第52話 運命に苛まれた遺憾なお前達に告ぐ

「なっ……そんなまさか……ニコラグーンが死んだだって……?!」



 紫色に燃える炎だけがボンヤリと辺りを照らす殺風景な空間に、ゴッドフリートの小高い声が響いた。



「魔法少女にやられたって言うのか……馬鹿な……あの男が……」



 強大な力を持ったニコラグーンの死。その突き付けられた衝撃の事実を受け入れることができず、ゴッドフリートは思わず言葉を失った。



 が、そんな彼とは対照的に、側にいたドボルザーク・バルキュラスの2人は至って冷静な様子で、ただただ沈黙したままその事実を静かに飲み込んだ。



「なるほど、そういうこと……最近途端に出撃の命令が出なくなった辺り、何か変だとは思ってたけど……それで、なんでそのことをもっと早く私達に知らせなかったわけ?……ナイトアンダー」



 腰に手を当てながら、バルキュラスは不満気な表情でそう尋ねた。


 と、殺風景な空間に唯一置かれた祭壇の上、そこへ堂々と座り込んでいたナイトアンダーが小さく笑みを浮かべ、その口を開いた。



「そう怒るなよ、バルキュラス。こっちにも段取りってやつがあるんでね……色々準備を進めていたら、君達への伝達が大幅に遅れてしまったわけだ」


「……そう。とりあえずあんたにとって、アタシ達の優先順位は所詮その程度だってことだけは理解したわ」


「……全く、相変わらずいい性格してるよ、君って奴は……」



 バルキュラスとの会話に、ナイトアンダーはニヤニヤと微笑を浮かべる。が、そんな最中、頭を抱えていたゴッドフリートは再びぶつぶつと独り言を呟き始めた。



「信じられない……僕の知らない間に、魔法少女はニコラグーンを超えるまでに力をつけていたというのか……どうする……只でさえ以前完敗したってのに、一体、どうすればそんな奴らに勝てるっていうんだよ……!!」



 想像を絶する魔法少女達の成長速度に、ゴッドフリートは弱腰な姿勢を前面に押し出す。それはまるで、これまでの強気な態度が全部嘘だったかのような変わり様であった。


 結果として既に2回の敗北を決していた彼にとって、自分自身にはもう後がないことをある程度予感していたのだ。



 と、情けない声を上げるゴッドフリートに対し、どこかイラつきを覚えたのか、ドボルザークは呆れたようにため息混じりの声を漏らした。



「チッ、ここへ来て怖気付きやがったか、雑魚が。何が”神の名を持つ男''だ、点で話にならねぇ。ついこの前までのテメェに、今のそのアホ面を拝ませてやりてぇ気分だぜ……俺は違う。あのクソ野郎が死んだところで、邪魔な魔法少女を排除するという俺達の使命は何も変わりやしない……!!」



 強い口調でそう言い放つと、背もたれていた壁際から離れ、ドボルザークは祭壇に座り込むナイトアンダーの方へとゆっくりと歩みを進めた。


 真っ直ぐとその強い眼差しを伸ばしたまま、彼は祭壇を登りナイトアンダーの座る一歩手前で足を止めた。



「……次は俺だ……俺を出せ!!魔法少女は……紅咲みずきは、この手で必ず叩き潰す……ッ!!!!」



 声を大にして叫ぶと、彼の声に辺りはしんと静まり返った。ゴッドフリートやバルキュラスに見詰められる中、ドボルザークはナイトアンダーの目を再び強く睨みつける。


 その鋭く向けられた視線に、ナイトアンダーは一度目を閉じ、深く息を吐いた。



「……もはや、これ以上の敗北は許されない。あんたにはもう後はないんだ……それを承知の上で、そう口にしているのかい?」


「もとより覚悟の上だ」


「……ふっ、そうかい。元より止めるつもりはなかったけど、あんたのそのブレなさには時々驚かされるよ」



 強く真剣な眼差しを向けるドボルザーク、口角を上げ薄っすらと笑みを浮かべるナイトアンダー、それぞれの思いを胸に対面する2人は、しばらくお互いの顔を見合わせ続けた。




 と、両者睨み合う最中、突如周囲に広がる強大な気配に、ナイトアンダー他、その場にいた一同は一斉に跪いた。


 唐突に、突然に、辺りに張り詰めた空気に皆息を飲む。




「己の最後の時を悟っても尚、目を伏せようとしないその凜とした覚悟……実に美しいモノよ……だが、たとえ評価に値したとして、我が望みを叶えるに値しない存在は実にくだらなく、美しくもない……」




 冷たく響くその”女性”の声に、胸が凍りついたようにジリジリと痛みを帯びる。


 棘を帯びた言葉が耳に響くと共に、ドボルザーク達はその声の鳴る方、祭壇の頂上に恐る恐る目をやった。



 瞬間、頂上の奥に設けられていた祭壇の壁が、その色を変え、まるでジグソーパズルのピースが崩れるようにしてバラバラと規則性を持った動きで崩れ落ちていった。


 その奥、放出される眩いまでの光の中から、逆光を浴びた人影がゆっくりとこちらへ向かって歩いて来るのが見えた。



 黒く巨大なマントを靡かせ近づくその圧倒的迫力、頂点に君臨する者の圧巻のオーラに、誰もがその存在を間違えようもなかった。



「クイーン・オブ・ザ・ディスティニー……様……」



 その名を口にするだけで、堪らなく鼓動が高まるのを感じる。長い睫毛を揺らしながら、こちらに流れる向く切れ目に、ドボルザークは背中にジワジワと汗を滲ませた。



「愛も、希望も、全て光の中に棄て去らんとする……ドボルザーク、バルキュラス、ゴッドフリート……運命に苛まれた遺憾なお前達に告ぐ……結果を残せ。我への忠誠を示せ。運命をその手に……愚かな魔法少女を滅ぼすのだ……。我自らが言葉を下すということは……その意味、わかっておるな……?」



「「「……御意」」」




 圧倒的気迫に押し殺されそうになりながら、名指しを受けた3人は、返事と共に深々と頭を下げた。


 その姿を目に焼き付けると、女王はただ無言でその場を後にした。


 広い空間に、カツカツとヒールの鳴る音だけが響き渡った。




 その音が完全に聞こえなくなった刹那、一同はようやく詰まらせた息を解放した。



「……ぷはぁ!あ、相変わらずなんて気迫なの……息が詰まるわ……」


「ハァ……ハァ……久々にお目にかかったが、僕も出来れば直接お会いしたくはないものだ……」



 クイーンが去ったことで、ホッと一息つくバルキュラスとゴッドフリート。


 と、そんな彼らを尻目に、ドボルザークは表情を固くしたまま、その場から立ち去ろうと動いた。


 刹那、水を差すようにナイトアンダーが彼に対し言葉を送った。



「おや、もう行くのかい?精が出るねぇ……でも正直、今のあんたでは魔法少女に勝てる可能性は限りなく低い……その自覚はもちろんあるよね?」


「…………」



 煽るようにして声をかけるナイトアンダーの言葉に、ドボルザークは足を止める。


 沈黙しているものの、その腹では沸々と静かに怒りの感情を煮え滾らせていた。



 そんな彼の様子を見るや否や、ナイトアンダーは不敵な笑みを浮かべ、ドボルザークの前へと歩み寄った。



「……だが、そんなあんたに実はプレゼントを用意してあるんだ。受け取ってくれよ」


「あぁ?プレゼントだぁ……?」



 そう言うと、ナイトアンダーはポケットから何かを取り出し、それを無理矢理ドボルザークの手に押し込み、握らせた。



「こいつは……?」



 ドボルザークの見詰める先、そこには赤色の液体を詰めた黒い注射器が一本、手の内に握られていた。



「Dr.スレイブの開発した新薬さ。こいつを使えば、身体中を巡る闇の魔力を増大させることが可能となる……つまり、これによって、あんた達は今よりもずっと強固な力を手に入れることが出来るというわけだ!!」


「何だと……こんなチンケなもの一つで、そんなことが……」



「そんなことが可能なのか!?最高じゃないかッ!!!」



 疑心暗鬼になりながら、ドボルザークがナイトアンダーに問いかけようとしたその最中、彼から手渡されたこの薬品に最も食いつきを見せたのは、他でもないゴッドフリートだった。



「それは……そのスレイブの新薬とやらは、まだ一本しか完成していないのか!?もしそうだとしたら、是非その一本を僕に……!」


「そう焦らなくても、ちゃんとあんた達3人の分はしっかり確保してあるよ。ほら、こっちがバルキュラス、そしてこっちがゴッドフリートの分だ」



 そう言って祭壇からナイトアンダーが放り投げた注射器を、バルキュラスとゴッドフリートはしっかりとキャッチした。


 鮮やかに澄んだ赤色が、逆に不穏感を掻き立てさせられる。



 だが、そんな怪しい薬品に一切の先入観を抱かず、ゴッドフリートは嬉しそうに注射器を光へとかざし、マジマジとそれを見詰めた。



「ふーん……差し詰め、魔力増強剤とでも言ったところかい?こんな便利なものがあるなら、もっと早く渡してくれればよかったのに……ともあれ、これさえあれば、僕の不完全な魔法の弱点もカバー出来るかもしれない!そうなれば、魔法少女などもはや敵じゃーないね!!ハッハッハッハッハッ!!」



 高らかな笑い声が辺りに響き渡る。


 反響するゴッドフリートの小高い声に、バルキュラスは眉間にしわを寄せた。



 上機嫌な彼に対し、ドボルザークとバルキュラスの2人は、ナイトアンダーの行動にどこか腑に落ちない感情を覚えていた。



「こんなもん寄越しやがって……テメェ、一体何が目的だ?」


「おいおい、良かれと思って用意してやったのに、疑うなんてそりゃあんまりじゃないか?俺はただ、ドボルザークに魔法少女をやっつけて欲しいだけさ……ね?」


「……テメェらの力なんぞ借りなくとも、俺は必ず奴らを叩き潰す……必ずだ……!!」



 人差し指を突き立て、ナイトアンダーの胸を指すと、ドボルザークは眉間にしわを寄せながら祭壇を降りていった。


 その先、肩を並べて立つバルキュラスとゴッドフリートの間を通りすぎ、その場を後にしようとした。


 瞬間、2人の耳元で彼は小さく口を開いた。



「行くぞ、バルキュラス、ゴッドフリート……俺に着いてこい」



 その予想外の発言に、2人は思わず困惑を露わにした。



「なっ……僕達も行くのかい?!」


「自分からそういったことで声をかけてくるなんて珍しいじゃない……どういう風の吹き回し?」



 ドボルザークからの言葉に、2人は意外そうな表情を浮かべていた。


 と、そんな彼らの様子に、ドボルザークは歩む足を止め、振り返って話し出した。



「勘違いするな。テメェらと仲良く手を取り合って共同するなんてのはもうウンザリだ。……が、奴を倒すには少しばかり協力が必要になる……黙って俺に手を貸せ」



 ツンとした態度で2人を睨み付けると、ドボルザークは再び歩みを始めた。


 そんな稀に見る彼の態度に、バルキュラスとゴッドフリートは互いに驚きを露わにしながらも、渋々彼の後を追った。




 3人がいなくなったことにより、辺りの静寂はより一層静けさを増した。


 と、1人ポツリとその場に残ったナイトアンダーは、祭壇に腰かけたまま薄っすらと不敵な笑みを浮かべていた。


 ニタニタと口角を引き上げ、両手の指を絡め合う。



「ふふっ……後にも先にも、彼らにもう未来はないと言うわけか……スレイブ、あんたは本当に恐ろしい奴だよ……」



 その意味深な言葉と共に、ナイトアンダーはスレイブの名を小さく呟く。



 紫色に照らされた空間に、不穏な空気が流れ始めた。




<<



 白い湯気に包まれて、少女達の艶やかな柔肌が美しく水面に映る。



「何か……嫌な予感がするのう……」



 タオル一枚を前に当て、風菜は不安げな表情を浮かべながら星に煌めく夜空を見上げた。


 昼間の一件以来、何やら彼女の胸の内は異様なざわめきを感じていた。



 ここは九州でも有名な温泉地。


 本来なら予約を取ることすら困難と言われている程の盛況ぶりを見せる名宿屋である。


 だが、例えそんな一等地に建てられた高級温泉宿であろうと、神園グループの手にかかれば当日貸切も造作もないと言う辺り、一同はユリカ嬢の持つ圧倒的権力を、改めてしみじみと感じさせられていた。



 巨大な温泉を前にして、皆がワイワイと思い思いに過ごす中、風菜はどこか遠い目を浮かべていた。


 と、そんな彼女の肩に、突如白く柔らかい髪先がふんわりと乗りかかった。



「……せっかくみんなでこんなに楽しい時間を過ごしてるというのに、風菜はさっきから何をそんなに不穏な表情を浮かべているんですの?」



 気落ちする彼女の様子を見兼ね、同じようにタオルを前に当てたユリカがそっと横に座り込む。


 ユリカが動くたび、そのたわわに実った豊満な胸が小刻みに揺れた。



「いや、すまぬ……少し胸に引っかかることがあっての……ちょっとばかし考え事をしておったんじゃ」


「……そう。風菜も色々大変ですわね……ですが、何事も1人で抱え込むのは体に毒ですわよ!それに……」



 そこまで話すと、ユリカは楽しげな声を上げてはしゃぐみずき達の方へと目を向けた。それにつられるようにして、風菜もまた彼女達のその姿に目をやった。



「あの、みすぎ……ずっと気になってたんだけど、湯船に入ってさっきから異様に胸の先を摩りまくって、一体何してるの?」


「んっ?ああ、実は初めて変身出来た直後に乳首を犠牲にしちまったことがあってな……けど、今じゃこの通り美しいピンク色に戻ってて、我ながら魔法少女の再生力すげぇなって感心してたところだ」


「お、おう……」


「そ、そんなにトップが気になるなら、ボクが一度見てあげるよ……!!」


「いやいや、何でだよ……って、おい息吹!そんなにジロジロ見られちゃ流石に照れるって!今すぐやめろッ!!」



 ギャーギャーとまるで叫び声のような声を上げながら、みずき達は湯船で楽しそうにじゃれあっていた。


 そんな彼女達の姿を見て、ユリカもまたクスリと笑い声を漏らした。



「……それに、あなたには素晴らしい仲間達がついているではないですの!まあ、こう見るとちょっと心配にもなりますが……でも、あなたが望めば、必ずみんなも力を貸してくれるはずです……もちろん、ワタクシも含めてですわよ!」


「ユリカ……」


「今すぐとは言いません……ですが、困ったことがあれば1人で抱え込まず、たまにはワタクシ達にも頼ってください。ワタクシにとって、あなた達は同じ魔法少女である以前に、大切なお友達なんですから!」


「…………!!」



 その言葉に、風菜はハッとした表情を浮かべ、彼女の目を見詰めた。


 ユリカの向ける純粋な笑顔に、涙腺が少し緩んでいくのを感じた。



「……ああ、そうじゃったの。アッシにとっても、もはやお主達は欠かすことの出来ない大切な友人じゃ……ありがとう、少し気が楽になったわい……」



 そう言うと、先程まで表情を曇らせていた風菜の顔は一変、清々しいまでに晴れやかな表情を浮かべ、再び空を見上げた。


 ユリカのその暖かい言葉に対し、風菜は少し照れた笑顔を返す。



 流れる風が沸き立つ湯気を揺らし、少女達の頰を掠めていった。





―運命改変による世界終了まであと86日-



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