第101話 執事と侍と襲撃者

 白爪邸の客室でみずき達がそれぞれ思いを語り合っていた一方、その地下深くに位置する”LDM本部”では”彼”の取り調べが行われていた。



「……では、本当に自分の名前とその”スレイブ”という闇の死者以外の記憶が全て失われていると……貴方はそう申すのですね、零さん……」


「あ、ああ……俺がその男によって作られた存在だってのも、あのゾルビアとかいう女から聞かされるまで知らなかった……気がつけばこの世界にいて、宛もなく彷徨って……そして彼女と……沙耶の嬢ちゃんと出会った……ここから先はさっきも話した通りだ。あの日より以前のことは本当に何も……くっ、覚えていないんだ……ッ!」


「……ふむ、なるほど……元より強く疑っていたわけではありませんが、その様子だとどうも嘘をついているようには見えませんね」



 目の前に座る零の瞳をじっと見詰めた後、東堂はそう口にすると、ゆっくりと息を吐きながら肩の力を抜いた。


 壁も床も天井も全面真っ白に塗られたこの空間にいるのは、取り調べを受ける零と、彼の話に耳を傾ける東堂とその補佐アーベラの3人だけ……苦しそうに語りながらも、自分の覚えている限りの情報を包み隠さず話してくれた零を目の当たりにし、東堂は既に彼にどこか情を感じていた。



「事情は大体把握しました……が、それを踏まえた上で、貴方には一つ見てもらいたいものがあります……アーベラさん」


「はい……」



 そう東堂がアーベラに指示を出すと、彼女は机の上に”ある書類”を広げた。


 目の前に置かれた謎の書類に、零は恐る恐るその中身を覗き込もうとする……が、文字や図が小さくびっしりと書かれたその難解な内容に、彼は咄嗟に目眩を覚えた。



「な、なんじゃこりゃ……?」


「魔法化学科に頼んでおいた報告書デース。君の体を調べさせて貰った結果、以前ワタシ達が回収し調査を行なった”バルキュラス”という闇の使者と同様の細胞・魔道回路が体内から検出されました……つまり、ゾルビアの話した通り、君は闇の手によって改造された”元人間”なのデス……!」


「……そうか。やっぱり、奴の言ってたことは正しかったんだな……」



 突きつけられる事実に、零は堪らずアーベラから目を逸らす。


 最初からわかっていた。自分が特殊な存在であるということを……ゾルビアから自身の正体を聞かされたあの時から、漠然とした感覚ではあるものの、何となく彼女の話していることは事実であると、彼は悟っていた。


 

「零……君の正体は人間デス。それも、ワタシ達が生きるこの時代よりも遥か”昔”の……!人間のものと一致する細胞組織の劣化からも裏付けられますが、君が着ている衣装、特殊な素材で出来ていることからおそらく闇の世界で作られたものだと考えられます。が、そのデザイン、おそらく当時君が着ていたものをそのまま真似て作られたのでしょう……数百年前、この国の侍が着用していた衣装にそっくりデース」


「数百年前って……おいおい、俺はそんなに年寄りだったのかぁ……?」


「改造されたことで、君の肉体は能力だけでなく寿命までもが人間のそれを遥かに超越してしまったのでしょう……それも、闇の使者と同等のスペックにまで……!何より、数百年も前からそのスレイブという闇の使者が人間を使った実験を行っていたという事実が恐ろしいデス……彼らの世界での文明の世紀とは果たしてどのようなものなのか……伝承として残されている”神隠し”や”妖怪”などの怪奇現象も、もしかすれば闇の存在が関わっていたのかもしれないデース…………」



 次第に話が脱線していくと共に、アーベラは顎に指を当て、ブツブツと独り言を呟きながら自身の世界に没頭し始める。


 と、そんな彼女の様子に、東堂は呆れたように眉間を指で摘む仕草を見せた。



「すみません、こうなるとアーベラさんは厄介なもので……」


「は、はあ……」



 見た目とは裏腹なアーベラの知的な性格に、零は思わず目を丸くさせた……。



 刹那、東堂は静かに息を吐き出すと、先程までの穏やかな表情が一変、突如瞳の奥をギラつかせ、ゆっくりとその重い口を開いた。




「……さて、ではそろそろ本題へ移りましょうか……零、貴方は自らの正体を知った今、何を思い、そして今後どのように生きようとお考えですか……?」




 瞬間、東堂のその言葉に、零の背筋がゾクリと凍りつく。


 真っ直ぐに向けられる彼の鋭い視線に、堪らず額には冷たい汗がびっしょりと浮かび上がった。



「ど、どのように生きるかって……」


「貴方の話によれば、ゾルビアは最後に”好きにしろ”と言い残し去って行ったはず……では、実際に貴方は今後どう行動しようと考えているか……零、ワタクシは君の意思が知りたい……!」


「俺の……意思……!」



 東堂の言葉に、零は静かに俯き、自身の胸に手を当てる……。


 巡る記憶の中で、目を閉じれば脳裏を過る”思い出”に、しばらくして、零はゆっくりと瞳を開けた。




「……俺は素より、あんた達さえ良ければ……魔法少女側につくつもりだ……!」




 ”魔法少女側につく”……その言葉に、東堂の眉がピクリと動く。



「それは……他に行く宛がない故の判断なのか、或いは本気で我々と共に闇の魔の手からこの世界を救いたいと願う正義の心なのか……貴方の思いはどちらですかな?」


「いいや……確かに、初めから闇の世界なんかに戻る気はさらさらなかったさ……だが、だからと言ってこの世界に愛着があるのかと聞かれれば正直そういうわけでもない……」


「では、何故魔法少女に肩入れしようと?」



 グイグイと問い詰めてくる東堂の圧力に動揺しながらも、零は一度心を落ち着かせ、再びゆっくりと口を開いた。




「俺は……俺の意思は……!ただあの子の……”沙耶”の嬢ちゃんの力になりたいだけだ……ッ!!」




 喉に引っかかる言葉を必死に絞り出し、零は真っ直ぐな目で東堂に訴えかける。



 ”人類”や”魔法少女”のためではなく、あくまで”沙耶”個人のために……そんな予想を遥かに越える零の純粋な思いに、東堂とアーベラは驚きを露わにした。


 その曇ひとつない瞳を前に重苦しい雰囲気は一変、瞬間、東堂は不意にフッと小さく笑みをこぼした。



「ふふっ……失礼、貴方の思いがあまりにわかりやすいものだったので……ふむ、どうやら貴方には他の闇の使者とは違い、確かな”人の心”があるようですね……試すような真似をして申し訳ございませんでした。零さん、我々は貴方を歓迎しますよ。ようこそ、LDMへ……!」


「……ッ!!は、はいっ!よろしくお願いします!」



 ”人の心”……東堂の口にしたその言葉に、胸がどこか救われるような気持ちで溢れた。


 スッと差し出された彼の手を、零は強く握り掴む。



 互いに多くは語らない。ただ手を取り合うことで、今、そこには確かな信頼関係が生まれていた。


 新たな”仲間”の誕生に、側で見守っていたアーベラは握手を交わす二人に拍手を送ろうと手を前へ出す……。




 ”ビビィィィィィィィィィィイイイーーーーーーーッ!!!!!!”




 と、次の瞬間、突如地下施設全体に大きな警報の音が鳴り響いた。



「……ッ!?何事だ!!」



 突然の自体に、東堂は咄嗟に身を構え声を張り上げる。


 と、刹那、部屋の自動ドアが開かれると、息を荒げた小坂が飛び込んで来た。



「小坂さん……っ!これは一体……!?」


「ハァ……ハァ……た、大変です!”みなとみらい”が……突如出現した化け物の軍勢に襲われています!!」



 小坂の言葉に、東堂は驚愕する。



「みなとみらいが襲われているだと!?馬鹿な……あそこは以前魔道生物の襲撃を受けて以来、奴らの魔力を探知するための”防衛塔”を設置したというのに……本来なら、魔道生物がエリアに侵入した時点で警報が鳴り、早期の対応が可能だったはず……それが何故、今回に限って作動しない?!」


「それは……私の言った”化け物”というのが”魔道生物ではない”からです……!これを見てください!」



 荒れた息遣いで小坂は必死に話すと、脇に挟んでいたタブレットを起動させ、画面に映るみなとみらいの映像を東堂達に見せた。



「こ、こいつらは……ッ!!」



 映し出された光景に、東堂は思わず息を飲む。


 額に汗を浮かべる彼の表情に、零とアーベラの二人もまた、恐る恐る画面を覗き込んだ。


 タブレットに映る光景……そこには、半壊したみなとみらいの街を、”赤い皮膚をした人型の化け物”がうじゃうじゃと群れを成して徘徊する映像が映し出されていた。



「な、なんだぁ……この赤い肌した気持ち悪い連中は……?」


「これって……前に本部を襲った赤い化け物じゃないデスか!?しかもこの数って……ううっ、見てるだけでなんだか気持ち悪くなってきたデース……」



 本部襲撃……かつて、本部内で保護したバルキュラスの体内から突如赤色の化け物が出現し、奇襲を受けた事件。


 忌々しい記憶に、東堂はグッと拳を握り締める。



「奴らの名は”セルクリーチャー”……以前本部が襲撃を受けた際の音声データで、奴がその名を口にしていました。防衛塔のレーダーが反応しなかったのは、おそらくセルクリーチャーが魔道生物とは別の、また違った存在であるが故……ッ!!」



 崩壊していく街の映像を前に、東堂は何も出来なかった自分達の無力さにギリギリと歯をくいしばる。


 と、彼はポケットから徐に無線を取り出し、強い力でスイッチを押した。



「こちら東堂……直ちに魔法少女と部隊を現場へ!!セルクリーチャーの排除は魔法少女に任せ、部隊は避難誘導及び人命救助を優先!!我々もすぐに司令室へ向かう!」



 端的に指示だけを伝えると、東堂はアーベラと小坂を引き連れ急ぎ足で部屋を後にしようとした……。


 刹那、突然の状況に呆然と立ち尽くす零に対し、東堂は扉の前で一度足を止め、静かに彼の方を振り返った。



「零さん……早速ですが、貴方にも部隊の一員として現場への出動をお願いします」


「えっ、俺も……?!」


「貴方なら強力な即戦力になれるはずです。それに……神童沙耶さんを守るというのなら、常に部隊の一員として彼女の側にいてあげるのが一番なのではないでしょうかな?」


「…………ッ!!」



 東堂のその言葉に、零の中でメラメラ闘志が湧き上がる。



「……ああ、わかったよ!乗り込んだ船だ……必ずやり遂げてみせる!」



 そう強く意気込むと、零はろくに詳細も聞かず、扉の前に立つ東堂よりも先に部屋を飛び出し長い廊下を駆け抜けて行った。



 走る零の背中に東堂は少し呆れつつも、その表情は薄っすらと笑みを浮かべていた。






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