。まったく歯痒い……お嬢様達が必死に戦っているというのに、ワタクシはただ皆様の帰りを信じて待つことしか出来ないとは……ですが、司令を任されてしまった以上、ワタクシがここを離れるわけにはいかない……お嬢様、どうかご無事で……!)



 そっと胸に手を添えて、神に祈るような思いで東堂は強くその拳を握り締める。


 目の前の巨大スクリーンに映し出された夥しいほどの数の魔道生物の群れから目を背けることなく、東堂はその不気味な光景をじっと鋭い眼差しで見続けていた。




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 黒い雲が空を覆う悪天候の中、巨大なプロペラの音を響かせながら、大型輸送ヘリが上空を進む。



「地上には人っ子一人おらんの……」



 普段人集りに溢れた街並みも、今はすっかり廃れて見える。


 頭ではわかってはいたものの、その違和感しかない灰色の光景を上空から見下ろしていた風菜は、思わず小さく呟いた。



「政府から避難勧告が出されてすぐ、みんな建物やシェルターに避難したんだろう……彼らにとって、こんなにも非現実的な事態が起こっているというのにも関わらず、しっかりと統率の取れる日本人の性格には、僕も素直に感心させられたよ」



 風菜の言葉に反応したニューンは、ヘリの小窓から地上を見下ろし頷く。


 そんな2人の会話に、不安を隠しきれない様子でいた他の少女達もまた、囁くように小さく声を漏らした。



「これまでも実感はなかったけど、本当にみんなが闇の存在を知っちゃったんだね……こんな光景、特撮やSF映画でしか見たことない……」


「……でも、政府の発表があったからこそ、ボク達もこうやって今まで以上に派手に動けているんだ。それにもし、その判断がなければ、今頃また多くの犠牲が出るところだったんだぞ?」


「わかってる……けど、何だか私達の日常が失われたような気がして……それが、どこか心にポッカリと穴を開けていったような……何だか、妙に寂しく感じるの……」


「そ、それは……」



 沙耶の発言に、息吹は思わず言葉を失う。


 寂しげに語る彼女の姿に、周囲はしんと静まり返り、激しく回転するプロペラの音だけがうるさいほどに耳に響いた。




「日常はなくなったりはしない……いや、なくさせたりなんかしてたまるか……!!」




 と、突然熱く語り出しながら立ち上がるみずきの姿に、その場にいた全員が一斉に顔を上げた。



「寝て覚めりゃ嫌でも明日が来る。明日が来れば、学校に行って、授業を受けて、仲間とダベって、帰ったらアニメを見て……そんな誰もが持つ”当たり前”を奪っていい権利なんてないはずだろ?……たとえそれが、闇の存在だったとしてもな。奪わせはしない……たとえ奪われたとしても、また奪え返してみせるさ!!」



 どこまでも熱く、どこまでも真っ直ぐと輝くみずきのその瞳を前に、少女達の心の隙を覆っていた一片の陰りは一瞬にして振り払われていった。


 ニッと白い歯を見せて笑う彼女の表情に、全員が笑顔を浮かべた。



「……やれやれ、帰ってアニメを見るかどうかは個々の趣味にもよるがの……でもまあ、そうじゃったな……アッシらの使命、その”当たり前”とやらを全力で守り抜いてやろうではないか!」



 みずきの言葉を受け、風菜もまた力強く立ち上がる。


 すると、そんな彼女に続くようにして、全員が次々とその場で立ち上がっていった。


 互いに顔を見合わせ、その真っ直ぐに伸びた眼差しを向け合う。



 と、その時、機内に流れたアナウンスの音に、少女達は耳を傾けた。



『第1ポイントへ到着。これより、大量発生した魔道生物達の鎮圧を開始してください!』



 機内に響くオペレーターから指示に、少女達は互いに目を合わせる。


 と、今度はその中心にニューンが立ち、改めて彼女達に作戦内容を伝えた。



「みんな、今回の戦いは戦力を分散してのものになる。各ポイントに君達魔法少女を1人づつ置き、必要となれば現地の特殊武装部隊と協力して、あちこちに散らばった魔道生物を一匹残らず殲滅するんだ!既に発生源となる山下公園には単独でユリカが到着している。僕のテレポートの使える回数にも限度がある分、厳しい戦いになるかもしれない……けど、今の君達なら必ず勝てる相手のはずだ!健闘を祈ってるよ……!」



 ニューンの言葉に、全員が一斉に頷く。


 と、その後すぐ、第1ポイント上空にて空中停止する輸送ヘリの扉に、みずきがそっと手をかけた。



「さあ、奴らに見せてやろうぜ……私達の強さをなあッ!!」



 親指を突き立て頼もしい姿を見せると、みずきはそのまま勢いよくヘリの外へと飛び出していった。


 次の瞬間、飛び降りてすぐ、生身のまま落下する彼女の元に大量の魔道生物の群れが一斉に集まり始めた。


 すると、そんな状況にも関わらず、みずきは落ち着いた様子で深く息を吐くと、手に付けたレザーグローブを掲げた。



「……変身ッ!!」



 落下する最中、みずきが力強くそう言い放つと、刹那、辺りは真っ赤に輝く閃光に包まれた。



 瞬間、発生した爆発的な魔力と共に、周囲に集まった魔道生物達を一層。一瞬のうちに灰へと変えた。


 そのまま着地したビルの屋上に巨大なクレーターを作ると、変身したみずきはゆっくりと立ち上がり、深く息を吸い込んだ。



「”貴様の最後に、俺の拳を刻み込め!!”……よし!久々にパンチマンの決め台詞も言ったことだし、いっちょ気合い入れてやってやりますかねッ!!」



 微かに笑みを浮かべると、みずきはそのまま拳を振り上げ、ビルの上から魔道生物の大群の元へと勢いよく飛び出していった。


 艶めく彼女の手甲が、眩しく空へと煌めいた。




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「これは……想像以上に厄介な状況ですわね……」



 一方その頃、ユリカは魔道生物の大群が発生した中心地となる山下公園へといち早く到着していた。


 既にLDM配属の特殊武装部隊が魔道生物達と激しく混戦する中、ユリカは付近を一望できる”マリンタワー”の頂上から地上を見渡しす。


 すると、そこには公園に面した海の中から、次々と不気味な魔道生物達が上陸している恐ろしい光景が広がっていた。



「まさか、海の下に”向こう側”と繋がるゲートが出現していましたとは……ですが、これは一体……?」



 目の前の光景に驚いた表情を浮かべていたのも束の間、ユリカは瞬時に表情を切り替えて、顎に指を当てながら真剣な眼差しで考え込んだ。



「……これまで、魔道生物が向こう側の世界から迷い込んで来たかのように突如出現したことは多々あります。ですが、このように大量発生する特殊なケースの場合、そこには必ず”奴ら”の存在がありましたわ……」



 と、ここまで推理すると、突如ユリカの胸が妙にざわついた。



 嫌な予感がする……そう感じたユリカが背後を振り返った次の瞬間、銀色に輝く”何か”が彼女の前髪を掠めていった。


 恐る恐るそれが飛んでいった先へと目を向けると、そこには鋭利に尖ったバタフライナイフが、背後の壁に突き刺さっていた。



「あーあ、変身前なら意外とあっさりいけるかなーなんて思ったんだけど、やっぱりそう上手くはいかないわよねぇ……」



 すると、突如聞こえてきた女の声に、ユリカは鋭い目つきで声のする方へと顔を向けた。



「……囮を使って戦力を分散させ、一人一人を確実に潰していく……以前も同じような手を使っていたようだったので、もしやと思っていましたが……やはり貴方でしたか、バルキュラス……!!」



 強気に出るユリカの目線の先、そこには宙を浮遊しながら、バタフライナイフの刃先を舌で軽く舐めるバルキュラスの姿があった。


 

「へぇ……あんたと面と面で向かい合ったことはなかったと思うけど、ちゃんとアタシのことわかってるんじゃない……それにしても驚いた。魔道生物を大量に召喚した時点で、今日も前みたいにたくさんの人間の血を拝むことになるんだろうなぁって思ってたんだけどさ……まさかちゃっかり対策済みとはね……それどころか、前は食い散らかされてるだけだった下等生物が、今度は武器を持って魔道生物と戦ってるじゃない!変わるものね……少しあんた達人間とやらを見直したわ」


「それはどうも……ふぅ、それにしても貴方、よく喋りますわね……ワタクシは既にその気だというのに……さあ、かかってきなさい。こちらはさっさと貴方を片付けて、一刻も早く魔道生物を生み出す厄介なゲートを閉じたいので……!!」


「ああ、そういうことね……まあいいわ。所詮武装したところで、人類なんてその気になればいつでも潰せるわけだし……今回のターゲットはあくまであんた達魔法少女……安心しなさい、戦力分散という役目が既に終わっている以上、そう焦らずとも、すぐにゲートを閉めてあげるわよ。……ゲートを開けるのにもそれ相応に膨大な魔力を消費する分、こっちも100%の力であんたと戦うには、どのみちそうしないといけないわけだしね……!!」



 そう話すと、宙に浮くバルキュラスはゆっくりとユリカと同じ足場へと着地し、その場で強く指を鳴した。


 瞬間、海面から次々と這い上がっていた魔道生物の数がパッタリと後を断った。



「さあ、これで準備は整ったわ。それじゃあ始めましょうか……アタシの持つ”最高峰の魔道衣装”をもって、あんたを完膚なきまでに叩き潰してあげるわ……何としてでも潰す……アタシにはもう後がないのよ……!!」


「絶対に負けませんわ……世界を守るのはもちろんのこと、共に信じて戦ってくれる大切なお友達のためにも、ワタクシはこんなところで立ち止まってはいられませんの!!」



 両者バチバチと火花を散らしながら、ゆっくりと互いの距離を縮めていく。


 ユリカとバルキュラス、これまでに合間見えたことのない両者が至近距離で睨み合う中、ユリカはそっと変身アイテムへと手をかけた。



「……変身ッ!!」


「ふんっ、果たしてあんたに救えるかしらね……この世界が……!!」



 お互い、睨み合ったままでの変身。


 魔法少女VS闇の使者。因縁の戦いが、今再び火花を散らす。





―運命改変による世界終了まであと73日-



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