第100話 アニメだとここで総集編
巨大なステンドガラスの窓から入る木漏れ日が、気品に溢れたその空間を広々と明るく照らす。
真っ赤なソファーに腰掛けて、少女達はただじっと静寂の中、どこか思い詰めた表情を浮かべていた……。
刹那、ガチャリと扉が開く音と共に、少女達はハッと顔を上げる。
と、彼女達の視線の先……開かれた扉の奥から、ユリカが姿を現した。
「ユリカ!!彼は……零の様子は……!?」
部屋に入るや否や真っ先に声を上げる沙耶に対し、ユリカは少し驚いた表情を浮かべると、一度一呼吸を吐き、その後ゆっくりと口を開いた。
「沙耶、落ち着いて……流石に昨日の今日のこと、自分の正体を知ってまだ少し動揺しているようでしたわ。今は東堂とアーベラで事情聴取を行っていますの。彼には聞きたいことが山ほどありますので……」
「聞きたいこと……それって…………!!」
「そんなに心配しない!別に、彼を疑ってるだとか、そういうわけじゃありませんわ。彼はこれまで何度もワタクシのお友達を……沙耶を助けてくれた……。それに、元々人間だった以上、彼もまた闇の被害者の一人……それくらい、ワタクシだってわかっていますわ!だから大丈夫、決して悪いようにはしませんから……」
「そう……よね……ごめんなさい、興奮してつい……ユリカに嫌な思いさせちゃったね……」
「……いいえ、こちらこそごめんなさい。勘違いさせるような言い方をしてしまって……どうやらワタクシが想像していた以上に、沙耶と零との間には確かな信頼関係が生まれていたのですわね……!」
”確かな信頼関係”……実際にそう言葉にされると、沙耶は少し照れ臭そうに頬を人差し指で掻いた。
モヤモヤと、妙に胸が騒つく。
この感情が何なのか、まだハッキリとはわからない。が、”あの時”……自信の正体を知り、絶望する零の顔を思い出すたびに、沙耶の心もまたズキズキと痛みを覚えていた。
「……失礼します。ユリカお嬢様、頼まれていた紅茶の用意が出来ました」
と、その時、扉をノックする音と共にメイド服を身につけた小坂が、ティーワゴンを押しながら客室へと入って来た。
如何にも高級そうなティーカップにそそがれた紅茶を手に取ると、彼女はそれを手際よく少女達の前に並べていく。
そんな小坂の立ち居振る舞いに、まるで可笑しなものを見るかのようにみずきの表情がニヤリと歪んだ。
「……プッ!クスクス……ダメだ、つい笑っちまった……あんたいつの間にかすっかりメイドが板についてきたな!よく似合ってるじゃねぇか……!」
「うっさい、茶化すんじゃないわよ!」
「いやぁ、悪い悪い。警察の頃のあんたからはあまりに想像もつかない姿だったもんで、つい本音が……!」
「全く……想像もつかなかったのはこっちもだっての……まさか”あの時”、崩壊した町で捕まえようとしていたコスプレ女に、今こうして紅茶を出してやってるなんて夢にも思ってなかったわよ!」
小坂の的確な答えの返しに、みずきは再び笑い声を上げる。
と、そんなみずきと小坂のやり取りに、周りで聞いていた少女達もまた、堪らず笑みをこぼした。
沈黙の中、長らく膠着していた場の空気が徐々に和やかなものへと変わっていった。
「ふふっ、”あの時”……か。遠い昔のように思ってたが、案外まだ3ヶ月くらい経ってないのか……何だか不思議な感じだな……」
”あの時”……そう懐かしそうに呟くみずきの言葉に、刹那、息吹の肩がピクリと動いた。
「……魔法少女みずきが誕生して正確には今日で”80日目”……やけに懐かしく感じるのは、この短い間にボク達はあまりに多くの……それもとんでもない経験を積み重ねて来たからだろうね……」
「ほう、80日か……みずきが魔法少女になってからの正確な日数がさらっと言える辺り相変わらずじゃな、お主は……しかし、息吹の言う通り、これまでいろんなことがあった……長かったような短かったような……本当に不思議な感覚じゃ」
息吹の言葉に、風菜はふとかつての出来事を振り返るようにボーっと天井を見上げた。
と、しばらくして、みずきは出された紅茶を一口啜ると、一呼吸置き静かに口を開けた。
「……思えば、こうやって5人揃ってゆっくり話すのも久しぶりかもな……」
「そうですわね……特にここ最近は戦って・入院して・また戦って……心身共に削られるほどバタバタとしていましたし……」
過去を振り返るその発言に、みずきとユリカは互いに目を向け合い、思い詰めた表情を浮かべる……。
と、次の瞬間、みずきは徐に顔を上げると、真っ直ぐな瞳で並ぶ魔法少女達全員の顔をゆっくりと見回した。
「少し……振り返ってもいいか?これまでのこと……こういうの、もしかしたら最後かもしれないだろ……?だから、全部話しておきたいんだ……!」
突然のみずきの言葉に、その時、場の空気が一変した。
先ほどから俯きがちになっていた少女達も、この時ばかりは全員が一斉に顔を上げ、みずきの方へと視線を向ける。
どこか不穏混じりな彼女の言い回しに、瞬間、風菜は堪らず声を漏らした。
「……お主……消えるのか???」
「消えねーよっ!あと元ネタついでに言っておくとザ○ルカンドと共に消滅とかもねーから!”死亡フラグ”とかそんなんじゃない……ただ、話してたら無性に懐かしくなっちまって、それで…………」
そこまで話すと、途端にみずきは言葉に詰まる。上手く自分の気持ちを表現できず、やきもきしながら人差し指で頰を掻いた。
そんな彼女の姿に、風菜は小さく胸を撫で下ろすと、今度は落ち着いた声のトーンでゆっくりと、再び口を開いた。
「そうじゃのう……そういえばあの日、突如崩壊した横浜の街に現れた”リアル魔法少女”の登場に、確かネットが酷く騒ついておったのう」
「あっ、それボクも見た……”これは現実か?!空を舞い戦う女の子、魔法少女見参!!”……情報は一気に拡散されて、瞬く間に都市伝説のような扱いになってた……」
「それ私も見た!……って、今思えばネットに上がってた魔法少女の写真って、あれ風菜が流したものだったんだよね……?」
沙耶の指摘に、風菜はギクリと肩を揺らすと、一度呼吸を整え、開き直るような形で話を再開する。
「うむ……あの日、アッシは地下鉄3000A形の撮影に行こうとしていたところ、不運にも事件の現場に遭遇してしまってのう。そこから避難する際、偶然目撃してしまったのじゃよ……空を舞い、ドボルザークと死闘を繰り広げるみずきの姿を!……まあ、危険を顧みず決死の覚悟で撮った写真も動画も、結果的にはLDMによる情報操作でネット上から全て揉み消されたわけじゃが……」
「当然ですわ!あんなものが世間に知られてしまってはパニックが広がる一方ですもの!魔法少女の存在はあくまで機密に……それがワタクシ達……ないしは、国の判断です」
当時、LDMの存在など露知らず、本物の魔法少女を前にした興奮のあまり、風菜は自信が撮影した写真や記録をネット上に拡散させてしまっていた。
LDMの懸命な判断を主張するユリカに対し、風菜は”この件については自分が悪かった”と言わんばかりに両手を肩の高さまで上げて、観念した様子で反省の気持ちを露わにした。
「それが妥当な判断じゃろうな。……あの時、恥ずかしながらアッシは我を忘れてしまうほどに興奮してしまっていてのう……目の前に映る光景に……世界を救わんと戦う”ヒーロー”の存在に……!気がつけば、目を光らせ無我夢中でシャッターを切る自分がおった。あの日の衝撃を一度たりとも忘れたことはない……思えばあの時から、既にその興奮は無自覚な”憧れ”へと変わっていたのかもしれない……”もし、自分もあんなかっこいい存在になれたのなら!”そう心のどこかで感じておったんじゃ……」
「風菜……っ!」
風菜の熱い語りに、みずきの鼓動が高鳴りを上げる。
と、刹那、風菜はじっとみずきの瞳を見詰めると、少し間を空けて、徐にその口から言葉を絞り出した。
「”全部話しておきたい”……お主はさっきそう言ったのう、みずき。……なら、アッシからも一つ言わせてもらおう……もし、お主との出会いが引かれ合う魔法少女の”運命”だったとしても、アッシはこの運命に一切の後悔はない……!これまでも……そして、これからも……!これだけは絶対に言えることじゃ。絶対にのう……!!」
薄っすらと頰を赤らめながらも力強くそう言い切る風菜に対し、一瞬、みずきは目を丸くすると、その後瞳の奥が少し涙ぐんだ。
そんな彼女の様子に、少女達は互いに顔を見合わせクスリと笑みをこぼす。
「ふふっ、今更そんなに驚ろかなくても……ここにいるみんな、みずきと出会えて良かったって心の底から思ってるに決まってるじゃない!そりゃ、辛いことも苦しいことも、これまでたくさん経験してきたよ……だけど、私は魔法少女になったことを後悔した事なんて一度もなかった!……ううん、後悔どころか、感謝してる。みずきと出会えたこと……みんなと出会えたこと……全部、胸の奥でずっと、キラキラと輝いているから……!」
「ボ、ボクも……!みずきと出会っていなかったら、今頃どれほど醜く歪んでいたことか……みずきがいてくれたからこそ、ボクは……ボク達姉弟は救われたんだ……ありがとう、道を示してくれて……ありがとう、こんな不器用なボクを受け入れてくれて……!」
「全員思いは同じ!もはや、ワタクシから語ることは何もありませんわ……これからも、ずっと”最高で最強の5人”であり続けますわよ、みずきッ!!」
それぞれが噛み締めるようにして口にする言葉の数々に、背中をドンッと強く押されるような感覚が走る。不思議と、みずきの中から”勇気”が湧いてくる。
沙耶の話した”キラキラと輝く思い出”で、胸がいっぱいに溢れた。
「ああ……!みんな、これからもよろしくなッ!!」
零れ落ちそうになる涙を拭い取ると、みずきはニッと満開の笑顔を浮かべて見せた。
すると、溢れんばかりの少女達の笑顔に、事を見守っていた小坂は目元を熱くしながら徐に立ち上がると、彼女達の邪魔にならないようこっそり部屋を後にした。
(これしきのことで涙腺が緩むなんて、もう歳かしら……?いいや、違う。いつの間にか、それだけ私もみずき達に情が湧いてしまっていたということね……いい”仲間”を持ったわね……大切にしなさいよ)
去り際に小さく笑みを浮かべると、小坂はそっと扉を閉め、長い廊下をひた歩いて行った。
小坂が離れても尚、扉の向こう側から少女達の話し声が耳に届くほど、その後も彼女達は思い出話に花を咲かせたという。
―運命改変による世界終了まであと28日-
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